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春をはじめよう。

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春をはじめよう。

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●いつだって運命共同体

 パジャマ姿で遮光カーテンをめくれば、春の陽がさんさん、目の前が真っ白になるくらいの勢いで飛び込んでくる。
「んー良く晴れて気持ちのいい朝だねぇ♪」
 目覚めたばかりの猫よろしく大きな伸びをし、まばゆい光に久世 沙幸(くぜ・さゆき)は目を細めた。
 春休みは終わった。
 今日からそう、新学期!
「……ってことは私も高校三年生かぁ……」
 感慨深い。なんだかんだいって楽しかった高校生活もこの年度で終わりなのだ。
 すなわち、もう進路を決めるべき時期だということになる。
 将来のことと言われても、沙幸にはまるで未見の映画のあらすじについて聞かれているようなもので、正直、漠然としすぎてよくわからない。大学へ進みたいという気持ちもないではないが、もっと他にも選択肢はあるんじゃないかと思ったりもする。
 いずれにせよ、だ。
「後悔のないようにしたいよね」
 どんな結果であれ、どんな人生になるのであれ、自分で決めたことだと胸を張りたい。それが、春のはじまりに及んでの沙幸の気持ちだ。
 支度して学校に行かなければ。今日は時間に余裕を持って登校したい彼女である。新学期早々、今年度の履修届けを出しに行こうと思っているからだ。
 この陽気だ。水道から水が冷たくて気持ちいい。顔を洗って目を完全に覚まし、クリーニングに出していた制服に袖を通す。そろそろこの服も窮屈になってきただろうか……?
 姿見の前で身だしなみを確認しながら、
「そろそろかな……」
 彼女はつぶやいた。
 ねーさま――藍玉 美海(あいだま・みうみ)を起こしにいかなければ。
 良きにつけ悪しきにつけ冬だろうが春だろうが場所も慶弔も関係なく、美海は常にマイペースだ。新学期の朝だろうが早起きはしない。いつも通りグウグウ寝ている。
(「それにしてもねーさま、夕べも遅くまで頑張ってたみたい……」)
 昨夜、かなりの時間まで起きて調べものに没頭していた美海の背中を沙幸は覚えている。先に寝ると断って沙幸は床についたので、美海が何時まで作業していたかは知らないのだ。
「ねーさま?」
 朝だよ、と言って沙幸はドアノブを回した。
 美海の部屋は、部屋の外の爽やかな光景とは無縁、いやむしろ正反対といっていい状況だった。薄暗く、ところかまわず小難しそうな魔術書や不気味な魔術道具が散乱していて、得体の知れない標本も多数……まるで魔窟だ。これが全部必要なものだというのだから困る。正直、沙幸はここ足を踏み入れるのがあまり好きではなかった。
 といっても沙幸とて、美海の事情は理解しているつもりだ。
 永遠の時を生きると言われる魔女の世界からすれば、まだ二十歳の美海など赤ん坊も同然、ゆえに先人たちに追いつくためにも、美海はいつも夜遅くまで魔術の勉強をしているのである。本当は努力家なのだ。
「ふぁ〜あ、もう朝ですの……? 全然、寝た気がしないですわ」
 揺すって揺すってようやく半分だけ目を開けた美海は、沙幸の頭くらい一口にできるのではないか、というほどの大あくびを一つした。
「春のぽかぽかした陽気がよりいっそう眠気を誘いますし……」
 言うそばからもう、彼女は毛布を頭からかぶっている。もう少し寝かせてということらしい。
 ところがその毛布は、沙幸によってバサリと奪われていた。
「だめだよねーさま、もう朝なんだから」
「そこまで言うのでしたら沙幸さんがちゅーしてくれたら起きますわよ」
 なんて言って毛布の下から発掘された美海は、キスをねだって首をつきだした。
「そんなことは絶対にしないんだもん!」
 沙幸は腰に手を当てて宣言する。
「……もう、つれないですわね」
 半目で媚びるような顔をして、
「わかりました、今起きま……ああ、だめですわ、やっぱり意識が落ち……」
 身を起こしかけた美海だがそれは無意味だった。
 寝た。
 zzz、と記号で表したい寝っぷりを見せた。
「………しかたないかな」
 沙幸は腰に手を当てたまま溜息して、メモ帳を探して鵞ペンでしたためる。
 ご飯は冷蔵庫、おやつは戸棚、ちゃんと皿洗いと掃除もしてね……そんな内容を記して毛布を美海にかけ直すと、そっと部屋から忍び出るのだ。
(「まあ、ねーさまはねーさまで頑張ってるみたいだし」)
 私は私で頑張ろう。
 今日はまず新学期一日目を思いっきり頑張る。
 そして帰ったら、進路を真剣に考える!
 そのときは、ねーさまともよく話し合おうと沙幸は決めていた。
 えっちでいたずら好きでどうしようもないけれど、なぜか憎めないやさしいねーさまと。
(「だって、私たちは契約者同士、つまり、運命共同体なんだもん」)