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第五章

1 空京警察 一係


「どういうことです!」
 藤堂の声が部屋に響いた。
 夜になっても、この部屋に刑事たちの出入りはない。先刻、藤堂が無線と電話で指示を飛ばしているのをリカインが不思議そうに見ていると、藤堂は「ここでは『電話番』と書いて『ボス』と読むんですよ」と笑っていた。
 だが、今度は少し様子が違った。
「アジトは特定されたんです。何故、うちが動かないんですか!」
 強張った声でしばらくやりとりをした後、受話器を乱暴に戻して、深く息をつく。
「……あの」
 立ち上がってドアに向かおうとする藤堂を、リカインは思わず呼び止めた。藤堂は振り返る。
「ちょっと、席を外します。電話は無視してください」
 彼に、状況を報告すべきだろうかとリカインは迷った。
 今まで耳にしていたやり取りで、彼らの事情はだいたい把握していた。
 藤堂に掛かって来る電話は、あくまで刑事たちが独断で行う『ボス』への個人的な報告なのだ。そして彼らは、空京の街の警戒に駆り出されている。その指揮権は、藤堂にはない。
 刑事たちと、何より藤堂自身が「ウィルスの在処を特定するまでは動くな」との上の命令に、じりじりとしながら過ごしているのが良くわかった。
 しかし、状況を知らせるということは、のるるのウィルス感染を隠せないということだ。
 躊躇うリカインの迷いを感じ取ったのか、藤堂が穏やかに微笑んだ。
「私も一刑事として、心情的にはトンさんに共感しますが……警察が守っているものは、ひとつではない。一係の『ボス』として、私は部下たちに対して責任があります」
 リカインは思わず藤堂の顔を見直す。藤堂は芝居がかった仕草で軽く肩をすくめた。
「上とやり合うのも、公務員の仕事でね。ちょっと、やり合ってきますよ」
「……ええと、頑張ってください」
 何と言えばいいのかわからずにそう言うと、藤堂は弾けるように笑って、部屋を出て行った。
 無人になった部屋で、リカインはコンソールに肘をついて、小さくため息をついた。
「……まあ、そうよね」
 おそらくここで行ったこと、通信や情報のやり取りもすべて、藤堂に監視されていたのだろう。考えてみれば、警察内の情報端末を、「協力者」とはいえ外部の一般人に無条件で開放するなど、ありえなかったのだ。
 ……でもちょっと、複雑な気分かな?
 ちょっと苦笑しながら、作業を再開する。
 空京警察が二の足を踏んでいる間にも、彼らは既にアジトの包囲を終え、突入の準備を進めている。
 藤堂はそれを知りながら、席を外した。
 彼の無言の信頼に応えたい、とリカインは思った。