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鍵と少女とロックンロール

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【四 巨影、迫る】

 空中戦でバニースーツ姿(というより、ほとんどバニーガールと呼ぶべきであろうが)の裁が、アヤトラ・ロックンロール側の注目を集めていたように、目立つ格好や色合いというものは、どうしても相手方の視線を引いてしまうもののようである。
 そういう意味では、ピンク色の派手なモヒカンヘアーが象徴的なヴァーノン・ジョーンズに、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の意識が向いてしまっていたのも、無理からぬ話であった。
 勿論、単純にピンク色のモヒカンヘアーだけが特徴的なのではなく、獰猛な勢いで武装バイクを大型トレーラーに何度も寄せようとしていたアグレッシブな攻撃姿勢が、レキの注意を誘っていたといって良い。
「よぉっし……あのモヒカンに一発、ぶち込んでやるんだよ」
 何かを閃いたレキは、足場の悪い迎撃用タラップ上から狙いを定めて、ヴァーノン・ジョーンズの頭部に銃火を放った。
 直後、ピンクのモヒカンが半ば爆発したかのように、派手な勢いで割れた。最早それはモヒカンなどとは呼べず、どちらかといえば花妖精の出来損ないともいうべき悲惨な頭であった。
「ヒャッハー族ってモヒカン命だから、モヒカンがなくなったら力が半減するかも知れないんだよ」
 ところが、である。
 レキのこの予測は、全くの大外れであった。
 ヴァーノン・ジョーンズは自らに狙いを定めたレキに対し、寧ろ更なる闘争心を掻き立てられたかの如く、凄惨な笑みを浮かべてより一層、勢いを増して大型トレーラーに迫ろうとしていた。
「予想が、外れたアルね」
 光学迷彩で姿を消しつつ、レキの隣で弾幕を張っていたチムチム・リー(ちむちむ・りー)が、いささか残念そうな声を、溜息と共に漏らした。
 ヒャッハー族というのは単なる三下連中に対してのみ適用される呼び方であって、アヤトラ・ロックンロールの幹部クラスであるヴァーノン・ジョーンズには、まるで意味を為さない。
 その事実を自ら追認した格好となったレキではあるが、しかしヴァーノン・ジョーンズの挑戦を受ける気が無いかといえば、そうでもない。
「……良いよ。来るなら来い、だよ」
 レキは、表情を引き締めて迎撃用タラップ上を駆けた。
 ヴァーノン・ジョーンズが乗り込んでくるというのなら、その飛びつくタイミングに攻撃を仕掛ければ、一方的に叩き落とすことが出来る、と踏んだのである。
 ところが敵もさるもの、ヴァーノン・ジョーンズが大型トレーラーの荷台後方に取りつこうとするタイミングに合わせて、多くの手下達がその周辺に援護射撃を浴びせかけ、ヴァーノン・ジョーンズの飛び移りを阻止しようとする動きを牽制し始めたのである。
 それらの銃火は、レキの近辺にも襲いかかってきた。
 と、そこへ別方向からアヤトラ・ロックンロール側に向けて、反撃の銃弾を叩き込む姿が見えた。高崎 トメ(たかさき・とめ)であった。
「あ、ありがとう、危なかったよ」
「何や、エラい気合入ってはるみたいやけど、別に勝たんでもエエ戦やからねぇ。負けないんが大事やさかい、こんなところで怪我してしもたら、損なだけやでぇ?」
 穏やかに笑うトメだが、その瞳の奥に輝く眼光は極めて鋭く、油断の欠片も見受けられない程に集中しているのが分かる。
 レキも余計な考えは一切捨てて、純粋に目の前の敵を蹴散らすことだけに頭を切り替えようとした。
 その時。
「危ないアル!」
 チムチムが必死の警鐘を張り上げながら、レキの背後に迫ろうとしていた凶刃に立ち向かってゆく。振り向くと、もうすぐ目の前までに、ヴァーノン・ジョーンズの戦斧が迫ろうとしていた。
「そうはさせないアル!」
 一瞬対応が遅れたレキを庇うように、チムチムの巨躯を活かした豪快なボディプレスが、ヴァーノン・ジョーンズを頭上から襲った。
 その勢いのまま、チムチムはヴァーノン・ジョーンズもろとも大型トレーラーの荷台から転落し、あっという間に遥か後方へと流れて行って、姿が見えなくなってしまった。
「チ……チムチム!」
