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盛夏のフラワーショー

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盛夏のフラワーショー

リアクション

「素敵な花ですね」
「だなー」
 フラワーショーの会場で見るものと言えば、花しかないだろうに。
 ミスコンに出るために着飾っている花妖精の、ドレスのスリットで目を保養させているパートナーに、叶 白竜(よう・ぱいろん)はまたか、と思う。
 世 羅儀(せい・らぎ)は少々非難がましい視線を感じて白竜に視線を戻した。
「堅物ぶってもしょうがないだろ。だいたいナンパするとか言って、意外と白竜も……なぁ?」
 教導団の制服を脱ぎ私服に着替えた白竜は、堅物な軍人ではなく真面目そうな青年くらいにランクアップ?していた。きっちり整えていた髪も友人から崩してもらい、柔らかい印象だ。
 ナンパとは、その友人に事情を説明した時に使用した単語のことだった。
「ナンパと言っても女性を誘うのを前提にしているわけではないが……」
「男でもいいのか?」
 からかうように言って胸ポケットから煙草を取りだそうとする羅儀に白竜は軽く手を挙げる。
「今日は煙草はやめましょう。せっかくの花の香りを邪魔してはいけない」
「そうだな」
 それに、誘う相手も花妖精だ。
 彼らはフラワーショーの並ぶ花の中、草に埋もれそうになりながら、揺れながら移動する菫を見付けて、声を掛けた。菫の下にはふわふわの長い髪。再び菫色の瞳。美少女と言って良い顔立ちだが、如何せん背も低く頑張っても中学生くらいにしか見えない。
 薄紫のドレスを着たヴィオレッタだった。
「宜しければ、これから食事を如何ですか? むさ苦しいかもしれませんが……」
 不思議そうに振り返った彼女だったが、彼らの顔は見覚えがあった。以前船上で、そしてこの前のヌイ族族長の姪・ユルル誘拐事件でも会ったことがある。
「その節はお世話になりましたのです」
 ヴィオレッタは丁寧にお辞儀をして彼の誘いを承諾した。仕事はといえば、彼女の主人は用事があると言って、久々の里帰りに彼女に休暇をくれたのだった。
「それでセバスティアーノは何処にいるか知ってる?」
 羅儀の言葉に、再びヴィオレッタは顔に疑問符を浮かべた。それから、二人の顔を見比べ、白竜の、ナンパには不釣り合いな目立つ無精ひげ──友人にも不思議がられたものだった──を見て。
「失礼ですが、そのお髭は?」
「願掛けのようなものです」
「仙人みたいにながーくなったらどうするのですか? リボンでも結ぶといいのですよ」
 にっこり笑う。
「そ、そんな」
「ナンパに他の、それも男の名前を出すのは駄目なのです」
 たじろく白竜にツンと澄まして平然と言って、彼女はセバスティアーノを呼びに行った。外見に似合わず、彼女は毒舌なのだ。

