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洞窟の冒険【1】


 アミューズメント施設の様相を呈しているトコナッツ島。
 アトラクションが至る所に設けられ、参加者を楽しませていた。
 そして、日が頂点を過ぎ、お役御免と沈み行く時間帯。
「そろそろ頃合か……」
 島の一角で、中肉中背の男エリックは呟く。
「魔精も捕獲できた。一度確認をせねばなるまい」
 羽織った黒いマントを翻し、垣根として設置された木々の隙間、その奥にある洞窟へと姿を消した。
「あれは、エリック?」
 偶然通りかかったのは、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)から承認を得、一人旅として招待に参加していた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だった。そのためか、手には【デジタルビデオカメラ】を携え、このバカンスを記録に収めている。旅の記録をお土産にするつもりなのだろう。
 だが今の彼女の頭には、エリックの行き先という疑問が巡っていた。
「この先に何かあるのでしょうか?」
 均整の取れた施設内とは違い、無骨に開かれた穴。他とは隔たれたその姿。
 考えてみれば、こういう施設には必ず関係者以外立ち入り禁止の区域がある。
 ここもそういった類のものかと辺りを見回してみた舞花だが、そのような立て札はなく、生い茂る木々と口を開けた洞窟があるだけ。
「興味深いですね……」
 顎に手を当て、好奇心が湧き上がる。
 そんな彼女に、声を掛けてくる人物。
「ねえ、さっきの主催者のエリックだよね?」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)。隣にはパートナーのミア・マハ(みあ・まは)も居る。
「多分そうだと思います。噂で聞いていた通り、この暑さにもかかわらず黒いマントを着ていましたし」
「そうだよね」
「言ったであろ? あの特徴的な格好は見紛うはずもないのじゃ」
 ミアは腕組みして頷くとエリックの消えていった先に視線を移す。
「しかし、こんなところに洞窟とはのう……ますます怪しいのじゃ」
「やっぱり、何かあるんだよ」
 舞花は目を合わせる二人に質問を投げた。
「気になることでもあるんですか?」
「それなんだけどね」一つ前置きしてレキは語る。「こんなバカンスをタダで提供ってのは、怪しいと思うんだよ。タダより高いものはないって言うもん」
「わらわたちはそれを確かめるべく、奴を追っていたのじゃ」
「ここは本人に直接聞いてみよう、ってことでね」
 言われてみればそうだ。
 この招待、エリック自身に何らかのメリットがなければただの奉仕。
「確かに、要したコストは多大で、それに見合う成果とは何なのか気になりますね」
 人一人が行う規模にしては大きすぎる。
「私も確かめに行っていいですか?」
「もちろんだよ!」
 申し出を快く了承するレキ。
「それじゃ、一緒に真相を暴こう!」
 三人はエリックを追い、洞窟へと潜入した。



「ここにも、アトラクションがあるんですかぁ?」
 舞花たちが通った数刻後の洞窟内。
 盲目の少女、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)は傍を歩くロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)に尋ねた。
「先程、エリックさんに続いてレキさんたちが意気揚々と入っていきました。これは、ここに何か出し物があると考えるのが自然だと思います」
 そうは言っても、道中に電灯らしき物はなく、むき出しの岩肌が続いているだけ。事故で視力を失った日奈々同様、ロザリンドも壁に手を当てていなければ、先にすら進めない。
「日奈々さん、大丈夫ですか?」
「はい……【超感覚】で、知覚できているですぅ」
 ハンデを物ともせず、否、普段より鋭敏な感覚で、日奈々は一歩一歩を確かめている。
「この薄暗さ……やっぱり肝試しだよね!」
 そこに能天気なことを言い出したのは桐生 円(きりゅう・まどか)。【ダークビジョン】を使い、暗闇でも問題なく行動ができているからか、一人テンションが高い。
「自然をそのままなんて、雰囲気出てるよね! あ、ロザリン、そこに窪みあるよ」
「ありがとうございます」
 少し大きめに踏み越えると、重量感ある音が響く。
「ロザリンドさんは、何でパワードスーツなんでしょう……」
 研ぎ澄まされた聴覚から導き出した装備――というよりも、どこに出かけるにつけてパワードスーツなロザリンド。『ロザリンド=パワードスーツ』という等式が成り立っていて、彼女を知っていれば誰でもわかること。ただ、夏の暑さの中でそれだけ重たい装備は辛くないだろうかと危惧しているのである。
「暑い日差しを受けるのはお肌に悪いですし、石とかで怪我しても痛いですから。何より、パワードスーツは乙女の旅行の必需品、嗜みですよ?」