 レキの声は、とてもではないがチムチムには届かない。
 その間も、トメが次々に迫り来るアヤトラ・ロックンロールの下っ端共に、銃火を浴びせ続けている。

 チムチムが、幹部クラスのひとりであるヴァーノン・ジョーンズを道連れにして脱落してゆく姿を、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は感動の眼差しを持って見つめていた。
 そしてその直後、吹雪は妙に決意めいた表情を作り、周囲の仲間達を大声で鼓舞する。
「皆! チムチムさんのを無駄にするなー!」
 ――いや、まだ死んだ訳ではないのだが、吹雪の脳内ストーリーでは、チムチムは死んだことになっているらしい。
 だが、吹雪のそんなアジテーションに乗せられたのか、セイレム・ホーネット(せいれむ・ほーねっと)鋼鉄 二十二号(くろがね・にじゅうにごう)の両名は更に手数を増やし、迫り来るアヤトラ・ロックンロール勢に向けて弾丸だの謎料理(?)だのを次々に叩き込んでゆく。
 吹雪自身も、蒼空ワルキューレへの入団申請書を提出しに来たら、何故かアヤトラ・ロックンロール対策として戦場に引っ張り出されたという経緯から、最初はあまり乗り気ではなかったものの、チムチムの壮絶な最期(まだいうか)に己の闘争心を掻き立てられたらしく、それまでとは比べものにならぬ程の勇猛な攻撃力を発揮するようになっていた。
「ぎゃーっはっはっはっ! 来い来い! もっときやがれクソったれ共ォ!」
 否、前言撤回。ちょっとおかしいひと、である。
 というのはさて置き、セイレムにしろ二十二号にしろ、アヤトラ・ロックンロールの下っ端共を寄せ付けぬ程度には弾幕を張ることに成功しており、大型トレーラーを守るという目的に関していえば、立派に仕事をこなしているといって良かった。
 吹雪も多少常軌を逸しているとはいえ、バズーカによる正確な射撃で、確実に敵の数を減らしているのは評価すべきであろう。
 この調子でいけば、何とか無事に乗り切れるのではないか――誰もが、そのような安堵にも似た希望を持ち始めたその時、不意に吹雪の篭手型HCの通信回路に、緊急を知らせる着信が入った。
 吹雪がバズーカの射出音で着信に気付かなかった為、セイレムと二十二号が慌てて吹雪を取り押さえて通信に出るという珍妙な場面が現出したのだが、そこは見なかったことにする。
 通信回線を開いてきた相手は、ブラックバードに搭乗して、遥か上空から偵察監視の任を実行している佐野 和輝(さの・かずき)であった。
『ホークアイより、葛城吹雪へ。十時の方向に、巨大移動物体の存在を確認。警戒を要す。繰り返す。警戒を要す』
 吹雪はぎょっとした表情で、HCのLCD画面を覗き込んだ。
 横からセイレムと二十二号が、何事かと顔を寄せてくる。
『多分、フレームリオーダーっていう奴だと思うよ。気を付けてね』
 和輝と共にブラックバードに乗り込んでいるアニス・パラス(あにす・ぱらす)がレーダー反応をデータ化し、吹雪のHCに転送してきた。
 見ると、確かに巨大な何かが接近してこようとしている。
「こっちの細かい点々は、もしかしてイコンかなぁ?」
 セイレムの疑問に、通信回線の向こう側から和輝が低い声で応じた。
『その通り。既にUBFの先行部隊が、接近中の巨大移動物体に対して迎撃態勢を取っている』
 UBFが動いているというのであれば、この謎の物体がフレームリオーダーである可能性は、極めて高いといって良い。
 二十二号が、表情は金属的である為にほとんど変化らしい変化を見せることは無かったものの、幾分緊張した声音を漏らして、小さくかぶりを振った。
「今ここで襲われれば、ひとたまりもない。UBFには何とか、接近中の敵を抑えて貰わねば」
『いや、ちょっと待て……連絡を訂正する。接近中の巨大移動物体は他に二体。二時の方向、及び五時の方向。警戒されたし』
 吹雪は、思わず天を仰いだ。
 警戒しろといわれても、こちらはこちらで、アヤトラ・ロックンロールの相手をするので手一杯なのだ。仮にフレームリオーダーが襲撃を仕掛けてきたとしても、対処出来よう筈がない。
「……悩んでいても、仕方がない。こちらは出来ることをやるだけだ」
 二十二号が半ば開き直って、再び武器を手に取った。
 その姿に、吹雪もようやく腹を括ったのか、バズーカを抱え直して、HCの通信を切断した。
