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洞窟の冒険【2】


「エリック、聞きたいことがあるんだよ」
「はい、何でしょう?」
 先陣を切ったのはレキ。
「キミはどうしてボクたちを招待したの?」
「私は皆様に楽しんでいただければと思い、この招待を企画いたしました」
 大仰に身振り手振りを混ぜ、エリックは語る。
「夏の暑さに心は滅入ってしまう。それを少しでも和らげようと、このバカンスに招いたのです」
「それであなたに利益はあるというのですか?」
 次に質問したのは舞花。それにもエリックは聖人のような回答を返す。
「利益などなくてもいいのです。強いて言えば、皆さんが楽しむこと、それが私の利益です」
 奇特な人、そう思えればいいのだが腑に落ちない。
「それでは聞きます」
 三人目、浩一が尋ねる。
「エリックさん。あなたはどうしてこの洞窟にきたのですか?」
 その質問に、周りの面々は『何でそんなことを?』といった表情。しかし浩一はいたって真面目だ。
「なぜ洞窟にいるのか、ですか」一瞬考え、「私は裏方の身。ここに居ても不自然ではないでしょう」
「そうだよね」
「裏方なら、どこに居ても不思議ではないですね」
 円とロザリンドがエリックの台詞に同意。それに気を良くしたのか、エリックは更に続ける。
「ここは元々空いていたものをそのまま関係者用控え室として利用しているのです」
「それならもう少し手入れをするべきではないのですか?」
 道中の電灯や立て看板など、問題点が多い。
「なにぶん突発的な思いつきで開催しましたので、少々不備があったようですね。申し訳ありません」
 頭を垂れるエリックに、皆が一番気になっていることをぶつけるミア。
「して、時間がなかったと申すが、どうしてこんな巨大な魔方陣が存在するのじゃ?」
「魔方陣ですか? それは、この島のアトラクションを動かすのに必要なものなのです」
 そう言われれば最優先で用意したのも頷けるのだが、
「にしては、規模がでかすぎると思うのじゃ」
 ミアには、それこそ怪しく感じる。
「それにこの魔方陣、まだ発動しておらんぞ?」
『え?』
 光を帯びた時、何かアトラクションが動きだしたのだと関連付けた面々だったが、それは間違いだった。
「…………」
 九人の視線を受け、何も言い返せないエリック。
 その上、都合の悪いことに噂の魔方陣が輝きを失い始める。
「まずい、星の位置がずれ始めたか……時は一刻を争う。このままでは儀式が未完のまま」
 口調が変わる。どうやら素が出てきたみたいだ。
「契約者が数名……」
 目の色までもが変わる。
「やはり生気だけでは弱い……さすれば契約者の生血を触媒とするしかない」
 エリックの後ろから、ちんまりとした生物が出現する。
「何あれ、かわいいんだけど……」
「きゃー、こわーい♪」
「ロザリン、流石にあれは肝試しにならないと思うんだ」
「これは礼儀ですから」
 円の言う通り、二足歩行の猫みたいな生物は可愛げがある。しかし、目は濁り、何かに操られている感じがビンビンに伝わる。
「可愛いなら、捕まえてもいいですかぁ?」
「いいね、捕まえてみよう」
「円たち、ちょっと状況を考えようね……」
 レキは空気に流されない三人に頬をかく。
「こいつらは島の魔精。生気を糧に悪戯をする生物だが、我の目的には合っていてな。生気を集めるために利用させてもらった。多少、手は掛かったがな」
 文字通り、魔精を見下すエリック。
「今は我の駒。存分に働いてもらおう」
 エリックが手をかざすと、背中に付けられた二対の羽で飛ぶ魔精。口にはストローのような長細い管を携えて。
「契約者と言えど、元は人。血の通わない身体に生を全うできはしない」
 そこにこそ生気は集中する。
「さあ行け、魔精共。その身に契約者の生血を含ませろ」
 羽音を響かせ近づく奴らに、向い立つのはエレノア。
「飛んでいる相手は任せて! 【舞い降りる死の翼】!」
 剣の切っ先から鋭い風が魔精を捉える。
「この風に捉えられたら最後、逃げられないわ!」
 そう言うとおり、なすすべなく羽根を切り落とされる一体の魔精。しかし、個体攻撃故に複数で襲い掛かられると辛い。
「……嫌だわ。咬まれちゃった」
 手数に押され、エレノアは魔精に咬まれてしまう。その途端、強烈な痒みが襲う。
「か、かゆいわ! 佳奈子、お願い!」
「任せて! 【キュアポイズン】!」
 毒成分を排除する。
「ありがとう!」
「でも、できれば魔精は助けてあげて。ただ操られているだけだと思うの」
「もちろん、そのつもりよ」
 先程攻撃した魔精は昏倒しているが、生きている様子。
「佳奈子、【治療】してあげて」
「わかったわ。補助は任せてね!」
「頼りにしているわ!」
 そしてエレノアはまた魔精に立ち向かう。
