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コンちゃんと私

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第六章 測り知れざるタコヤキのもとにタコを超ゆるもの


「変だなぁ、もうあんまり人もいないのに……」
 エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が翼を羽ばたかせ、辺りを見回しながらゲート周辺の上空を飛行していた。
 お父さんから聞いたモンロちゃんの特徴も、キャラクターとして見知っているコンちゃんの姿も頭に入っている。地上では布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が、避難する人たちの間を走り回って確認していたが、やはり二人の姿は見あたらなかった。
 その過程で数人の迷子を保護して保護者を見つけたりしていたので、結果的には良かったとも言えるのだが……。
 園内を覆っていた白い粘菌のような何かのほとんどが、ミュージアムゾーンを目指して流れ込んで行くのが見える。
 そして、到着した時にはその禍々しい気配に直接視線を向けることさえ躊躇われた巨大な何者かの影が、今でははっきりとタコやイカの姿となって、ファクトリーに向かって誘導されていた。
 もう、あまり時間がない。ただの迷子探しだったモンロちゃんの捜索は、この騒動を無事収拾するためには必要不可欠な<輝くトラペゾヘドロン>の捜索でもあるのだ。
「ねえ、佳奈子」
 テレパシーの使用を制限するよう呼びかけられている為、エレノアは携帯を出して佳奈子を呼んだ。先刻から携帯の通話も掛かりやすくなっていた。
「これだけみつからないってことは、意図的に隠れてるとしか思えないんだけど……」
「……もしかして」
 佳奈子がハッとしたようにパンフレットを見た。
「コンちゃんって、ここのマスコットなんだから……スタッフよね?」
「そっか……スタッフ用の施設とか、通路とか……待って、コントロールに問い合わせる!」
 

「あっ」
 佳奈子が声を上げた。ステージゾーンとミュージアムゾーンの境界、険しい山を模した壁の前に、コンちゃんが立っていた。
 スタッフ用の通路の入り口は、お客からはそうとわからないようにカムフラージュされている。どうやら、そこを通ろうとして、ロックが外せなかったのだろう。そのカムフラージュの陰に、二人は逃げ込んで動けなくなっていたらしい。
 コンちゃんの腕の中で、モンロちゃんはすやすやと寝息を立てている。佳奈子はその穏やかな寝顔を見て、ようやくホッと息をついた。
「コンちゃんと、モンロちゃん……ですね」
 佳奈子が聞くと、コンちゃんは小さく頷いた。
「お騒がせして、すみません。ボクが召喚者でなくなってしまったので……あいつら、どうしてもボクを狙って追ってくるんです。でも、この子を巻き込む訳にはいかなくて……」
 ぽつぽつと、モンロちゃんを起こさないように小さな声でコンちゃんは言った。
「召喚者でなくなった?」
「……ボクは、タコのコンちゃんですから。邪神の召喚なんてできる筈がありません。呼び出されてしまったものを、どうにかする力も、ない……」
 意味がよくわからなかったが、コンちゃんが何かを探すように身じろぎするのを見て、エレノアが手を差し伸べる。
「あの、モンロちゃんは私が……」
 コンちゃんは小さく頷いて、モンロちゃんの体をエレノアに渡そうとした。
「……ん、あれ、コンちゃん?」
 モンロちゃんが目を覚まして、大きな目をぱちぱちと瞬かせる。それから、エレノアと佳奈子を不思議そうに見た。
「えっと……おねえさん、だあれ?」
「こんにちは、モンロちゃん」
 佳奈子が優しく微笑んで挨拶する。
「私は佳奈子。この子はエレノア。よろしくね」
「……あたし、モンロちゃん。こんにちは」
 コンちゃんの腕から地面に降りて、モンロちゃんが丁寧にお辞儀をする。
「お父さんと一緒に、モンロちゃんを探してたの。お父さんが待ってるわ。お姉さんたちと一緒に行きましょうね」
「え、パパが? ほんと!?」
 モンロちゃんがぱっと笑顔を浮かべた。
 それからきゅっとコンちゃんの腕を掴み、そのつぶらな瞳を見上げる。
「よかったあ、コンちゃん、パパがみつかったよ!」


「夢羅!」
 舞い降りて来た皆川陽の飛行箒の後ろから、モンロちゃんのパパが転がるように降りて来た。
「パパ!」
「モンロ、よかった……ほんとに、良かった」
 パパはモンロちゃんをぎゅっと抱きしめて、涙声でそれだけ言った。

