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リアクション
2章 「二度と取り戻せない日々」
立ちふさがる魔物を蹴散らしながら、ヒルフェは火口を目指していた。
二体の魔物が新たにヒルフェの前に現れる。
走る速度を緩めずに、剣を抜き放ち、踊るかのように回転しながら一体の魔物を両断。
両断した魔物の体を掴み、もう一体の魔物目掛けて投げつける。
「ガアアアアアアッ!!」
咆哮を上げ、魔物は投げつけられた魔物の体を引き裂いた。
しかし、目の前にはヒルフェの姿はない。
魔物が殺気に気づき、上を見上げた時に見たのは……ヒルフェの剣が振り下ろされる瞬間だった。
頭を失った魔物が膝をつき、崩れ落ちる。
「……こんな魔物なんかに、足止めされている場合じゃない……」
ヒルフェは走りながら、もう二度と取り戻すことのできない日々を思い出していた。
〜過去・ミューエの宿屋・庭〜
「はあああああッ!」
リーゼの放った衝撃波が左右からヒルフェを襲う。
咄嗟に跳躍し、ヒルフェはそれを躱すが、すぐに自分の安易さに気づくこととなった。
ヒルフェの目の前に、さっきまで地上にいたはずのリーゼがすでにいたのである。
しかも、自分よりも遥かに高い位置に。
「なっ!? お前ッ……いつの間にッ!?」
「喋るなんて、ずいぶん余裕があるのねぇ? ほらほら、その状態からどう避けるのッ!!」
「ちょっ!? 待てッ……そんな状態で……どわああぁぁぁああーーッ!!」
鋭い衝撃波がリーゼから勢いよく放たれ、ヒルフェを地上へ叩きつけた。
轟音が鳴り響き、土ぼこりが辺りに舞い上がる。
すたっ……とリーゼは着地し、ヒルフェに向かって近づく。
「はい、これで一本。私の勝ちね?」
リーゼは倒れたヒルフェに手を差し伸べ、立つのを手助けする。
ヒルフェは体についた土汚れを手で、ぱんぱんっと払った。
「まったく……規格外だよ、お前は。そこら辺に転がっている木の枝で、
どうして衝撃波なんか出せるんだよ……たくっ今度は勝てると思ったんだけどな」
あーあ、と剣を鞘に納めるヒルフェ。
リーゼは賭けをしていた。木の枝を使って、剣を持つヒルフェに勝てたら、豪華ディナーを奢ってもらうと。
ヒルフェはそれを二つ返事で了承した。誰であっても思うだろう。木の枝を用いて、勝てるはずがないと。
実際彼は、手も足も出ずに負けてしまったわけだが。
「ふふっ、豪華でぃなー、豪華でぃなー……ああ、何を食べようかなぁ」
「……聞いちゃいねぇ」
二人の笑顔があった風景。何の変哲もない普通の日常。
永遠に続くかと思われた、続くのが当たり前と思っていた、もう取り戻せない日々。
3章「生贄の魔剣」
〜ミューエの宿屋・大広間〜
情報を整理する為に、ミューエに用意してもらった大広間へ集まった契約者達。
大きなホワイトボードの前に立ち、情報を纏めているディーヴァの少女……綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)。
彼女は、周辺の聞き込みから得た情報を加味しながら、他の契約者達から知らされる情報を
的確にホワイトボードへ書き込んでいく。
「えーと、今のところわかっているのは、ミューエさんは殺害現場を直接見ていないという事と、
持ち去られた魔剣は、封印されていたほどの凶悪な物であったという事ね」
うーん、と悩んだようなポーズをとるさゆみに
吸血鬼のメイガスの少女アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が声をかけた。
「あとは、リーゼさんが魔剣を鎮める、特別な血筋であった……ということですわ」
「そうなると、あとは……なぜ、ヒルフェさんがリーゼさんを殺害したかよね……」
聞き込みから得た情報と他の契約者から知らされた二人の様子を統合すると、
とても殺し合いをするような間柄ではなかったという事がわかっている。
部屋の傷を調べた者からも、傷が偽装ではないという事が知らされていた。
「一体……どうして。恋人を殺すなんて……何の理由もなくやれることではないわ」
「そうですわね。何か……避けられない理由……事情があったんじゃないかと、思うのですわ」
昔を思い出したのか、少し辛そうに俯くアデリーヌの手に優しく触れ、握るさゆみ。
はっ、とさゆみの方を見るアデリーヌにさゆみは微笑んでみせた。
安心したのか、アデリーヌの表情から辛さは消え、さゆみの手を優しく握り返した。
