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コンちゃんと私

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「わあ、盛況ね!」
 まだ騒然としているグランドコンコースの様子を眺めて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が楽しそうに声を上げた。
「ちょっと出遅れちゃったかな。さっそく行ってみましょうか、レッツ、クッキング♪」
 スキップしかねない足取りでミュージアムゾーンに駆け込んで行くルカルカの背中を、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は思わず口を開けて見送った。
「どうした、ダリル。先に行くぞ?」
 そう言ってカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も重量級のステップで駆け出して行く。
 ……何だ、あのテンションは?
 自分たちは、ワンダーパークの怪異騒ぎの収拾に来た……筈だ。それとも、自分が何か勘違いをしているのか?
「ねぇダリルー、ホントに置いてくわよ?」
 ゲートのところで振り返って、ルカルカが手をぶんぶん振っている。
 ……こうしていても仕方がない、か。
 眉間に刻まれたタテ皺を指先で解して、ため息とともに、ダリルも後を追った。


 そして、元「邪神のようなモノ」……現「食材」のファクトリーへの輸送作戦が開始された。

 アミューズメントゾーンでは雅羅と美夜が、柚と三月の協力で行動開始。
 火術をメインに動きを抑制していたものの、それでは足止めしかできずに困っていたが、頭にきた美夜がおもちゃの水鉄砲で攻撃すると、意外に効果があった。
「あと少しです! 焼きタコ目指して頑張りましょう!」
 最後尾のプラカードを振りかざして柚が言った。
 三月はどこから突っ込むべきか迷ったが、一言「そこは先頭だよ」とだけ言った。


 ステージゾーンからは、なかなか移動の報告が来なかった。
「それしか方法がないなら食(ヤ)るしかないわよね!」
 避難誘導を終えた鈴蘭がそう言って目を輝かせた。
「きっちり調理してがっつりいただきましょう。それが彼らを救う方法なんだわ」
 その頃ステージゾーンで行われていたことは……言葉では表現することなどできはしない。鈴蘭と沙霧が到着した時、どういう訳か、ケララはひどく弱って見えた。
 鈴蘭がタンバリンを鳴らしながらファクトリーへ誘導したが、ケララは自ら救いを求めるように鈴蘭の後をついていった。
「不死というのも……なかなか、難儀なものですねえ」
 沙霧には、エッツェルの零したその一言の意味はわからなかったが、何故かしばらく寒気が止まらなかった。

 また、一同がケララを弄んで……いや、足止めしていた間にも、九十九一行が相変わらず瘴気を振りまきながらやって来て、ナチュラルに邪神として攻撃されて逃げ去っていた。
 一目見ればそれが「邪神」でないことを理解できる者がその場にいたにも関わらず、彼らが、自らの狂気に満ちた好奇心を満たすことに忙しかったのが九十九たちの不幸であった。


 そして再び、ファクトリー。
「こんにちは、話は聞いたー!」
 ばーん、と非常口に直結した搬入口を開け放って、ルカルカが現われた。
 そして、輝くような笑顔で言った。
「美味しいものを作ると聞いて、遅ればせながら参上しましたっ!」
 丸くない具なしたこ焼きの大量生産に疲れかけていたリリが、顔を輝かせてルカルカを見た。
「助かった、恩に着るぞ」
 そして、そそくさとその場を離れた。
「では、リリはちょっと所用があるので、失礼する!」
 リリは微妙に邪悪な笑顔を浮かべ、「邪神召喚」の主犯だという、コンちゃん捜索に向かって行った。


「ダリル、まだー?」
「……あのな」
 たこ焼き製造システムの最稼動の準備をしていたダリルは、ルカルカに急かされてため息をついた。
「今俺ができるのは、稼働後の時間短縮だけだ。稼動させるには、キーが不可欠なんだよ」
「そこをなんとか」
「……なんとかできたら、ハードウェアキーの存在意義がヤバいだろうが。すぐに届くことを信じて、そっちは下拵えに集中しとけ」
 なだめるようにそう言われて、ルカルカは真面目な顔で頷いた。
「そうだね、下拵えの手を抜いたら、おいしい料理はできないもんね。……よーし、ケイ、もうひと頑張りしましょ!」
「……お、おー……」
 ケイは疲れた声で応えた。


 ファクトリーの外も、誘い込まれてくる「食材」で渋滞していた。
 何しろ、園内全体に広がっていたネバネバと、それを吐き出した巨大な生物だ。それが一カ所に押し寄せているのだから、物理的に無理がある。
「うぬぬぬぬ、これでは狩りに出られんではないかっ」
 ミュージアムの建物の前でネバネバの交通整理をしながら、カルキノス・シュトロエンデがぼやいた。
「だいたい交通整理なぞ、我のすべき仕事ではないではないかっ」
「お待たせいたしましたわー!」
 声とともに、上空から白ランの少女が舞い降りて来た。セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)だ。
 とんっ、と軽やかにカルキの横に着地すると、左右を見回す。
「食材をしばきにまいりましたわよ。どこですか、食材は」
 カルキが黙って足元を示す。
 セシルは不思議そうに首を傾げた。
「……ネバネバしかありませんけど。もしかして、正直者にしか見えないとか、そういう?」
「ほほう、なるほど。そいつは俺たちに見えなくて当然だ」
 いつの間にか背後でケヴィン・フォークナー(けびん・ふぉーくなー)がニヤニヤ笑っている。
「メルヘンぶってないで、現実を見つめろ。このネバネバが食材だ」
「えええ」
 セシルが不満そうな声を上げた。
「こんな不定形、手応えがありませんわ。もっとこう、剣で切り刻んだり、拳で粉砕したり、頭突きで黙らせたりできる相手を希望します!」
「いや、不定形も結構いけるで?」
 足元で声がして、セシルが思わず飛び退る。見ると、瀬山 裕輝(せやま・ひろき)がネバネバの傍にしゃがみ込んで、口をもぐもぐ言わせている。
「……生、だぞ?」
 生の野菜とか生の獣とか生の人間は、まあカルキにとっても許容範囲だが……生の邪神や、生の邪神の粘液は、軽い抵抗を感じる。
 しかも、裕輝が地面から救いとったネバネバは、裕輝の手の中でもぐにぐにと不規則な律動で蠢いている。しかし裕輝は別に意に介さないようだ。
「生かて、別に……」
 そう言いながら、うねうねしているソレを一口齧ると、セシルが恐ろしいモノでも見るような目で裕輝を睨みつけた。
「んー、うんうん、このべたっ、ねとっ、ざらっ、ちゅう食感、なかなか……」
「ほほう?」
 その擬音に好奇心をそそられたようにケヴィンが目を輝かせて身を乗り出すと、その眼前にいきなりセシルの拳が突き出された。
「……お・に・い・さ・ま・?」
 生の邪神より遥かに怖いものがある、とケヴィンは思った。