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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

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【神劇の旋律】旋律と戦慄と

リアクション

 と、彼は何かを見つけ、手にした槍をしっかりと持ち替え、槍投げの要領で放る。進行方向には、三郎景虎の姿。彼が風切り音に築いて首だけを脇に逸らすと、彼の陰に隠れていた敵兵士の頭を見事に穿ち、壁に突き刺さるまでその推力を弱める事無く飛んで行った。
「重たい槍だから出来る事、だってね」
「礼は言わん。俺一人でも、こいつは守れたのだから」
「言わなくたっていいですよね、礼を言われる為に助けた訳じゃあ、ないんでね」

 部屋中が混戦であるが為、なのかは不明だが、しかし彼等の選曲は何処か、自己主張の激しい曲だった。まるで奏者がスイングしていそうな程の勢いで以て鳴り響くそれは、聞く者の心を熱くさせた。

「いやーん、ドゥングー! こわーい!」
「いい加減真面目にやれ、リーラ」
「嫌よ。疲れるもん」
「まあまあ、良いよ。お姉ちゃん、今度はしっかりと、俺にしがみついとけよ!」
「え――」
 真司とリーラの二人が呟く、本当に驚きを表現した感嘆詞。
彼女がしがみつく男の体が次第に大きくなり、そして彼は真っ黒なライオンになった。
「六割制限じゃあこんなもんだが、お前ら潰すくらいなら上等だろ。んじゃあまあ暴れるぜ? しっかり捕まってろよ!」
 敵が武器を持っていようが構いはしない、とでも言うように、ドゥングは何の躊躇いもなく敵に拳を見舞った。迷いなく。
当たった兵士の上半身は至る所が折れ曲がり、既に原型が留めていられる限界までのダメージを蓄積する。
「何これ、こわ――」
「ほら兄ちゃん! ぼーっとしてねぇでお前さんも手伝ってくれよ!」
「あ、ああ! すまない!」
 真司も共に武器を構え、ドゥングの両脇に忍び込んでいた敵たちを吹き飛ばした。
「ナイスだな」
「そいつぁどうも……」
 二人が攻撃し、敵を一体ずつ、しかし確実に撃ち滅ぼして行くその横で、彼等は敵と会いまみえながら、しかしその眼を一点に集中させていた。この場合の敵など、全くと良い程に彼等にとっては意味をなさない。

 一人――瀬山 裕輝。彼はどうにも含みのある笑顔で。真っ黒な笑顔で、今なお音色を響かせているそれらを見ていた。人ではなく、演者ではなく、彼等の持っているそれ――楽器。

 一人――アストライト・グロリアフル。彼は何処までも真面目な表情で。真剣過ぎる眼差しで、今まさに唄っている楽器を見つめて、それがなんであり、そこに何の意味があるのかを探っている。

 故に二人は早々に、自身へと降り掛かる火の粉を払いのけ、そして敢えてそこに敵がいるとでも言わんばかりの、敢えて敵に推されたと言わんばかりの動きで近付く。無論、演者の誰しもが彼ら二人を警戒などはしていない。だからこそ、彼等は敵のみに注意を払いながら、演奏を続けていた。それでも、彼等は攻撃をするのだろう。楽器を防衛しているという体で、しかし心中はそんな事全く思わぬままに、攻撃するのだろう。
 二人の決意は案外にも硬く、二人の決意は思いの他確固たるもので、二人の決意は当然実行される。

 手にとる武器を互いに、それぞれの楽器目掛けて走らせた。空を切る音が停止し、その後に訪れたのは硬い物通しがぶつかり合う音。

 片手に握られた盾は、きっと大事な者を守る為に持っていた。
 片手で突き飛ばしたのは、大事な者たちが懸命に守ろうとしているそれだった。
無限 大吾(むげん・だいご)は知っている。その重みが、何であるかを。
彼は何処までも知っていて、だからその眼を決して二人から離す事無く、されど警戒する訳でもなく。 『そうではないよ』と諭すように。彼はひたすら二人を見ていた。