「……なんか、結局つき合わされちゃったよ……さっさと逃げようと思ってたのにさあ」
「またまた」
 ユウ・アルタヴィスタがすすっと横に立って囁いた。
「イケメンと密着して空中で二人きり……デレデレしてたのは誰デスかー」
「してないよっ、ボク不倫趣味はないんだってばっ」
「奥さん健在かどうか、確認入れたりしてませんでしたかー」
 陽は一瞬答えに詰まって、ちょっと悔しそうに呟いた。
「……そ、それは一応、確認だけは」
「で?」
「だーかーらーもう興味ないって言ってるじゃないかー」


 コンちゃんはお腹の辺りのポケットらしきものの中から、黒い結晶体のようなものを取り出して佳奈子に見せた。
「このキーの名はご存知ですか」
「ああ、ええと、<輝く……」
「いえ」
 答えかける声を遮って、コンちゃんは言った。
「形の面白さに、ボクがそう名付けてしまいました。でも、これはただの起動キーにすぎません」
 何か少し辛そうに、コンちゃんは言った。
「ですから、このキーを使う人に、その名を知ない方がいい。ただの起動キーとして使用されることで、あれは異界の力を失います」
「え?」
 その意味を聞き返すようにコンちゃんの顔を見た佳奈子に、コンちゃんはキーをそっと差し出した。
「本当は、ボクが自分でなんとかしたかった。ボクのしでかしたことの責任は、ボクがって……でも、ボクではもう……」
 キーを受け取った瞬間、佳奈子は全身をぞくりと寒気が走るのを感じた。
 引き込まれるようにキーを見つめた佳奈子は、その時近づいてくるものの気配を感じ取ることができなかった。
 ユウにからかわれて涙目で反論していた陽も、反応が遅れた。
 ソレを目にしたのは、おそらくモンロちゃんだけだった。
 ドン、と鈍い音がして、モンロちゃんはパパの胸に埋めていた顔を上げて、コンちゃんの方を見て……悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ、コンちゃん、コンちゃぁぁぁぁぁぁん」
 その叫び声にハッと我に返り、キーから顔を上げた佳奈子は、たった今目の前にいたコンちゃんの姿が掻き消えていることに気がついた。
 先刻まで岩にしか見えなかった壁の一部が、力ずくでねじ切られたように歪んで地面に倒れていた。
 そして、おそらくスタッフ専用通路になっているであろう、その奥の暗がりに向かって、白い粘液の痕跡と、何かが引きずられたような跡だけが残っていた。
 誰もが呆然とその場に立ち尽くした。
 モンロちゃんがコンちゃんを呼ぶ叫び声だけが、いつまでも響いていた。


「起動キー、届きました!」
「ダリル、ダリル!」
 受け取った結晶体を振りかざして、ルカルカが呼ぶ。ダリルは振り返って叫んだ。
「投げろ!」
 ルカルカは目を輝かせると、野球の教則本のような綺麗なフォームで振りかぶり、投げる。
 キーは極めて直線に近い放物線を描いてフェクトリーの空中を横切り、パシッと小気味のいい音を立てて、ダリルの左手に収まった。
「おおー、ナイス・ピッチさぁ」
 ケイの賞賛に、ルカルカがガッツポーズをする。その間に、ダリルはキーをキーホールにはめ込んだ。
 手のひらで僅かに転がすと、不揃いの切子面の凹凸が揃い、カチッと鈍い音を立てる。次の瞬間、モニターに起動メッセージが走り出した。
「よし」
 ダリルはキーから手を放し、具のないたこ焼きの調理を再開したケイとルカルカに向き直る。
「まだ少し余熱が足りないが、かまわんだろう。タネを流していいぞ!」
「助かったさぁ〜」
 心底嬉しそうにケイが声を上げた。体力や魔力の消耗もあったが、延々と同じことを続ける役割が、ちょうど嫌になりかけているところだったのだ。
「じゃ、水門開放さぁ!」
 ケイは階段を駆け下り、今までルカルカと二人で死守していた、巨大な生地の拡販装置へネバネバを流し込む為の樋のストッパーを外す。
「オッケー、いっちゃえー!」
 ルカルカも上機嫌でその場を飛び退き、ネバネバが真っ直ぐ樋に流れるように階段の横を用意した板で塞ぐ。
「ルカルカ、具の搬入も開始だ。指示を頼む」
 ルカルカがOKの仕草をして携帯を出すと、ダリルはおもむろに上着を脱ぎ、シャツの袖を捲ってケイを見た。
「では焼くぞ、ケイ!」
「っしゃ〜、こんがり焼いてやんよー!」
 ケイは生気を取り戻したように目を輝かせた。