「わらわは、魔剣が歴史的な物ではないかと、学園にも連絡し、調べてもらったのじゃ」
髪の長いフェルブレイド……神凪 深月(かんなぎ・みづき)が立ち上がり、自らの調べた情報を報告する。
深月によると、その魔剣は「生贄の魔剣」と呼ばれており、表だって歴史に登場することは
なかったが、強大な魔剣の一本として警戒されていた物であったという。
「この魔剣が封印されていた村は、ロレンツォとアリアンナが調べてくれた通り、滅んでしまって今はない。
じゃが、生き残りがおるのじゃよ……あの村には」
「それって……まさか」
「そう、さゆみの思っておる通り……この宿のミューエ、逃亡中のヒルフェ、そして殺害されたリーゼの三人じゃ」
少し悲しそうに空を見る深月。しかし、その表情はすぐに正常に戻る。
「そんな……せっかく生き残ったのに……あの人達は、また魔剣で……大切な人を」
気を落とす契約者達に向かって、着物の袖を振り上げ、元気よく宣言する深月。
「そう気を落とすでない! 逃亡してはいるが、まだヒルフェは生きておる……彼まで死なせないようにする為に、
わらわ達がいるのじゃろう?」
深月の言葉に、少し励まされる一同。
「よいか、ヒルフェを説得するにも、まずはあの部屋で何が起きたのか知る必要がある……そこでこやつらの
出番なのじゃッ!!」
秘密兵器でも紹介するようにオーバーなリアクションで深月に紹介される
メイガスの魔導書クロニカ・グリモワール(くろにか・ぐりもわーる)。彼女の横には、エースのパートナー、メシエも立っていた。
二人は不本意そうに、ホワイトボードの前まで歩みだしてくる。
「そんな紹介のされ方……なんだか、嫌なんだけど……まぁ、いいわ。さっき、私は彼と一緒に
殺害現場となった部屋を調べてきたの」
ペンの蓋を開けながら、他の契約者達の方向を見るメシエ。
すべてを見透かすようなその視線が、契約者達を眺める。
「色々なことがわかったので、情報量が少し多いですが、しっかり付いてきてくださいね」
メシエはホワイトボードに情報を纏め、クロニカがそこを解説していく。
クロニカの解説は分かりやすく、契約者達はすぐに情報を理解していった。
「まず、殺害方法ですが……これはリーゼがわざとヒルフェに刺されたものと、推察します」
喋りながら、ホワイトボードに書かれた文字を指すクロニカ。
メシエがその言葉に続くように話し始める。
「私の読んだ情報には、恨み等の感情はありませんでした。あったのは、深い悲しみのみ」
「悲しみじゃと……それならば、裏切られたような悲しみもあるのでは……」
深月の方を見て、メシエは言葉を続ける。
「深月の意見のように、裏切られたのではと私も考えましたよ……最初は」
「……最初は?」
メシエは目を瞑り、静かに語りだした。
その表情は、悲しみを抑えているようにも、何も感じていないようにも見える。
「現場の棚の上にあった、リーゼの血が付着した写真立てから情報を読み取った所、
力の暴走を抑えられなくなったリーゼが自我を失い、ヒルフェに……襲い掛かっていました」
「襲ったのは、ヒルフェさんではなく……リーゼさん……そんな」
さゆみは自らの口に手を当て、驚きを隠せないでいる。その場にいる他の契約者も同様に驚いていた。
悲しいような寂しいような表情の深月が、口を開く。
「……悲しいことじゃが、有り得ない事ではないんじゃ。あの魔剣は、使用者を徐々に蝕んでゆく。
その肉体に限界が訪れれば異形になり……元に戻ることは……無い。
おそらく、リーゼは異形になる一歩手前だったのじゃろう」
深月が最後まで言い終わるのを待ってから、メシエは説明を再開する。
「リーゼの攻撃を防ぎながら、ヒルフェはなんとか自我を取り戻させる方法を考えていたようですね。
異形化すれば戻らない……それを知っていた彼は、必死だったはずです」
襲い掛かってきた最愛の人を前にして、ヒルフェは何を思ったのだろうか。
最愛の人を失うという痛み。メシエは思わず言葉を詰まらせ、それ以上語れなくなる。
しかし、それを表情に出さない為、他の者には急に黙ったように見えたのだが。
それを悟ったか悟らずか定かではないが、クロニカがメシエに代わって、話す。
「そこで……リーゼに一瞬、自我が戻りました」
一呼吸置き、静かに……そして淡々と話すクロニカ。
それは、多くの経験からなのか。それとも魔導書故の考えなのか。
どこか、出来事を枠の外から見ているかのような語り口であった。
「彼女は懇願します――――自分を殺して、と」