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鍵と少女とロックンロール

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【十 突破】

 ラーミラを乗せた大型トレーラーは、もう間もなくアヤトラ・ロックンロールの縄張りを抜けようとしているのだが、前後左右から加えられる猛攻は一向に収まる気配が無い。
 並走する輸送トラックや移動劇場にもそれなりのダメージが加えられていたが、大型トレーラーのそれに比べれば、随分と軽微な方である。
 そんな中、輸送トラックを運転するメフォストに、和輝からの連絡が入った。どうやら、前方でイコンとフレームリオーダーが戦いながら北北西に移動しているらしい。
 このまま進んでも恐らく問題は無いだろうが、警戒だけはしておいた方が良い、ということであった。
 同様の連絡が、朋美からトメの元にも届いている。
「さぁ皆さん、もうちょっとの辛抱やでぇ。最後にひとつ、きばっていきましょ」
 迎撃用タラップで、他のコントラクター達に呼びかけるトメだが、その時、一台の大型バイクがトレーラー後部にぴたりと張りついているのが見えた。
「拙いわよ! ひとり、取りついてる!」
 ヘリファルテで上空を滑走する理沙が、警告の声を飛ばしてきた。
 吹雪、レキ、ローザ、セレンフィリティ、屍鬼乃といった面々が、慌てて迎撃用タラップ上を駆け、トレーラーの荷台後部へと急行するも、時既に遅し。
 アヤトラ・ロックンロールの幹部トゥーエッジャーが荷台の扉を開き、内部へ侵入を果たしていた。
 トレーラー荷台内部では、リカインとソルファインが敵の侵入を待ち構えていた。
「いらっしゃい。そして、さようなら」
 リカインが渾身の力を込めて、ディーヴァ特有の能力である咆哮を駆使した。
 ところが驚いたことに、相手のトゥーエッジャーもリカインに対抗すべく、同じく咆哮を放ってきた。双方の破壊の音響が荷台内で激しくぶつかり、トレーラー全体が激しく左右に揺さぶられてしまった。
 更に――。
「ここは外れってぇ訳か。なら、こいつを置き土産にしてやるぜ!」
 野太い声で怒鳴りながらトゥーエッジャーが放ったのは、両手の指先から飛び出す超高熱レーザーの束であった。
「嘘っ……冗談でしょ!?」
 これには流石のリカインも、度肝を抜かれてしまった。この技はまさに、スナイプフィンガーの能力そのものだった。
 トゥーエッジャーは指先からの超高熱レーザーで荷台部を内から外へと撃ち抜き、幾つかのタイヤを破壊しながら後方扉から流れ落ちるようにして、退去していった。
 トレーラーはバランスを失い、左右に蛇行を始めた。相当な速度を出していた為、転倒するのは時間の問題であった。
「危ない! 倒れるぞ!」
 機晶スポーツカーで疾走を続けていた恭也が、半ば悲鳴にも近い叫びをあげたが、もうどうすることも出来ない。
 その数秒後には、トレーラーは轟音を上げ、激しく砂塵を舞い上がらせながら、大地を震動させつつ派手に横倒しとなった。そして十数メートル程、砂地の地面を滑ってゆく。
 荷台の迎撃用タラップに布陣していたコントラクター達は全員、相当な距離を吹っ飛ばされていき、ひとり残らず、全身をしたたかに打ちつけられてしまっていた。
「あぁ、糞っ! 何てこったい!」
 菊が慌てて移動劇場のハンドルを切り、追いすがるアヤトラ・ロックンロールと転倒したトレーラーの間に車体を押し込んだ。移動劇場を、臨時のバリケードにしようというのである。
 同様にメフォストも、剛利達には申し訳ないとは思いつつ、輸送トラックを菊の移動劇場と並べる形で、アヤトラ・ロックンロールに対する壁とした。
 そこへ、上空並走組の理沙、セレスティア、日奈々、裁といった面々が降下してきた。
 いずれも、移動劇場と輸送トラックの前に陣取り、迫り来るアヤトラ・ロックンロールをここで防ごう、という構えを見せていた。
 これに対してアヤトラ・ロックンロールも数十台にも及ぶ大量のバギーやカート、武装バイクなどで押し寄せてきたものの、急造バリケードで迎撃態勢を見せるコントラクター達の前で揃って停止し、灼熱の太陽のもとで互いに睨み合う格好となった。
 数では圧倒的に、アヤトラ・ロックンロールが有利である。
 対するコントラクター側はというと、現時点でまともに戦えるのは、トレーラーに乗っていなかった者ばかりであり、事実上、戦力は半減していたといって良い。
 つまり、完全に追い詰められてしまったのだ。

