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 魔王城、廊下。

「木枯さん、人ですよ」
 稲穂が前方にいる人物を指さした。歩き回ってから随分時間を要した後だった。
 稲穂の指の先にいたのは、城の内部の地図を片手に探検しているホリイだった。
「ねぇ、ここがどこで何が起きたのか知らない?」
 木枯がホリイに訊ねた。
「ん? あ、巻き込まれたんですね」
 声をかけられたホリイはぱっと顔を上げてから事情を話した。
「魔法で動いているドールハウスの世界でここが魔王城」
 稲穂はホリイから聞いた話の内容を繰り返し、周囲を見回した。
「勇者が魔王を倒すまで現実世界に帰れないと、その割に条件はきっちりしていないんだねぇ」
 木枯は架空世界脱出条件を確認。
「はい。その辺りは深く考えていなかったようです。気絶をして戦闘不能は当然ですが、降参を宣言したりも条件のようです」
 ホリイはもう一度終了条件を繰り返した。
「じゃ、ここにいるのも何かの縁、魔王軍に入ってみようか」
 木枯があっさりと稲穂に言った。
「えぇー! 人に悪戯なんてしたくないですよ」
 驚き、嫌がる稲穂。
「稲穂、こういうゲームは誰かが悪役をしなくちゃ」
 木枯は嫌がる稲穂を何とか説得しようとする。
「……分かりました。ですが、誰かを傷付けるようなことはしませんよ」
 少し考えた後、木枯の言葉にも一理あると思い魔王軍に入る事を決めるが、人を傷付けるのだけはしたくないのは変わらない。
「もちろん。私もそんなことはしたくないからねぇ。心優しい魔王軍がいてもいいと思うし。それで何か使える物が置いてある場所は分かる?」
 木枯も稲穂と同様人を傷付けたいとは思わない。みんな楽しくが一番である。
「……そうですね。ここから近い道具置き場に行ってみましょうか。案内します」
 木枯に聞かれたホリイは地図を確認し、ぴったりな場所を発見する。
 そして、ホリイの案内でその場所に行く事に。

 道具置き場。

「木枯さん、打ち上げ花火がありますよ。これを使いましょう」
 稲穂は、様々な道具で溢れている部屋から打ち上げ花火を発見した。
「こんなに明るい時間に?」
 木枯は思わず声を上げた。花火と言えば夜のはずだが、今は明るい。時間外れである。
「そういうものです。他には何かありませんか?」
 稲穂はきっぱり言い切り、打ち上げ花火を確保。
「これはどうかなぁ」
 木枯が打ち上げ花火に似た筒を発見し、稲穂に手渡した。
「これは花びらが舞うみたいですね。素敵ですね。一緒にしませんか?」
 説明書きを読んだ稲穂は花びらが舞う街を想像した後、ホリイを誘った。
「ワタシもですか」
 誘われるとは思っていなかったホリイは聞き返した。
「楽しいよ〜」
 木枯も誘う。楽しい事は人数が多い方がもっと楽しめるから。
「じゃ、お願いします」
 ホリイは参加を決めた。少しだけ空から降る花びらに包まれる城下町に興味があるためと外には行く予定もあったから。
「そうと決まればもう少し持って行こうかなぁ。あれはドア?」
 人数が増えた事でもっと花火を打ち上げられると思い、あるだけをかき集める木枯が部屋の奥にあるドアを発見した。
「ドアですね。何かの部屋でしょうか」
 稲穂は地図を持つホリイに訊ねた。
「地図には載っていませんよ。どうしますか?」
 ホリイは地図を確認するなり首を振った。
「……面白そうだから開けてみようか」
 木枯は花火を置いてドアに近付いてみる。
「木枯さん、気を付けて下さい」
「……何が出るんでしょうか」
 稲穂もホリイも近くで見守る。
 面白い事、楽しい事が好きな三人はドアを無視する選択は選ばなかった。
「行くよ。ん? 開かないよ〜。こんなにひっそりとあるという事は開かずの間かなぁ」
 木枯がノブに手をかけ開けようとするが、びくとも動かない。しっかりと鍵が掛けられている。
「……それなら私に任せて下さい」
 今度は木枯に代わって稲穂がドアを開ける事に。『ピッキング』を持つ稲穂は少し時間をかけながらも無事に解錠し、ドアを開けた。

「何かの研究室のようですね。あの、大丈夫ですか?」
 ひょっこり中を覗いたホリイが確認し何やら研究している人を発見し、思わず声をかけた。まさか人がいるとは思いもしていなかったのだ。
「……大丈夫とは何か用ですか? 今は八卦術の研究の最中です」
 中にいた人、朱鷺が三人組に気付き、声をかけた。
「あなたは魔王軍ですか」
 稲穂がとりあえず訊ねる。
「……魔王軍? それは何の事ですか」
 魔王軍やら勇者軍など興味の無い朱鷺は即聞き返した。
「今、大変な状況でねぇ」
 木枯がホリイから聞いた話を朱鷺にした。
「そうですか」
 状況を知った朱鷺はうなくずも明確な驚きは無く、冷静であった。
「では、あなたはここでずっと八卦術の研究をしていたのですか」
 稲穂が改めて訊ねた。
「……その通りです。それが今の朱鷺の知識欲が求めているものですから」
 朱鷺は即答。
「……へぇ〜、すごいんだねぇ」
 木枯が少し興味を含んだ声を上げた。
「そうです。八卦術は素晴らしいのですよ。まず第一に……」
 木枯の言葉を聞いた途端、朱鷺は八卦術の素晴らしさについて語り始めた。
 延々と続く長話。
「……なかなか奥深いですね」
 話の間で稲穂が合いの手を入れる。
「まだまだこれは序の口です。次は……」
 朱鷺の話はさらに続く。
「……」
 三人は黙々と聞いていた。邪険にしても良かったのかもしれないが、優しい三人には出来なかった。何気に興味があったり。

「以上ですが、何か質問はありますか。八卦術の事であれば何でも答えますよ」
 ようやく朱鷺の長話が終わった。
「八卦術についてではありませんが、魔王軍に入りませんか」
 ホリイが今一番重要な事を訊ねた。
「……研究の合間の息抜きとしてでしたら構いませんよ」
 あっさりと朱鷺は答えた。
「それで問題ありませんよ。では、お願いします」
 稲穂もあっさりとそう言った。自分達も魔王軍と言いながらもらしくない事をするので。
「では」
 朱鷺はさっさとどこかに行った。

 朱鷺を見送った後、
「私達も行きましょう」
「行こう」
 稲穂と木枯は打ち上げ花火などを持ってホリイを急かした。
「はい」
 ホリイも打ち上げ花火を手にし、木枯と稲穂と一緒に街へ行った。

「……(部屋を出た也)」
 ひっそりと第七式は朱鷺が開かずの間から出た事を確認していた。
「……」
 第七式は朱鷺の動きを追い続けていた。自分の体内にいる限り、行動は手に取るように分かるのだ。
 そして、健気に朱鷺が開かずの間に戻って来る事を待っていた。