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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

「……ウォウル、さん?」
 北都が唖然としながら呟くと、隣にいた真人とセルファが「やっぱり」とでも言いたそうに、しかし若干怒りの色を放ちながらに、男へと目を向ける。
「ウォウル? はて、知らんな。誰の事かね」
「……しらばっくれないでよね、こっちは疲れてんの……! 面倒な事はこれ以上――」
「違うよ」
 これから怒鳴りつけてやろうと考えていたセルファの言葉を、美羽が止める。
「あれ、ウォウルさんじゃない」
「え? どういう……」
「ウォウルさんは、あんなに嫌な感じを持ってないよ」
「そうですね……雰囲気がまるで違うと言うか」
 美羽に続き、ベアトリーチェも口を開いた。
「誰……あなた?」
「カッカッカッ……そうだな、なかなか賢明な人間もいたものだ。流石、“神々に愛された憎悪される子供等”とでも言っておこうか」
 男は笑う。
「笑ってたってわからないよ。見た目は凄くウォウルさんに似てるけど、うん……そうだね。ウォウルさんとは違うかな。言っておくけど、こっちも結構気が立ってるんだ。先延ばしやらのらりくらりの対応には、多分ついていけないよ。付き合いきれないんだ。悪いけどね」
 いつになく真剣に託が言うと、手にするチャクラムを構えた。
「いただけない。これだから人間は。命をぞんざいに扱うな、生を簡単に捨てるな。意気込みと気合いだけでは、“垣根”を越える事は叶わんだろうよ。くだらんな」
「……何が言いたいの」
 シェリエの声色が、表情が一変する。
「そのままだよ。そのままさ。わかりにくかったか? “詰まらない”だよ。人間。俺様の忠告は素直に聞け。命が惜しくば善処してやらんでもない」
 高圧的な物言いのままに、彼は突然、壊れた様に笑い出した。
「そうだ。自己紹介がまだだったか。俺様たちは――そうだな。“ヒトであって人でないモノ。思念体ではなく、固体ではないモノ。記憶であって、思い出ではないモノ”とでも、名乗っておこうか。それ以外の言葉を、生憎俺様は持ち合わせていない」
「意味、わからねぇな」
 押し黙っていた恭也が、上空から言葉を発した。初めは静かに。徐々に強く、徐々に大きく。声を上げる。
「何が言いてぇか全くわかんねぇなぁ! 名乗りを挙げんならしっかり名乗りやがれよ! んなこともできねぇのかてめぇは! あぁ!?」
 怒りに任せた言葉。
「随分威勢いいのが居るわね。私様も混ぜて頂戴よ」
「黙ってろ。貴様が出ると話がややこしくなる」
「全うに話を進めようとしないあんたに言われる筋合いはないわ」
 恭也の言葉に反応し、声を上げ、姿を見せたのは一人の女性。青い頭髪に緑の瞳の彼と対を成す、対を成して同類である、赤い頭髪に黄色い瞳の女性。
「皆々様――このお馬鹿さんが無礼を働いたことは詫びますわ。ごめんあそばせ」
「謝っている感じには聞こえませんね、侘びだと言うなら、正確な貴女方の正体を明かしていただきたものですけど?」
 挑発的に、しかししっかりと攻撃に備えて構えを取っている真人。対して彼女は笑いながらに返事を返した。
「それは無理よ。私様の一存ではどうにも出来ないし、それじゃあアナタたちにとってかなり有利な働きしかしないわ」
 その場の全員が、二人の出現に身構えている。一発の銃声が聞こえるまでは。

「あらぁ! まずったぁ……外してしもたわぁ……」
「みゃあ……そんな大声で“外してもうたわぁ”とか言ってたら、明らかにボクたちに気付かれちゃうよ……っていうか、気付かれてるよ!? みんなこっち見てるよ!? ねぇ!」

 茂みの中から顔を出し、問答無用に敵らしき二人へと引き金を引いたのは由乃 カノコ(ゆの・かのこ)その人。隣にいたロクロ・キシュ(ろくろ・きしゅ)は失敗して笑っているカノコに向けてツッコみを入れるよりほかにない。
「まあでもほら、な! 人間失敗はつきものやて、そんな事を誰かが言った気ぃするしな! そんな落ち込まんでええんちゃうの! なぁロクロさん!」
「ボクが失敗したわけじゃないよっ! うわわわっ……! それよりあの人たちめっちゃこっち見てるよ!? なにこれ怖い!」
 ゆっくりと茂みの中から一同に挨拶を交わすカノコと、慌てて茂みから飛びでて一同の後ろに隠れようとしているロクロ。二人を静かに見ていた男が、興味ありげな表情を浮かべて笑っている。
「惜しかったぁ。それともワザと外したか?」
「何を言ってるん? ワザと外さなウォウルさん死んでしもうてたやーん! あはははは!」
 何の躊躇いもなく、彼女は男を“ウォウル”と呼んだ。
「なんだ。そうなのか。それは気を使わせてしまった様だ。すまないな」
「あれ? そんな返しなん? あれ? 雰囲気違う? ロクロさん、どう思う?」
「ボクはウォウルさん知らないよっ!」
「あ、せやねせやね」
 今までの真剣な空気が一変し、唖然とそのやり取りをするカノコ達をみている一同。
「まあ冗談はボチボチやめるとしてや。自分等なんなん?」
 緩急はある物だ。それが大きければ大きい程、周りを取り囲む人々は驚きの色を持っていた。
「ほう……急に空気が変わったな」
「そらどーも。でもなぁ、端っからウォウルさんとは違う人やーとは思っとったよ? 確かに見てくれは似てるけど、全然違うやんな自分」
 銃を向け、笑みを溢し、言葉を放つ。