 手に手に武器を取ったアヤトラ・ロックンロールの構成員達が、凶悪な顔つきでコントラクター達を睨みつけている。が、今すぐ襲いかかってくるという気配は見せない。
 トレーラーの荷台から放り出されていた面々も、全身に相当なダメージを受けつつ、それでもラーミラを守る為にと、徐々に急造バリケード前へと集まってきていた。
 しばらく、息が詰まるような沈黙が続いた。
 敵が一斉に襲いかかってくれば、果たしてラーミラを守り切れるのかどうか――コントラクター達の誰ひとりとして、確固たる自信を持っている者は居なかった。
 と、不意に野盗の群れが左右に割れた。
 ホッケーマスクのような鋼のマスクと革製のブーメランパンツ、厚手の革製ブーツだけを身につけた、筋肉の塊のような男――即ち、アヤトラ・ロックンロールのリーダー、デーモンガスが、コントラクター達の前に姿を現したのである。
 その恐ろしくも、不思議なセクシャリティに満ちた異様な外観に、コントラクター達は思わず息を呑んだのだが、しかしデーモンガスは予想外のものを、その大きな肩に担ぎ上げていた。
 デーモンガスが抱えていたのは、突破戦の最中、ヴァーノン・ジョーンズを道連れにしてトレーラーから脱落していった、チムチムであった。
「チ……チムチム!」
 レキが慌てて、急造バリケードの布陣の前へと飛び出し来た。
 その姿を認めて、デーモンガスは幾分雑な仕草で、チムチムを地面に放り出す。
 レキの他に裁と恭也、日奈々といった面々が素早くチムチムに駆け寄り、その安否を確かめる。幸い気絶しているだけであり、命に別状は無さそうであった。
「妙な置き土産をしてくれたが、こちらとしては全くの不要だ。返すぞ」
 それだけいい残すと、デーモンガスは踵を返し、愛車の武装バギーへと歩を向ける。
 すると、他の構成員達も一斉に背を向け、それぞれの愛車へと乗り込んでいくではないか。
 コントラクター達は信じられないといった面持ちで、互いに顔を見合わせる。だがその間も、アヤトラ・ロックンロールはそれぞれの車体にエンジンを入れ、三々五々、荒野に散り始めようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 セレンフィリティが痛む足を引きずりながら、ジェニー・ザ・ビッチを呼び止めた。
 掃き溜めの鶴の如き美貌を誇る妖艶な野盗美女は、セレンフィリティの声に応じてつと、足を止めた。
「ねぇ、どうして諦めようって思ったのか、教えてくれない?」
 これに対しジェニー・ザ・ビッチは、寧ろ意外そうな面持ちをセレンフィリティに向け、それから小さくかぶりを振った。
「ここはもう、我がアヤトラ・ロックンロールの縄張りではありませんの。野盗団同士にも、紳士協定のようなものがございましてね……余所の縄張りでは狩りはご法度。それが、野盗団の間の暗黙のルール、ですのよ」
 つまり、ラーミラを守る護送部隊は、トレーラー大破という打撃を受けはしたが、無事にアヤトラ・ロックンロールの縄張り突破に成功した、ということになる。
 まだ信じ難い話ではあったのだが、アヤトラ・ロックンロールの構成員達の大半が目の前から去っていった事実から、これはもう間違いのないところであろう。
 セレンフィリティに答えてから、大型武装バイクのタンデムシートに跨ったジェニー・ザ・ビッチであるが、その彼女を呼び止める別の人物が居た。恭也である。
「なぁ……もし差し支えなかったら、あんたの本名を教えてくれないか?」
 駄目元で訊いてみた恭也だが、意外にも、ジェニー・ザ・ビッチは静かに微笑みながら小さく告げた。
「ジェニファー・デュベール、と申しますわ。ま、名乗る程の者でもございませんけど……それでは皆様、ごきげんよう。次にまた会う時があれば、容赦しませんわよ」
 それがジェニー・ザ・ビッチこと、ジェニファー・デュベールの残した最後の台詞となった。
 アヤトラ・ロックンロールは全員荒野の彼方へと姿を消し、この場に残っているのは、ラーミラを守る護送部隊の人員ばかりとなった。
「もう、あのトレーラーは無理だな。あたしの出虎斗羅と、あの輸送トラックに分かれて乗り込んでもらうしかねぇよなぁ」
 菊の提案に、誰も異存は無い。
 この後、横転したトレーラーの牽引車から、ラムラダとラーミラが救出されたのだが、幸いなことに、ふたりとも軽い打ち身程度で、然程大きな怪我は負っていなかった。
 横転の際、コルネリアとアイリーンがそれぞれ、ラーミラとラムラダを庇うような位置に身を滑り込ませたのである。この咄嗟の守りが、双子の兄弟の命を救ったのだ。
「ごにゃ〜ぽ〜! さぁ皆さん、乗って乗って〜」
 裁が、トレーラーに搭乗していたコントラクター達を輸送トラックと移動劇場の双方へと誘導してゆく。
 そんな中、吹雪とローザがほぼ同時に、アヤトラ・ロックンロールの去っていった方角に、ふと視線を巡らせた。
「どうもあの連中とは、また会いそうな気がしてならないであります」
「……恐らく、腐れ縁というやつでしょうね」
 その予感が的中するかどうかは、神のみぞ知る。

