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リアクション
「どうですかミステルくん。何かわかりました?
……もっちろん。やっぱりこっちの方向に≪マカフ≫とかいう奴らが歩いて行ったみたいだねぇ☆」
木に触れた月詠 司(つくよみ・つかさ)が、自分の身体から生えた薔薇 ミステル・ヴァルド・ナハトメーア(みすてるう゛ぁるど・なはとめーあ)と会話する。
ミステルは司の口を使って会話をしているのだが、傍から見ればただ独り言を呟いている怪しい人にしか見えない。
「じゃあ、このまま真っ直ぐ進みましょう。
シオンさん、騨さんとあゆむさんの護衛をしっかりお願いしますね」
「わかったわ、ツカサ。皆と一緒にちゃんと護衛してるから安心していいわよ」
司は後方のシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)に指示を出して歩き始める。
すると、司達を見つけた≪機晶ドール≫が一直線に向かってきた。
「ミステルくん、くれぐれも機晶石には攻撃を与えないでくださいね。
……ええぇ〜、アタシはぁそういうのニガテぇ。
文句言わないでください。彼女らを救うためなんですから、絶対だめですよ。
……あぁ、もうぉ。うっさいなぁ〜。わかったよ……ホントウッゼー!」
両手にアセイミーナイフを手に持ち、司が駆け出す。左肩から突き出たミステルの樹海の根が黒い鉤爪状の触手の刃になって、それ自体が生き物のように流動的に動いていた。
「いきますよ、ミステルくん。
……わかってるよぉ!」
ミステルの樹海の根が≪機晶ドール≫の足を掴み空中に舞いあがらせると、司が決定打を叩き込んで行動不能にしていった。
だが敵の数は多く、一体ずつ倒していては対応しきれない。
「……ツカサ! このままじゃキリねぇ!
ここは一気に決めちまおうじゃん!
わかりました。一緒に決めましょう!」
司がアセイミーナイフの柄を握りしめると、向かってくる≪機晶ドール≫達の方へと走り出した。
靴の裏にへばり付く泥を後方へと吹き飛ばしながら駆ける、司。
距離が縮まり、≪機晶ドール≫達がナイフを両手に持ち直す。
その時、司が地を力強く蹴った。高く飛び上がる司。≪機晶ドール≫達が足を止め、司を見上げる。
「そこです!
……いっくよぉ!!」
ミステルが【奈落の鉄鎖】を発動し落下速度をあげた。
突然のことに対応できないでいる≪機晶ドール≫に向かって、司は急速に落下していった。
「「てぇぇぇぇぇぇぇい!!」」
司はミステルと息を合わせて、体を捻りながら禍々しいオーラを纏った剣戟を≪機晶ドール≫達に振う。
黒い残像を残しながら、地に降り立つ司。
「…………」
武器を一振りして、付着物を払う。
背後で宙を舞った≪機晶ドール≫の手足がぬかるみに次々と落下する。
行動不能になった≪機晶ドール≫達は誰一人命を失うことはなく、彼女達の足元には地面を抉りとった剣による三つの傷痕が残されていた。
そんな司が奮闘している後方で、シオンは屈み込んで何かしていた。
「シオンさん――」
「なにしてるのぉ?」
そこへメイド服を着た、≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむとケイ・フリグ(けい・ふりぐ)が近づいてきた。
「ちょっとね♪」
笑顔で振り返るシオン。その手にはグルフシードが握られていた。
シオンはグルフシードを他の生徒が破壊した≪機晶自走砲台≫に植え付けようとしていた。
しかし、機械の装甲にそのまま種を植え付けることはできなかった。
「う〜ん、駄目かぁ」
どうにか植え付けたいシオンは首を捻った。
司の体には植えることができ、そのおかげで(司が死ぬ思いで)ミステルが誕生した。
今回もグルフシードを使えば楽しい事が起きるんじゃないかと期待していた。
「悔しいなぁ。なんか手はないかしら……」
「堅くて無理なら、諦めて他のに植えたらどうなの?」
「あ……その手があったわね!」
ケイの言葉にシオンは声を上げて立ち上がると、すぐ近くにあった木の枝をへし折る。そしてその枝にグルフシードを植え付けると、重ねた≪機晶自走砲台≫の機械片の間に放り込んだ。
「さてさてどうかなぁ……」
シオンは機械片の隙間から暫くグルフシードの様子を窺っていたが、ふいに笑みを溢してあゆむとケイを手招きした。
「ちょっと来て来て! ほら、これ!」
「なんですか?」
シオンに急かされて、あゆむとケイは一緒に覗きこむ。
