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リアクション
「エッシェンバッハ・インダストリー……羅儀さん、あなたなら知ってるわよね?」
ふいに問いかけられ、一瞬考え込んだものの、羅儀はすぐに思い当たる。
「ああ。確か、近年になってイコン事業を始めた企業だったか」
確かめるような口調の羅儀に対し、イリーナはすぐに頷いた。
「ええ。あの企業は親日企業な上にプロモーションに積極的で、その新商品展示会――製造している競技用イコンの新型モデルの発表会であるイベントを日本で開催したの――」
語りながらイリーナは遠い目をしていた。その目から何かを感じ取った羅儀は口を挟まず、彼女が次の言葉を口にするのを静かに待つ。
「――そして、そのイベント会場を一機の所属不明イコンが襲撃した。この事件、あなたも覚えているでしょう?」
再び問いかけられた羅儀はゆっくりと考え込んだ。ややあって思い当たる事柄があったのか、羅儀は躊躇いがちに聞き返した。
「あの事件か……死傷者を多数出した痛ましい事件だった。でも、どうしてそれが? あの事件は過激派のテロリスト――鏖殺寺院による犯行だったはずだが?」
羅儀の疑問に対し、イリーナは静かに頷いた。
「その通りよ……表向きはね」
だが、羅儀にしてみればますます疑問は深まるばかりだ。
「表向き……?」
腑に落ちない表情で鸚鵡返しに問い返す羅儀に向けて、イリーナは努めてゆっくりとかつ淡々と告げていく。
「表向き、あの事件は鏖殺寺院がイコンを使用して一般市民を標的にしたテロ行為を行った――ということになっている。でも……真相は違う。イベント会場を襲撃したイコンは本当は鏖殺寺院のものではなくて、九校連のものだったのよ。そして、パイロットは九校連に属する学生――あなたたちと同じ立場の地球人とパラミタ人」
その事実を聞いた途端、羅儀は唖然とする。殴りつけられたかのような衝撃を受けている羅儀はやっとのことで一言だけを絞り出す。
「……何……だって……?」
唖然として言葉もない羅儀に向けてイリーナは更に告げていく。
「イベント会場に乱入した九校連のイコンは会場とそこに展示されていたイコンを破壊し尽くし、そこにいた人々……一般客を含む数多くの人間に対しても牙を剥いたわ。そして、破壊と殺戮を終えた九校連のイコンはパラミタに戻っていこうとした――その飛行中、報せを受けて鎮圧に出動した学生たちのイコンと遭遇。最終的にはちょうどパラミタに入る辺りの日本領空で撃墜された」
そこまで聞き終えた羅儀は、遂に堪りかねて大きな声を出してしまう。
「ちょっと待ってくれ……! いったい何の理由があって九校連のパイロットは何の罪もなければ武器も持っていない無辜の一般市民を攻撃したんだ……?」
その反応は予想できていたのだろう。イリーナは羅儀の大きな声にも特に驚くことはなく、冷静さを保ったまま話し続けていく。
「犯人であるパイロット、もとい九校連に属する学生はとあるサークルのメンバー。そして、ある試作型イコンのテスト中だったの――」
イリーナが冷静に語るおかげで、羅儀も次第に落ち着きを取り戻せてきたようだ。先程よりもある程度は落ち着いた調子で羅儀は彼女に聞き返す。
「サークル……?」
落ち着きは取り戻したものの、突如として『サークル』という言葉が出てきたことに羅儀は困惑を隠せなかった。
「そう――最初は所属学校の枠を越えたイコン好きの学生同士の交流が始まりだった。交流の輪がサークルとなって、そうしてできたイコン愛好サークルに集まった同好の士たちの間にオリジナルのカスタムイコンを作り出そうとする動きが生まれるのにそう時間はかからなかったわ。とはいえ、本来、一学生たちが出来ることなんてたかが知れているわ。でも……偶然にも、“それ”は出来てしまった。そして、九校連の上層部が“それ”の存在を知るまで、時間は掛からなかった」