     * * *

 ラーミラ護送部隊が無事にアヤトラ・ロックンロールの縄張りを突破したという連絡が、デラスドーレの街で戦い続けているコントラクター達の元に届いた。
 人工解魔房前で、再び地上の状況を把握しようと躍起になっていた円も、この時ばかりは表情が幾らか和らいだ。
「良かった……後はこっちが、万全の受け入れ態勢を整えるだけ、だね」
 と、簡単に口にはしてみたものの、それが如何程の困難を伴うかを考えると、円は少し、頭が痛くなるような錯覚を覚えた。
 オリヴィアとミネルバも安堵の色を浮かべて軽いハイタッチを交わしていると、そこに、思わぬ人影が地上からの通路を渡ってきた。
 ジェライザ・ローズ、アキラ、ルシェイメア、セレスティアの四人であった。
 いずれも全身に無数の傷を負ってはいたが、その表情は随分と晴れやかで、満足感すら漂っている。
 円は地上からの連絡で、ジェライザ・ローズ達がスキンリパーと交戦していた事実を知っている。そのジェライザ・ローズ達がここに姿を現した、ということは――。
「お待たせしました。スキンリパーは、私達で間違いなく、破壊しました」
 穏やかに微笑みながら勝利宣言を口にするジェライザ・ローズに、九十九などは素直に感嘆の声をあげた。
 この人工解魔房前の戦闘では、オブジェクティブ・オポウネントの認証コード保持者であるあゆみが駆けつけてきて、勝利をもたらしてくれた。
 しかしジェライザ・ローズ達は一切誰の助けも借りず、自分達の手でスキンリパーを倒した、というのであるから、驚くなという方が無理な話であった。
「勿論、こちらの皆さんの助力があればこそ、です。でなければ、私ひとりでスキンリパーを倒すなど、夢のまた夢でしたよ」
「いやぁ、それでも、凄いよなぁ……」
 尚も九十九が心底感心した様子で、低く唸り続けている。
 だが実際、ジェライザ・ローズがいったように、スキンリパー打倒にはアキラ達のサポートが大きく功を奏したのも事実である。
 もともとジェライザ・ローズは医者であり、純粋な戦闘者ではない。そんな彼女が無事に勝利を収めることが出来たのは、間違いなくアキラ達のサポートのお蔭であろう。
「ところで……他のオブジェクティブはまだ、倒せてないのかい?」
 アキラの問いかけに、円は幾分、渋い表情を見せた。
 ストームテイル、マーシィリップス、スキンリパーは倒せたが、肝心のスカルバンカー、マーダーブレイン、そしてスナイプフィンガーと戦っている面々からは、まだ何の連絡も届いていないのである。
「相当、苦戦してるみたい。あゆみちゃんに美晴さん、それにエージェント・ギブソンも応援に向かってるんだけど、ラーミラさん達が到着する前に、ケリが着くかどうか、ってところだね」
 腕を組んで低く唸る円に、ジェライザ・ローズも表情を曇らせる以外にない。
 基本的に、ここに残っている面々は対オブジェクティブ戦に於いては完全にお荷物であり、下手に応援に向かうと却って足を引っ張りかねない。
 その為、ただひたすらここで待つしかないのである。
 実に歯がゆいばかりだが、こればかりはもう、どうしようもなかった。
「皆を信じて、待つしかないな」
 九十九の言葉も、どちらかといえば周囲を励ますというよりも、自分自身を納得させる為、という意味合いの方が強かったかも知れない。