すると――二人の顔が真っ青になった。
そこには膨れ上がって木の枝を内側から食い破り胎動を始めたグルフシードが、毛細血管のような体の一部を機械片に伸ばす姿があった。
気の弱い人間ならこの場で気絶しそうな光景で、実際あゆむはふらついてケイに支えられていた。
「これ大丈夫なの?」
ケイが不安げに尋ねると――
「平気よ。だって司が辛うじて死ななかったし!」
シオンが満面の笑顔で答えていた。
「グルフシードが成熟するまで時間がかかると思うから。
それより今は皆の手伝いをしましょう」
「そ、そうだね。えっとシドは……」
ケイはグルフシードの事をあまり考えないようにしながら、戦闘に参加しているはずのクロイス・シド(くろいす・しど)を探した。
すると、少し離れた所に早見 騨(はやみ・だん)と何やら話をしているのを発見した。
「それにしても可愛そうにな」
クロイスは気絶している≪機晶ドール≫のあまりに痛々しい傷の上に、そっと布をかけて見えないようにした。
本当は治療をしてやりたいが、治った途端また襲いかかられる可能性がある。だから、悔しいがこのままにしておくしかなかった。
クロイスはリベットガンの残弾を確かめつつ、騨に話しかける。
「なぁ、騨。この子達に帰る家はあるのかな?」
「どうだろう。家があってもどこから連れてこられたかわからないし、すぐには帰るということはできないかもしれないね」
何の罪もない機晶姫が巻き込まれ、犠牲になって、行き場を失くす。
それを思うと、二人はいたたまれない気持ちで胸がいっぱいだった。
すると、クロイスが独り言のように呟いた。
「この子達を引き取ることができないかな?」
「え? それどういうこと?」
「ほら、騨は喫茶店を開くんだろう?
その時はこの子達を住みこみにしてさ……」
クロイスの必死な訴えに、騨は霧に覆われた空を見上げて考えた。
騨は自分がまだ未熟だと感じていた。
喫茶店を開いた所で、お客さんに満足のできる珈琲をだすことはできない。
資金だって全然足りない。
今の自分ではどう考えても無理だと思った。
だけど、どうにかしてあげたいという気持ちも、確かに存在していた。
だから――
「そうだね。彼女達が帰ってくるまでにどうにかしてみせるよ」
騨は笑ってそう答えた。
≪機晶ドール≫が大変な治療とリハビリを乗り越えて、普通の女の子の機晶姫として自分達の前に現れるまでに……それまでに自分の喫茶店を持ってみせよう。
「サンキューな。俺もできる限り協力するぜ。
そうだな……メイド服でも用意するか!
どんなのがいい!? なんでも言ってくれ!
一週間寝ないでも作り上げてやるからさ!」
クロイスが白い歯を見せて笑うと、騨は困ったような表情をしていた。
「一週間って……あんまり無理すると身体に悪いよ。
でも、ありがとう。そっか。働いてもらうとなると、制服は必要か」
「やっぱり猫耳と尻尾は必須か?
最初会った時、夢は「≪猫耳メイドの機晶姫≫だけの喫茶店! 猫耳メイドさんに囲まれて過ごすこと!」とか言ってたもんな」
「ちょ……」
騨の顔が真っ赤になる。
「や、やめてください。あの時は色々とテンションがおかしかったんですよ。
そのなんていうか、あゆむに出会えて……」
「わかってるって、相当嬉しかったんだろう?
いいじゃないの。夢は馬鹿みたいな方がちょうどいいし、それに俺はあの夢嫌いじゃないぜ。むしろ大歓迎だ」
目を輝かせて語るクロイスは無邪気な子供以上に、純粋な瞳をしていた。
「とりあえずコンセプトは決まったな。『猫耳メイドの機晶姫』な。
あとはメイド服の細かい所だけど、ミニいれるか、ミニ?」
「そ、そうだね。なんか人気はあるみたいだし……」
「よし。あ、そうだ。
確か、浴衣の素材で作ったメイド服とかあったよな」
「ああ、そんなのもあったね」
「あれも使ってみるか」
「だったら、夏はそれにして季節ごとに変えたら面白そうだね」
「いいな、それ! 季節というより、イベントとかな!」
……クロイスと騨は戦闘そっちのけでメイド服の話で盛り上がっていた。
放っておいたら日が暮れるそうな勢いで話し続ける騨とクロイス。
そんな様子を見ていたケイとあゆむが――
「これだから男の子は……」
「騨様……」
軽蔑の眼差しを向けていた。
「うっ、あゆむ」
気圧されて一歩後ずさる騨。
それに対してクロイスは堂々とした態度だった。
「いいじゃないか! 好きなことを胸張って語って何が悪い!」
「悪い悪くないの問題じゃないんだよ、シド!