「血を吸われたら、痒くなるんだって」
「それは大変ですぅ」
「それに、さっきの大きくなってない?」
 円はエレノアの血を吸った魔精に目を向ける。
「なってますね」
 ロザリンドにもそう見えていた。
「それじゃあちょっと【エナジードレイン】!」
 逆に血を吸い取る円。
「これで相手に血を渡せなくすればいいんだよ」
「それは盲点です」
 【戦闘用ビーチパラソル】でペチペチと叩くロザリンド。
「近寄らないでください、斬りますよぅ? 近寄らなくても、斬りますよぅ?」
 【光条兵器】のエクゼキュショナーズソードで斬りつける日奈々。
「エリック、どうしてこんなことをするんですか!」
 その後ろから、舞花が大声で問う。
「我の目的はパラミタに混乱を招くこと」
 エリックは朗々と語る。
「そなた達は我の儀式遂行のため呼ばれた。儀式には贄が必要だった。故にこの島はまやかし。ただの幻影。そなた達の見てきたものは我が生み出した影」
 そこで一呼吸置き、
「そしてまた、我も影なのだ」
「何を言って――」
 次の言葉は魔精の猛攻によって防がれた。【ミラージュ】で何とか避けきる舞花。
 レキとミアの元にもそれらは襲う。
「わらわの高貴な血を吸おうとはいい根性じゃ! このちみっこいの!」
「なんだか少し嬉しそう……って、ボクは美味しくないんだよ!」
「この数はまずいですね……ここはエリックさんを優先して確保した方がよろしいのでは?」
 浩一の助言にミアも同意。
「その通りじゃ! 【ブリザード】!」
 近くの魔精は動きを止める。
「今のうちじゃ!」
「わかったよ!」
 【銃舞】を駆使し、魔精の間を潜り抜け、
「少しおとなしくなってよね!」
 【則天去私】を鳩尾に叩き込む。
「うっぐぅ……」
 くずおれるエリック。そのせいか、佳奈子とエレノアを襲っていた魔精が動きを止める。
「魔精たちが……」
「正気に戻ったみたいね」
 一度体勢を整える二人。
「あら、楽しい時間はもう終わりですか?」
「ふう、お腹いっぱいだよ」
「ですとろーい、えくすきゅーしょん……あらぁ、もう寄ってきませんねぇ」
「ロザリンドさんたちはすごいですね……」
 こんな時でも変わらずゆるゆると対処する三人に感嘆を漏らす浩一。
「後はあなただけです」
 舞花の声で全員の視線を受けるエリック。
「皆、バカンスで楽しい時間が過ごせました。その点は本当に感謝しています。でも、どうしてあなたが混乱を招きたいのかわかりません」
「それに、エリックの取った方法は契約者として見過ごせないわ。もしかしたら、犠牲が出ていた可能性があるもの」
「そうよね。呼ばれた私たちが危険に曝されていたわけだもん」
 エレノアの言うとおり、この儀式は契約者を生贄にするようなもの。目をつぶるには事が重大だった。
「一様に質問をぶつけても、答えるほうも大変です。一度、返答を聞きましょう」
 尚も詰め寄ろうとする人を、浩一が制する。
「それで、エリックさんの回答は?」
「契約者が皆、そなた達の様に光ではない」
 痛む腹を押さえ、ゆっくりと喋り始めるエリック。
「我は影。影は闇。闇故に光を蝕んで生きていく。しかし、光を喰い続ければそれは光を帯びていく。それはもう闇として生きてはいられない。それならばいっそ、すべてを闇に変えてしまえばいい。闇の中で生きる闇となればいい、そう考えたのだ」
「これはあれですね」
「巷でよく言う……」
「中二病ですねぇ」
 率直な感想を漏らすロザリンドたち三名。
 しかし、語る本人にその気はない。ただ純粋に、影として、闇としての自分を求めていた。
「なるほど、黒子が主人公の世界が作りたかった、そういうことですね」
 浩一が要約する。
「だったらさ、別の方法もあるんじゃないかな? それを今から探してみようよ」
「その通りじゃ。そなた程の力と知識があれば、見つけられるはずじゃ」
 エリックを説得しだすレキとミア。佳奈子が尋ねる。
「処罰はどうするの?」
「他の方の意見も聞いてみたいところですが、実害もなかったわけですし、皆もバカンスを楽しんだ様子ですからね」
「ええ、記録はバッチリ撮ってあります」
 思案する浩一にカメラを示す舞花。
「怖がる円さんを見られましたし」
「お腹一杯だし」
「かわいい魔精さんも捕まえられましたし」
 ロザリンド、円、日奈々も思い思いの感想を口にして、
「それに、こんな楽しいことを考えられる人が悪い人なわけないよね!」
 最後にレキが閉める。
「それでは何か楽しい罰ゲームでも考ましょうか」
「そうね、異存はないわ」
 同意したエレノアに続いて、皆も頷く。
「それには及ばない」
 今まで黙っていたエリック。
「引き際は心得ている」
 全員の目の向いている中、辛うじて立ち上がると、
「我が目的を果たせぬのならば、闇よりいずる我は闇に帰るのみ」
 そう言葉にすると、影の様にその場から姿を消した。