 臆面もなく言い放つロザリンドに苦笑いする日奈々だが、「頼りになるし……別にいいかぁ」とスルーをすることに決めた。
「ホント、ロザリンがいると、お化けなんて怖くないね!」
 と、二人のやり取りを後方から見ていた円が呟きを拾う。
「それは肝試しとしてどうなんでしょう?」
「あり……じゃないですかぁ?」
「全員が怖がってちゃ、先に進めないしね。というわけで、ロザリン! いざ進め!」
 背中に手を当て、先へと押しやる円。
「もしかして円さん、こわ――」
「おっと、広い場所に出たよ!」言葉を遮り、声を大にする。「ここにビックリドッキリな罠が仕掛けられているのかも!」
「そうやって和らげているんですね……」
「深くは、追求してあげないで、くださいねぇ」
 やんわりと諌める日奈々。
「でも、なんでしょう……ここは不思議な感覚ですぅ」
「円さんは何か見えますか?」
「うーんとね……」横を見て、上を見て、下。「変な模様が地面に描かれてるよ」
 円が見つけたもの、それは床一面に描かれた魔方陣なのだが、全容が解らないほど精緻なものだった。故に、見つけた側の反応も抜けたものとなる。
「何だろこれ……子供の悪戯かな?」
「場所から考えて薄いですね」
「もしかして、古代文明の象形文字?」
「床に象形文字は描かないと思います」
「だったら、何なのでしょうかぁ?」
「うーん……」
 頭を捻り、唸る円の肩にそっと置かれた手。
「ロザリン、何かわかったの?」
「私は目の前ですよ」
 眼前に居るロザリンド。
「なら、日奈々ちゃん?」
「私は、こっちですぅ」
 その後ろに隠れるよう佇む日奈々。
「え、それじゃ、この肩に乗ったのは……」
 円の顔から急に血の気が引いていく。
 恐る恐る振り返ると、そこには――
「やっぱり、円だよ」
 笑ったレキの顔があった。
「お、脅かさないでよ!」
「ごめんごめん、暗くて全然わかんなかったんだ」
 安堵から口調がいつもよりきつくなる円。流石に悪いと思ったレキも素直に謝る。
「なんじゃ、他の奴らも居ったのか」
「あなたたちも、エリックを探しに来たんですか?」
 舞花、ミアと、先に潜入していた面々が合流。
「え? これって肝試しのアトラクションじゃないんですか? 私たちはてっきり……」
「ボクたちは、エリックに真相を聞きだしにきたんだ」
 ロザリンドの疑問に、レキは答える。
「そしたらここに出て、あまりの広さにどうしようか考えてたんだよ」
 暗闇で人を見つけるのが困難な状況。そこに話し声が聞こえ、近寄ってきたみたいだ。
「真相って、何か裏でもあるの?」
 立ち直った円は更に質問をぶつける。
「この招待、私たちの利益と主催者の利益の釣り合いが取れていないと思うんです。そこには何か、別の思惑が隠されているのではないかと」
 思慮の方向性を語る舞花だったが、
「別にいいのではありませんか?」
「そうだね。とんでもないことを企んでいるわけでもないだろうし」
「楽しみましょうよぅ」
 円たち三人は全然気にしていなかった。
 ゆるさに呆気に取られる、舞花、レキ、ミア。
「まあ、何事もなければよいのじゃが……」
「確かめるに越したことはないよね」
「そうですね。まだ遠くに行っていないと思いますから、探してみましょう」
「頑張ってね」
 応援する円の横で、日奈々の【超感覚】が何者かの気配を捕らえた。
「誰か来るですぅ」
 そう言った瞬間、ゆらゆらと陽炎のような明かりが近づいてくる。
「もしかして、エリックさん?」
「でも、あの方向は入り口だよ?」
 ロザリンドの質問に【銃型HC弐式】のマッピング機能で判別する円。
「ということは……」
「皆さん、どうしたんですか?」
 現れた人影は布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)久我 浩一(くが・こういち)の三名だった。佳奈子の【火術】を明かりに、ここまできたらしい。
 舞花が先程と同じ説明をすると、
「私もエリックさんに聞いてみようと思って」
「私は佳奈子の護衛を兼ねてね」
「俺も同様、聞きたいことがあるんです」
 佳奈子たちもまた、同じ理由だと言った。
「気にしすぎだと思いますけど」神経質ではないかと言うロザリンド。「でも、やっと辺りが見渡せます」
 ようやくやってきた光源。それにより、エリックの思惑が少しだけ明るみに出る。
「ぬ、これは……」
「どうしたの?」
「魔方陣じゃ。それも、とてつもなく巨大なものじゃな」
 ミアは魔女である。古の呪いで不死となり、蓄えられた魔術の知識は膨大。故に、この魔方陣の凄さがわかる。
「巨大って、どれくらいですか?」
「この島、いや、パラミタ全土に作用するのじゃ。ただ……」
「ただ?」
「文様の精緻さがわらわの知識を越えておる。どのような効果になるか、検討もつかんのじゃ」
 頭を振るミア。
 その時、急に魔方陣が淡い光を帯びたと同時、
「これは、皆様」
 最奥から現れた中肉中背の男。
「こちらはアトラクションでは御座いませんが、如何様で?」
 主催者エリックの登場だった。