今は戦闘中なのっ! いつまでも突っ立ってくっちゃべってたら危ないのはシドなんだからねっ!」
「ん、はは〜ん♪
なんだ、ケイ。そんなに俺のことがしんぱ――」
ヒュン!
顎に手を当ててニヤけていたクロイスの前髪が飛び散り、綺麗に切り揃えられた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ、おっ、おお、俺の髪がぁっ。
何しやがる、ケイ!!」
「うるさいっ!」
ケイがクロイスの額先に、前髪を切り裂いたブロードソードを向ける。
両手を挙げて降参の意を唱えるクロイス。
「お、おまえ、メイドに剣って……普通機関銃じゃね?
あ、でも剣もありだな。でも、どちらかというと日本と――」
グサッ
「ぐはぁぁぁぁぁぁああああああああ!?!?!?!?」
クロイスが剣先で刺された額を抑えながらのた打ち回る。その指先からドクドクと赤い血液が流れていた。
「ほらっ、今度はお尻に刺しちゃうよ!
嫌だったら、しっかり戦うのっ!
メイドの話だったら帰ってからゆっくりすればいいじゃない!」
「は、はい……」
クロイスはあゆむから絆創膏を受け取りながら、よろよろと立ち上がっていた。
そこへ、鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)がやってくる。
「皆さん! 何をしているんですか!?
ぐずぐずしてたら次が来ます! その前に先を急ぎますよ!」
「は、はい!」
騨達が偲に続いて先を進む生徒達を追いかけ始めた。
すると、ふいにあゆむが疑問に思ったことを尋ねる。
「そういえば偲さん。裕輝さんはどこにいったのですか?」
偲の眉がピクリと動く。
瀬山 裕輝(せやま・ひろき)は偲のパートナーであり、森に入る時は一緒にいたのだが、気付けばどこかへと消えてしまっていた。
「あのバカなら……」
偲の声が震え、全身から只ならぬ殺気が湧き上がる。
「あのバカなら何の目的でここまで来たかも忘れて、「あ、俺集団行動が苦手やから〜」とかぬかしてどっか行ったさ!」
相当頭にきているらしい偲は、「見つけたら首を絞めてやる」など、本気とも冗談とも取れない物騒な言葉を吐いていた。
「えぇい! バカはどこ行った、あのバカは!」
まるで鬼も逃げ出しそうな形相で目を光らせる、偲。
あゆむは裕輝に後日無事に会えることを祈ることにした。
そうこうしているうちに、騨達は森の奥深くまでやってきた。
だが、≪アヴァス≫の幹部達の姿は見当たらず、二手に分かれて捜索しようという事になった。
そんな時、騨達の元にボロボロになった機晶姫の少年がやってくる。
「君、大丈夫?」
「あ……に、逃げてください!」
慌てた様子の少年の背後から≪機晶ドール≫が迫る。
生徒達は少年を守るために≪機晶ドール≫と交戦に入った。
その間に少年は治療を受け、自身が守護兵の一員であることを話した。
そして少年は涙を流して騨に訴える。
「仲間を……機晶姫たちを殺してください」
「え?」
「あのまま操られたままなんてかわいそうです。
だから、せめて終わらせてあげてください」
少年は騨の手を握り、必死に訴えた。
騨はその言葉に一瞬戸惑い、そして――首を横に振った。
「そんなことはしない。全員助けるよ」
少年は騨の言葉に目を丸くしていたが、慌てて言い返してきた。
「で、でもそんな甘い考えじゃ、あなたが危険だ!
相手を殺さなきゃ。何も守れないんですよ」
「大丈夫。確かに僕は弱いかもしれない。
けど、皆がいるから……」
騨は周りの生徒達を信頼の眼差しで見つめた。
そして、少年に力強く言った。
「大丈夫。絶対うまくいくから!」
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