「運転席に知らせてくる!」
 セイレムが、迎撃用タラップを足早に駆けてゆく。その後ろ姿を一瞥してから、吹雪と二十二号は対アヤトラ・ロックンロール戦を再開すべく、それぞれの所定の位置へと散った。

 和輝が吹雪達に語ったように、UBFに協力するイコン数機が、接近する巨大移動物体に対して迎撃態勢を取りながら、接触を図ろうとしていた。
 先行部隊に組み込まれていたクラン・デヴァイス(くらん・でう゛ぁいす)アリス・クリムローゼ(ありす・くりむろーぜ)の{ICN0004697#クェイル?}が部隊を先導する形で先頭を飛翔し、早速、巨大な影の正体に迫ろうとしていた。
「データ照合完了……矢張り、間違いないな。あれはフレームリオーダーだ。メガディエーターってやつらしいな」
 サブパイロットシートでコンソールに映し出されている姿を覗き込んでいたクランが、妙に弾んだ声でメインパイロットシートのアリスに呼びかけた。
 するとアリスは、幾分たしなめるような口調で、
「もう、クランたら……遊びじゃないんだから、真面目にしなさい」
「……そうはいってもよぉ、俺はどっちかってぇと、データ取りの方がメインだからなぁ」
 純粋に自らの参戦動機を語るクランに、アリスはやれやれと、仕方なさそうに肩を竦めるばかりである。
 とはいえ、データ採取にも重大な役割はある。
 この最初の遭遇戦でメガディエーターの対イコン戦闘能力をある程度把握しておけば、後々、味方にとって有利な情報になり得るのである。
 そういう意味では、クランのデータ採取主体の発想も、あながち間違っているとはいえないのである。
 その時、通信デバイスに着信コールが入った。
 地上の支援トラック班に配属されていた天貴 彩羽(あまむち・あやは)が、データ転送回線を開くよう、要請してきたのである。
「お、仕事が早いね。もう回線接続をいってきたか」
「それはまぁ、データ取りしてきますって、最初にいってきてある訳だし……」
 嬉々として対応を始めるクランに、アリスは尚も呆れたような表情を向ける。戦闘そのものではなく、データ採取にここまで頑張れるタイプというのも、少し珍しい。
 一方、地上では。
「……ふむ、繋がったようでござるな」
 支援トラックの助手席で、スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が備え付けの制御端末を操作しながら、小さく呟く。
 上空のクランが予想外に早く対応してきた為、幾分、驚きを隠せない様子でもあった。
「はぁ……私も、戦いたかったなぁ」
 運転席でハンドルを握る彩羽が、心底残念そうな面持ちで、もうこれで何度目になるのか分からない程の大きな溜息を、隣のスベシアが見ていて気の毒になる程の勢いで漏らした。
 彩羽としては、フレームリオーダーとの戦闘を誰よりも楽しみにしていたのであるが、肝心のイコンを用意してきておらず、結局、支援トラック要員として後方任務を任さられる形になってしまったのだ。
 UBFとしても、彩羽程の技量の持ち主を単なる後方任務要員として遇するのは相当に難しい判断だったのだが、とにかくイコンを用意していないというのでは話にならない。
 正子も相当に残念がったが、UBF側も他者にイコンを貸し出せる程の余裕が無かった為、仕方なく、後方任務に廻ってもらおうということで、決着したのである。
 彩羽自身、フレームリオーダーに対して思うところが、数多くある。出来れば直接、フレームリオーダーに問いただしたいことなどもあった。
 しかしそれらの思いは、いずれも実現出来なくなってしまった。
 誰を責める訳にもいかず、ひたすら溜息を漏らす以外に無い。
「気持ちは分かるが、これも任務。さぁ、仕事に入り申そう」
 スベシアが元気づけるようにして、静かに笑いかけてきた。
 彩羽自身も、無いものねだりをしても仕方がないということは、重々承知している。
 実際彼女は、データ採取用の回線が開き、上空で接敵が開始された旨の警報が飛び込んでくると、表情を一変させて制御端末とハンドルの双方を、器用に操り始めたのである。
「……始まったみたいね」
 彩羽は、小さく唸るように声を絞り出した。
 センタースタックのコンソール上では、戦闘データと思しき数値の列が、次々に流れ込んできていた。