「何で邪魔するん? こんな火種があるんねやったら、とっとと壊してしもうた方がいいんと違うん?」
「得体の知れない恐怖を、俺たちが抱え込む必要ってのは何処にある? それがわからねぇ程ってわけでも、ねぇだろ?」
 裕輝とアストライト。二人が二人で呟いた。
これにはさすがに、敵も味方も動きを止める。
これにはさすがに、その場の全員が動きを止めた。
が、大吾は全く気にしない様子で、演奏していた際に彼に突き飛ばされたアルテッツァに手を差し伸べて詫びた。詫びた後、踵を返して二人を見やる。
「俺には難しい事はわからん。わからんけど、これだけは言える。火種が起これば、俺たちが全力でそれを消せばいい。飛んでくる火の粉が避けられないのであれば、俺たちがそれを防ぐ盾になればいい。俺たちの将来が危ぶまれるなら、俺たちが新しい道を築けば良い。ただそれだけなんじゃないか……?」
「それが出来るんやったら、話此処まで大きゅなってへんやんな! それは屁理屈言うんやで?」
「俺たちが見定めた末に、先に絶望が一片だってあるんなら、そこに至らない事もまた、俺たちが切り開ける道じゃあねぇのか?」
 二人が二人で反論だった。
「君たち二人の思うそれは、一体何かがわからないな」
 それは大吾の思う、素朴な疑問。
「君たちは何を思う? 正義か? 悪か? それとも、そのどちらでもない何かか?」
「……………………」
「……………………」
 二人は返事を返さない。
「俺たちに火の粉が降り掛からなければ、俺たちの未来のみが明るければ、共に戦った人の光を奪って良いのか? それを奪う権利って、俺たちに本当にあるのか?」
 彼は、トレーネを見た。
「俺は彼女が盗みを働く事を止めようとした。ああ、すまない、本題は其処じゃないから置いておいてくれ。兎に角、俺はそれを『悪い事だ』と認識した。でも、盗みに来て、会った彼女たちの話を聞いた。それが本当にささやかな幸せであるとして、手段を間違えてしまったとしてもそれを望んだ彼女たちの、一体何がいけない?」
 二人は返事を返さない。
「誰にでも間違えはある。誰にでも見誤りはある。それは俺も認めるし、俺にだってある。でも、だからって、その失敗にチャンスをあげないって言うのは、あんまりに酷過ぎはしないかな」
 説得の様な――ただの疑問の様な。
どちらともわからないニュアンスの言葉が繋がる。繋がって、辺りに響くのだ。
「俺は、少なくとも俺は。彼女たちが何をめざし、何を求めているのかを知らない。知らないけれど、どうせ乗りかかった船なら、手の届く範囲なら、せめて同じ場所からの風景を見てみるのも、悪くないとそう思った」
「それで大勢の犠牲が出たら、お前はどうする?」
「守るさ――」
 アストライトの質問に対し、彼は随分と晴れ晴れした表情で答えるのだ。さもそれが、自分の持ち得る唯一の回答であるかの様に。
「この身を賭しても守る。今自信が持てないなら、自信が持てるまで自分を鍛えれば良い話だろ? 単純にしか考えられないと言うか、其処まで考える必要、俺にはないから。だからこそ、出来る限りの全力で、俺はこの盾の様に、皆を守れればそれでいいんだ」
 言い切った。はっきりと明言し、彼は再び盾を構える。
「それでもだめだと言うなら、俺は君たちから是が非でも此処で、この楽器を守る事にするよ」
 故に彼等は、そこで多少の躊躇が生まれる。躊躇すれば、研ぎ澄まされた神経は鈍り、鋭く尖った五感は丸くなる。鋭利過ぎるが為、ほんの些細なきっかけで、欠けるのだ。
「よく言ったんだよ、大吾ちゃん」
 声が聞こえるや、二人の体から自由が消えた。内側から奪われた訳でもなく、ただただ単純に、外界から無理やりに自由を奪われるのだ。最初は些細な両膝のしびれ。途端、二人の視界が落下を始め、次には両手足、そして背中に荷重がかかった。
「まあいいんだよ、敵以外の危険分子は全員こうするから、覚悟するんだよー」
 大吾のパートナー、廿日 千結(はつか・ちゆ)
彼女は微弱な雷術を二人の膝に打ち込み、感覚が弱った瞬間に小さな氷術の塊を、それぞれ彼らに落としたのだ。故に、自身の力ではどうにもならない程の、しかし怪我をしないすれすれの重さの氷の塊を生成していた。
「何も大きな魔法だけが有利と言う訳ではないのだよ。手数も使い方も、それだけで力に勝るときもあるって事だねー。それに、大技だと味方を拘束する時に怪我させちゃうから困るって言うのもあるからねー、大吾ちゃんのパートナーであるあたいとしては、それはいただけないのだよー」
 何が愉快なのか、箒の上に座っている彼女は、にこにこと満面の笑みを浮かべながら、自分が生成した氷の塊を宙で弄びつつ言う。
「兎に角。俺たちが向かい合って殴り合ってる場合じゃないって事だ。敵は彼等なんだろう?」
 その眼光が、一転して鋭くなり、ハデス達の方を向く。
「そうだ。少なくとも此処に置いてはあいつらがこの騒ぎの本人……」
 グラキエスが静かに構えを取りなおすと、ハデスが急に笑い出す。
「良いぞ……茶番は終わったか?」
 こちらは不気味なそれを見せ、歪な笑顔のままに言い、そしてアルテミスの名を呼んだ。同時に、アルテミスの後に彼女の名も呼ぶわけだ。 彼が雇った、その人を。
「お願いしますよ、先生」
「いい加減、その先生はよせと言うておるじゃろう? こそばゆい、むずかゆい。ああ、好かん好かん」

 一同の前。ハデスの前に躍り出たのは武器を持ったアルテミスと、どこからともなく現れた刹那、その人だ。