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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

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第6章 見解

 書庫入口。
「完璧だな……」
 塵一つ落ちていないその部屋をしばらく満足げに眺めた後で、唐突に朝霧 垂が、「なぁ、」とエリザベートに話しかけた。
「『リピカ』……だったか? あいつが言った事が本当なら、『灰の司書』って奴がやろうとしている魔導書の再生、エリザベート校長が手伝ってやる事は出来ないか?
 幸い表紙が出来てるらしいから、それを元に同じ魔力を集めていけると思うし、何より同じ事の繰り返しを起こさない為にも、完成した魔導書を保護した方が魔導書にとってもエリザベート校長にとっても安心出来るだろ?」
 後で礼はするから、頼むよ、と付け足し、頭を下げた。
「わたくしも、お願いしたいことがあるんです」
 そう言ったのは、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)だった。魔道書の協力を取り付けるために房へ向かったパートナーたちの言動に信頼性を与えるために、エリザベートにある約束を取りつけておきたいと思って残っていたのだ。
「魔道書さんたちが悩んでる、司書さんを助ける方法を、アーデルハイトさんに助言してもらったり、イルミンスールの図書館で調べさせてもらったりは出来ませんの?」
 二人がこの場から魔道書達を思いやって、彼らの悩みを取り除く助けになればと思って訊いたその言葉に、しかしエリザベートは渋い顔で振り返る。

「その辺のことも、携帯かけてアゾートにいろいろ調べさせて、相談もしたんですぅ。けど……」
 エリザベートはちょっとかぶりを振り、次のようなことを話しだした。


 『灰』は、火に殺された書物の遺骸である。
 だから、灰から元の書物を再生するという行為は、いわば死者蘇生の秘術の書物版、に当たるものである。
 大昔から、死者蘇生の秘術というものは、いろいろな形で密かに行われてきた。
 しかしその秘術には生贄や大がかりな施設作りなど、ほぼ例外なく膨大な労力や生体エネルギーが必要とされてきたのだ。
 が、灰の司書は、そのようなものを必要とせず、自力で本を蘇らせているという。
 それが本当なら、彼は相当に自分の魂のエネルギーを削っているはずである。
 魔道書達と意思疎通ができなくなっているのは、その作業によって魂のエネルギーが減衰したためであろう。それは、彼が長くはないという兆しと読める。
 いや、もう四百年近くだ。魂のエネルギーはとうに限界に近いかもしれないが、魔道書の灰に残留している魔力的エネルギーが代替として、辛うじて彼を支えているのかもしれない。
 ――だとすれば暴走によってその灰のエネルギーが浪費されている現状では、彼の魂の力も一気に限界に近付いているはずである。


「……司書は灰から本を蘇らせることはできても、削り取った自分の魂を回復させることはできないはずですぅ。
 そんな彼を、死ではなく生の方に、すくい上げる方法は……見つからなかったですぅ」
 そう呟いて、エリザベートは、アゾートとやり取りした携帯電話を手に、しばらくじっと見つめていた。
 垂もイコナも、しばらく言葉が見つからなかった。

「あ……の、そういえば、エリザベートさん」
 話は変わるんですけど、と、イコナがぎこちないタイミングで切り出した。
「あの、半日前に言ってたことなんですけど」
「半日前?」
「あの、ここで、この書庫を埋める埋めないで議論が起こりましたわよね?その時、エリザベートさんが仰いましたよね、『魔法世界では一度漏れ出た秘密は、どんなに隠してもアリが蜜に群がるように、また誰かがどこかから嗅ぎつけてくると相場が決まってる』のあと、『それに』って」
「……あぁ、言いましたっけねぇ? 確かそんなこと
「あの時、『それに』の後何て言おうとしてらしたんですか?」
 気になってるんです、と、イコナがエリザベートをじっと見て尋ねる。
「あ〜〜……何て言おうとしたんですかねぇ? あの時は興奮してて……あっ、」
 思い出したらしく、エリザベートが手を打った。が、その表情がみるみる暗く不機嫌そうに変わる。
「そうそう……『ここはアトラスの傷跡に近くて、火の“気”が近すぎるのは本にとってはよくないから、閉じ込めるべきではない』って言いたかったんですぅ。……まさか、本気で火口に飛び込もうなんて馬鹿な奴が書庫内にいるとは思わなかったですぅ。思い出したら頭痛がしてきたですぅ」
 今抱えている厄介事に、渋面で思いを馳せるエリザベートであった。