「隙だらけやし」

 その一言が釈然としなかったのだろう。男はゆっくりと歩きながら、自分たちの前にいた塊を押し退け、銃を自らに向けるカノコの前までやってきた。
マスケット銃とはいえ、銃身そのものは本体の長さほどにはなく、故に銃口に彼の胸が当たる位置まで近付けば、随分とその距離は近いものとなる。
「俺様が隙だらけ? というか。人間」
「せや? 違うん?」
「試してみるか? うん?」
 躊躇いはなく、カノコは引き金を引いた。知っているからこそ、引き金を引いた。隙だらけが故に、簡単に命を奪える訳ではない。例えば圧倒的な力を持っている存在がいるのであれば、外界全てに脅威を覚えない存在であれば、隙などあってもなくても変わりない。意識をする必要がないのだから。だからカノコの放った銃弾は男には当たらず、彼が背負っていた塊の一人に辺り、静かになった辺りに一度、地面に物が落ちる音が響き渡った。
「困ったもんだよ人間。仲間同士で殺し合い、仲間の命を平然と奪い、それでもなお、自ら正義を振りかざすか。困ったよ人間。俺様は愛想をつかしたとかそう言うどころの話ではなくなってしまったよ」
「は? 人間同士で殺し合い? カノコそんな事してへんよ?」
「今撃ったろう?」
「今当たったん、自分の部下やろ? 人間じゃあ――」
「人間だよ」
 平淡に、託が男の代わりを代弁した。
「彼等は人間だよ。罪もない、悪ではない、何でもない、ただの人間なんだよね。困った事に。何者かに――ああ、この場合はこの人たちに、かな。操られてる、可哀想な人たち」
「……!? なんでそれを早く言わへんの!?」
「まあ彼、死んではいないですけどね」
 冷静に見ていた真人は、その射線の先にいた男の肩に銃弾が当たった事を伝えた。
「あちゃあ……やってもうたー! ロクロさん、何とかして!」
「無理だよ! ボクにそんな話振らないでよ!」
「冗談やん。おもんないなぁ……まあ、いっか。さて、。そしたらカノコちゃんやったるでぇ! えっと、あのウォウルさん似のお兄さんと、そこのかわゆいお姉さんをお仕置きしてやったらええねんな」
「俺様に」
「私様に」

「「人間如き貴様に、何を?」」

 最初は交互に。次には同時に、その言葉を発する。全く別の箇所にいた二人がそれぞれに、今までの雰囲気とは違った空気を漂わせながらカノコに意識を向け始めた。
それは完全な、此処で、この場で初めての、明確な殺意としての殺意。
故に彼等の表情も、一層強張る。
 カノコは手にするマスケット銃を構えて走り始め、敵の群れがある方へと走って行った。
「あ、待ってよカノコ!」
 ロクロもその後に続くようにして足を進める。二人は塊となっている操られた人々の寸前で足を止め、直角に横へと進行方向を変化させると、ウォウルに似た男目掛けてそれを撃ち始めた。
「どうでもいいが、それで俺様を倒すのか?」
 口ではそう言いながら、男はみっともなくカノコの放つ銃弾から逃げ始めた。
「弱いんだか強いんだか全く分からない男ね。あいつ」
 シェリエが眉を顰めながら言うと、身構えつつもその様子を見ている一同が頷く。
「シェリエ、パフューム!」
 途端に名前を呼ばれた二人が振り向くと、今までいなかった場所に佐野 和輝(さの・かずき)アニス・パラス(あにす・ぱらす)の姿があった。
「何とか彼女は上手くやっている様だな」
 和輝が言いながらカノコ達を見やった事で、数人が何かに気付く。二人が出てくるタイミングがあまりにも良すぎた。そして和輝はカノコの突発的にやっているであろう行動を見るや「上手くやっている」と評している。それは即ち、仕組まれた混乱に他ならないのだろう。
「貴方の策、ですか」
 真人の問いに、肩を竦めて言葉を濁した和輝が二人に目をやった。
「とりあえず此処から離れるとしよう。相手の数やら実力やらがわからないのに、向かい合っての殴り合いはあまりよろしくはないだろう?」
「そうだよ……! あの人たち、絶対怖い人たちだもん! 危ないよ」
 アニスも同意し、二人を元来た道へ引き返すように促す。
「でも、何か引っかかるんだよね」
 足を止めたパフュームの不意の一言に、その場の一同が足を止めた。この局面にして、何か思考に引っかかりがある場合。それを寛容に見つめる事は出来ない。例えばそれ、見落としてはいけない事である場合もあるし、例えばそれは、見落とさなければ上手く行く話、なのかもしれない。開けてみなければわからない玉手箱であるが、しかし開けないと言うと選択肢を取るよりかは、開けると言う選択肢を取った方が良い類の事であると、その場の全員が知っていた。
「でもさ、それを考えるのは後でも良いんじゃない……かな」
「そうだよね。うん、そっか」
 俯き、やや真剣そうに考えを巡らせていたパフュームが苦笑して顔を上げた瞬間、彼女の表情が硬直する。彼女の笑顔が凍りつく。