|
|
リアクション
いつしか羅儀は声を上げることも忘れ、再び言葉もなく聞き入っていた。
「ちょうどその頃は各学校とも第二世代機の開発に躍起になっていた頃だった。イコン技術に最も力を入れている天御柱学院はもちろん、他の八校もいち早く第二世代機を完成させたかった。その時、九校連が求めていたものは設計思想面での意味で第二世代という存在である機体に留まらず、当時の現行機を圧倒的に凌駕する性能――特に戦闘力を持ったイコンだったの。そして、イベント会場を襲ったイコン――サークルのメンバーが設計したイコンにはあるコクピットシステムが搭載されていたのよ」
ふと気になる言葉を発したイリーナに、羅儀はすかさず反応した。
「あるコックピットシステム……?」
――『あるコックピットシステム』。
この言葉に羅儀が反応するのを予期していた、というより待っていたかのようにイリーナは大きく頷いてから話し始めた。
「搭乗したイコンパイロットの能力を向上させるコクピットシステム。起動すれば訓練を積んでいないパイロットでも熟練パイロットと同等かそれ以上の技量を発揮できるようになり、それによって戦闘力は格段に跳ね上がると目され、ゆくゆくは最終的なコンセプトである『圧倒的な戦闘力を有する単機による制圧』を可能とするとも目されていた」
そこまで語り、イリーナはため息を吐いた。そして、ほんの少し間を空けた後に続きを語り始める。
「現に戦闘力は向上していたみたいね。私が調べた記録によれば、日本領空で取り押さえようとしたイコンと交戦状態になった時、相手が複数だったのにも関わらず、一騎でことごとくを返り討ちにした挙句、全機を大破させているもの」
羅儀はまたもイリーナの言葉が気になった。言葉尻を捉えるような言い方に申し訳なさを感じつつも、羅儀はイリーナに問いかけた。
「話の途中で済まないけど……少し、確認させてくれ。なら、一体誰がそのイコンを鎮圧したんだ? 現行機が束になっても敵わない――まるでここ最近起きている一連の事件のようじゃないか」
口をはさんだ羅儀の疑問はもっともだ。そして、この反応も待っていたのか、イリーナは特に返答に窮した様子もなく羅儀の疑問に答え始める。
「自滅したの――機体の許容限界を超えた機動で動き続けて暴走した末、パラミタに戻ろうとした時に大陸の淵に激突してね。そのおかげでエンジンは大爆発して機体は大破。パイロットも即死で証拠となるものは何もかも消失したわ」
そこまでイリーナが語り終えた時、羅儀は何かを理解したように息を呑んだ。極力平静さを保とうとしているが、落ち着いた表情の中にも戦慄する表情が垣間見える。
「暴走……! もしかして、件の事件の原因は――」
羅儀が思い至った結論で間違いないのだろう。イリーナは疲れたようにため息を吐くと、静かに告げる。
「あなたの考えている通りよ。学生サークルが試作したイコンに搭載されていたコクピットシステムには致命的な欠陥があった。起動すれば確かに戦闘力は向上する……でも、それと引き換えに周囲の存在――『者』や『物』の何もかもが今まさに自分を殺そうとしている敵に見えるという症状をパイロットに引き起こすの。そうなったパイロットは恐慌状態に陥って、自分の機体がネジの一本になるまで暴れ続け、自分の周囲を破壊し尽くし、殺戮し尽くす――それこそ、悪魔のコクピットシステムに他ならないのよ。もっとも、コンセプトがコンセプトなだけに、一度戦場に入ってしまえば、自分の周りはすべて敵でも問題はないのかもしれないけど。そして、このコクピットシステムのテストを行ったせいで発狂したパイロットは暴走した末にパラミタから出て、あのイベント会場に迷い込んだ」
自分でも気が付かないうちに羅儀は大きく息を呑んでいた。いつのまにか、からからに乾いた口をぎこちなく動かして羅儀は呟く。
「そうか……だからイベント会場を襲ったパイロットは展示中のイコンが敵機に見えて、そこにいた一般客が敵兵に見えたんだ……だからあんな事件を起こしたんだ」
羅儀の出した結論に、イリーナはゆっくりと、そして大きく頷いた。ややあって顔を上げたイリーナは、羅儀の目をじっと見つめながら問いかける。
「その通り。でも、解せないとは思えない? たとえ致命的な欠陥があるとはいえ、単純な戦闘力で言えば間違いなく現行機を圧倒するだけのものを発揮するシステムではあるのよ。現在もパラミタ中の、いえ……世界中の優秀な学者が研究しているにも関わらず、そのレベルの技術はなかなか開発されていないわ。そんな凄いものをいかに“偶然”とはいえ、一介の学生に過ぎない面々が集まっただけのサークルに開発できると思う?」