「動物〜もふもふ〜♪」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)は、魔道書『揺籃(ようらん)』と『ベスティ』のいる房にいた。
 その房にいたのは二人の魔道書だけではなく、犬だの猫だの、リスだの山羊だの羊だの兎だのポニーだのが、わらわらと溢れていた。その動物たちを、レキが喜んで撫でたり抱っこしたりして遊んでいる。そんなレキを、やれやれという表情でミアが見ていた。
 一方この房の主である二人の魔道書は、倉庫内に置かれたテーブルの上に腰を掛け、どうしたらいいのか分からぬ様子で、遠巻きに二人を見ている。
「可愛い〜♪」
 リスに頭の上を歩かれて、レキはご満悦だったが、
「? 一人減った?」
 ふっと見渡して、魔道書の影が一つなくなっているのに気付き、不思議そうに声を上げる。
「ふむ……あぁ、本に戻っているな。よほどわらわ達と話をしたくないと見える」
 ベスティの隣、揺籃がいた場所に真っ黒の本が置かれているのを見て、ミアはその表紙を覗き込んだ。
「……匿典『暗黒の揺籃』、とな。無防備に本化したが、中を見てもいいのかのう?」
「獣が、いないから、開かないよ」
 ベスティが、言いにくそうに口ごもりながら言った。
「そういう、システムだから」
 それから、ベスティはテーブルから降り、動物たちのもとへ歩いて行った。レキの頭の上からリスを引き取ると、
「やっぱり、怯えている」
「え!? ボクのせい!?」
「……そうじゃ、ない。結界内で戦いが起こり、魔力がぶつかり合っている。この房の外であっても、その気配が分かるんだ」
「そうか。やっぱり動物って、敏感なんだね」
 ふわふわの羊を撫でながらレキが感心したように呟く。
「だったらなぜ外に出したんじゃ?」
「たまには、出してやりたい。書の中では、窮屈だから」
 しかし、怯えているのが可哀想だから、戻してやりたい、と、彼は突然本の姿を取り、その中に吸い込むように動物たちを収めた。
「……異書『ベスティアリ異見』、とな。中身は動物図鑑かの」
 ミアがこちらも表紙の文字を読んで呟くと、すぐに人化したベスティは、困ったような硬い表情をミアとレキに向け、口ごもりながら答える。
「動物寓意譚、だよ。ベスティアリ、はそういう意味だ……いろんな動物の生態に、宗教的な寓意を付けた本。僕以外にベスティアリは、沢山ある」
「異書、とは?」
「……。僕のは、宗教性が、他より薄い。だから、そう呼ばれた」
「動物の生態をより詳しく調べた結果、宗教にとって都合のいい寓意を上手くこじつけられなくなった。それをバカ正直に発刊した結果、異端の烙印を押されたんだよ」
 気が付くと、揺籃がまた人化していた。口下手らしく喋るのに苦労して口ごもる仲間を見ていられなくなって、喋りで助けてやったといった風情だ。
「キミは、人間のこと嫌いじゃないの?」
 レキがベスティに訊く。あまり敵意を露わにしていないように見えたからだ。ベスティは、いかにもそんな風に気軽く話すのが苦手だというように目を逸らしながら、
「……動物の方が、好きなだけ」
 ぼそりという。
「『獣』を持っているようだが、そなたもベスティアリか?」
 ミアが揺籃に尋ねた。
「ふん、まさか。俺の中にあるのは『終末思想』。あの獣は、『世界の終りに現れてすべてを食らう獣』。実体はなく、人の滅びへの恐怖を反映した姿になる」
 そっけない口調で揺籃は答えた。
「その内容ゆえ禁書となったか」
「まぁそんなところだ」
 それ以上詳しい話をするつもりはないのか、揺籃は口を閉じ、椅子に座るとテーブルの上に脚を伸ばして、背もたれにもたれ返ると目を閉じた。

「滅び、と言えば、話をしなきゃいけないんだ」
 レキは、二人の魔道書に、リピカがエリザベートに伝えた灰の司書の話と、パレットの己の滅びを覚悟した指示のことを伝えた。
「……いつかそんな道を選ぶんじゃねえかと思ったが……」
 揺籃は低い、掠れた声で呟いた。
「このままでいいと、二人は思ってるの?」
 レキの問いに、しばらく二人は黙っていたが、
「いいとは、思ってない。けど、何が正しいのか、分からない」
 ベスティが、やはり口ごもりながら答えた。だが、人と相対するのが苦手だからの口ごもりではなく、突きつけられた問題に対して答えを出すのが困難だからのそれであった。
 灰の司書の問題は、以前から魔道書の間でも意見の分かれるところだった。
「……正解なんて誰にも分からないよ。『どうすれば』じゃなくて『どうしたいか』が重要だと思うんだよ」
 レキはそう言って二人を見る。
「…ボクとしては、魔道書さん達には生きていて欲しいよ。
 侵入者が狙っている書は、まだ再生される途中で、現時点ではまだ明確な意思はないんだよね? 後悔するなら、自我が芽生えてから、自分で決めればいいと思うよ。
 生まれるって凄く力が要るし、疲れるし、苦しい事なんじゃないかな?
 一度灰にされて。それでも懸命に復活しようとしている。それを止める権利はないんじゃないかな。
 例え同じ魔道書でも、中身が違えば別の存在。人だって色んな人が居るし。選ぶのは個人だよ」

「個人それぞれ、ね」
 揺籃が口を開き、続けて目を開いてレキを見る。
「司書が復活させようとしている本にも、いずれ自我が芽生える……なるほど。そうだな。
 しかし、この問題に関しては、ことパレットは俺らを頼らない。あいつの意思が動かないと、俺らとしてはどうしようもないところがある」
「仲間のために動くなら、ボクも手伝うよ」
「しかし手伝ってもらうも何も、灰の間が開かないことには何も出来ん」
 揺籃はふっと、厳しい目をした。

「今あの間を閉ざしているのはパレットの意思、開くのもパレットの意思だ。
 だから俺たちは、パレットに開くよう働きかけるよりほかに、できることはない。
 開く気にさせる……案は、一つある。ただそれは、俺たちだけでは難しい」