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「で、これからどうする?」
 皆にお茶を振る舞いながら、リアトリスが誰にともなく訊いた。
「とにかく、あのダメな大人たちに、早々に空京にお引き取り頂きたいんだけどね」
聞こえよがしに言ったのは呼雪だ。ラージャが苦笑しながらも同意する。
「容器者も確保したし、空京警察に移送するのが筋ではありますね」
「でもでも、まだテロリストもウィルスも確保できてないんですよね」
 テロ組織壊滅まで持って行きたい奈月が口を挟む。
「そっちを解決しないと、テロの危険は残ったままじゃない」
「テログループの特定はできてるんですか?」
「さっきの襲撃者の映像を空京警察のデータと照合した。ほぼ特定できてる。今、あちらでアジトの絞り込み中だ」
「じゃあ、それを待って合流して、みんなでアジトを叩こうよ!」
「あー、待て待て、全員黙れ」
 立ち上がった富田林が会話の輪の中に踏み込んで、両手を振り回して流れを遮った。それから、その輪から少し離れたところで一人で座っていたのるるの方を見て、訊いた。
「のろり、お前の依頼の内容は倉田の確保への協力だったな」
「……はい」
 先刻の剣幕に凹んでいるのか、名前の訂正もせずにのるるが小さく頷く。
 富田林はまた皆の方に向き直った。
「聞いての通りだ。依頼は完遂、作戦は終了だ。ご苦労さん。解散」
「はあ?」
 ハイラルがすっ頓狂な声を上げる。
「おいおい、なんだそりゃ」
 周囲からも一斉に抗議の声が上がった。
 空京への護送を提案していた者もこの言い様は納得できなかったが、テロ予告の件の解決を重要視するメンバーにとっては、とても許容できるものではない。
「一番肝心なことを放り出して、何が作戦終了ですか」
 レリウスがめずらしく僅かに声を荒げて抗議する。ハイラルが傍らで剣呑な視線を倉田に向けた。
「あんたがここで放り出すって言うなら、そいつの身柄は引き渡してもらうぜ。ウィルスの所在、すぐにでも吐かせたいんでね」
「……拷問でもするか」
 富田林の声が1オクターブ下がる。が、ハイラルも引かなかった。
「場合によっては、な」
「さすが、パラミタの野蛮人は恥をしらねぇな」
「てめぇ……」
「むろん、拷問は違法ですが」
 殺気立った様子のハイラルと睨み合っている富田林に、ダリルが口を挟んだ。
「きれい事を言っていられない状況もあります。ことに、このパラミタでは」
「俺は警察官だ。きれい事を通せる世の中を守るのが、俺の仕事だ。お前らの薄汚ねえ常識に合わせるつもりはねぇ」
 喧嘩腰の台詞を吐いて、倉田の方を振り返る。倉田はどこか他人事のようにかられのやり取りを眺めていた。
「こいつは俺の事件の容疑者だ。俺が護送する。非道なことがしたいと言うなら、まず俺から黙らせな」
「……ちょ、ちょっと……ちょっと、待ってくださいっ!」
 殺伐とした空気を散らすように、のるるが立ち上がって叫んだ。
「変ですよ、なんでそんな話になってるんですかっ」
 思わず、一同で顔を見合わせる。
「あの、テロ組織の捜査は進んでるんですよね? 今、倉田さんをどうこうしなきゃっていう状況じゃ、ないですよね?」
「……う」
 のるるの真っ直ぐな視線を向けられて、ハイラルが黙り込む。
 実際のところ、富田林が「解散」などと言い出さなければ、こんなことを持ち出すつもりはなかった。ダリルもまた、めずらしく僅かに気まずそうな表情で言葉を呑み込んだ。彼は最初から、現状での倉田の尋問に緊急性は感じていないのだ。
 それからのるるはくるっと富田林に向き直り、更に言った。
「トンさんもトンさんです! 説得しなきゃいけない相手に、喧嘩を売ってどうするんですか!」
「……む」
 富田林も黙り込む。
「それから……ここにいるのは、みんなパラミタで生きている人たちです。あなたに守りたいものがあるように、パラミタはあたしたちの大切なものなんです。個人的な好き嫌いで、そんなふうに貶められたくありません」
 のるるにとっては、最初に藤堂から紹介された時から、ずっと胸にわだかまっていた言葉だった。怒鳴りつけられるかもしれない、と僅かに身構えて、富田林を見つめる。
 目を見開いてのるるを睨む富田林の顔が、僅かに引き攣っているように見えた。
 微かに震えているようにも。
 しかし、すぐに片手で口元を押さえ、無言で顔を逸らした。
 そして、ふた呼吸ばかりおいて顔を上げた時は、いつもと同じような仏頂面に戻っていた。
「……悪かった。年甲斐もなく、頭に血が上っちまった」
 あっさりと詫びを口にする富田林に、なんとなく毒気を抜かれたような空気が漂う。
「……話を戻すぞ」
 軽く息をつき、いつもの調子に戻って話し始める富田林の横顔を、のるるはぼんやりと眺めた。
 今、どうして、彼は……笑ったのだろう?
「とにかく、あんたたちの協力には感謝しているが、俺の仕事は倉田の確保だ」
 あの、口の端にくっきりと刻まれた笑みの痕は既にない。富田林は例によって不機嫌な調子で言った。
「俺は殺人事件の捜査に来た刑事だ。テロリスト退治を無視していいとは思わねえが、それはそっちの担当者に任せる。これでも俺は、組織人なんでね」
「また、そんな取って付けたようなことを」
 思わず呆れたように呟いたマイトをひと睨みして、富田林は宣言した。
「このまま署に戻る。いいな」
「ちょっと待ってください」
 そういう結論も仕方がないか……という空気が漂う中で、それを断ち切ったのは意外な人物だった。
「それは、困ります」
 黙って成り行きを見ていた倉田が、ふいにそう言ったのだ。
「てめえが困ろうが、知ったことか」
 富田林の一言にも倉田は悪びれる様子もなく笑いながら身を起こし、その視線をのるるに向けた。
「ねえ、西園寺さん。体調はいかがですか?」
「はい?」
 いきなりの問いに、のるるは面食らったように目を瞬かせて倉田を見る。
「息が切れるとか、熱っぽいとか、ありませんか?」
 ダリルがはっと顔色を変えて、きょとんとしているのるるの横顔を凝視した。
「……まさか」
 強張ったような声で呟き、それから、倉田に視線を移す。
「まさか、貴様……彼女に……」
 倉田はやけに明るく微笑んで、頷いた。

「ええ。ご本人の許可なく申し訳ないんですけど、西園寺さんに運び屋(キャリア)になっていただいてるんですよ、実は」