 ヴィオレッタに案内されたのは、丁度2つのピラミッドの底面をくっつけたような形の(二つの間には空間があって、柱で支えられていた)ツリーハウスで、下のピラミッドから枝や葉が突き出ているせいで、鳥の巣に屋根を被せたようにも見える。
 逆ピラミッドの下部は階段状になっていて、二十分後、白竜と羅儀は、その小さな席に収まっていた。
 共に正方形のテーブルを囲むのは、ヴィオレッタとセバスティアーノ、それから同じ船に乗る船医の青年、そして着飾った花妖精の女の子たちだった。
 守護天使のウェイトレスがテーブルにメニューを運んでくると、さっそくヴィオレッタを除く女の子たちは、これ可愛いときゃーきゃー言いながら、甘いものに手を付けていた。船医と羅儀は、彼女たちと一緒にはしゃいでいる。
「これいいよね」
「えーでもちょっと……高価い、かなぁ?」
「気にしないでよ、俺が奢るから」
(花妖精のコンテストと言うだけ会って美しい女性が集まる……! 天国じゃないか! うまくゲットできれば夕暮れの浜辺でデートを……!)
 羅儀はさりげなく女の子の肩に手を置いてメニューを覗きこんでいた。
 なお、何故船医が一緒にいるかと言えば、羅儀が「海兵隊ってモテモテだろ?なんかアテがないかな?」と言ったものの、セバスティアーノが「俺、生まれてこのかた、カノジョいたことないんですよねー」と肩を落として、ナンパ中の船医を更に呼んだからだった。
 逆に白竜とヴィオレッタとセバスティアーノは、女の子ではなく窓から下方に見えるフラワーショーの華やかさを見つつ、
「お土産ですか? お酒なら都市の名物の蜂蜜酒がお勧めなのですよ」
 ヴィオレッタはメニューの上を指差した。
 蜂蜜酒にもいくつか種類があり、その他にも確かにぱっと見ても、花や蜂蜜関係のメニューが多かった。
「蜂は花粉を運ぶので、あちこちで飼われているのですよ。でも、飼う場所も決まってますし、滅多なことでは刺されたりしないので安心してくださいなのです」
 白竜は、羅儀と船医が届いたパフェを食べているのを尻目に、チコリにチーズを乗せたものを摘まみながら、
「じゃあお土産に買って帰るとしましょう。……そういえば、先日多少物騒な事件がありましたが、その後は何もありませんか?」
「あの誘拐事件ですか、あいつらなら、まだ牢屋ん中ですよ。他には……んー、ちょっと最近訓練が忙しいんですよね」
 セバスティアーノが、答えながら歯切れが悪い。
「多分これから、契約者の手が必要そうな感じなんですよ。イルカ獣人が住む珊瑚礁の海面上昇、あの原因が“原色の海”にあるのが解った──んですよ、多分」
「多分……?」
「それ、……海底にあるんですよ」
 そう言って彼は頭をかくと、「あー、難しい話はやめにしましょう」と、笑顔に戻って白身魚のチップスを頬張った。


 ジャグリング、スタチュー、それに玉乗りにパントマイム。花妖精と守護天使の大道芸を見ながら、手にはお土産の袋。
 中身は可愛らしい製菓材料だが、見た目と言葉の可愛さに反して、結構かさばるし、ちょっと重い。花や葉の砂糖漬けはそうでもないが、ピール類、シロップ漬け、ジャム、コンフィチュール、蜂蜜──何より、それらが入っている瓶。
 白い手袋のおかげで袋の持ち手が食い込まないのはいいし、日焼けを防ぐのだけれど、少し暑い。
 それでも、木陰を選んで、片手のオレンジ色のリボンがかかった夏の花のブーケに時折顔を寄せて、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は白い三つ揃いのスーツで優雅に歩いている。
「リュミエール、ここは綺麗なところですね。黒崎君の言った通り、いや見た通りですよ」
 友人から貰った絵葉書の、その写真に感嘆し。ここに来て再び驚き。そしてフラワーショーの全ての季節の花が咲く様子にも感動し。
 上品で屈託のない笑顔を浮かべるエメに頷いたリュミエール・ミエル(りゅみえーる・みえる)は──意外なことに花冠を被っていた。お祭りには豪華かもしれないが、青薔薇と白い小さな花を散らした花冠は美しい顔を可愛らしくしすぎないで、奇妙に似合っている。
「そうだね、綺麗な景色を見れて良かったよ」
 リュミエールの足も弾んでいる。木陰から差し込む光の美しさと、この都市の名物だという蜂蜜──自分の名の由来に何か親近感を覚えたのかもしれない。
 二人はお土産を抱えながら、その教えてくれた友人との待ち合わせ場所に急いだ。
 樹の橋を渡り、張り出した大樹の枝を支えにした曲線が美しい木の手すりの階段を登ると、デッキの上に一軒の小さなレストランが現れた。勿論木製だが、ガラスの大きな縦長の窓が連なって嵌っており、解放的な雰囲気を演出している。
 中に入れば冷房の効いた店内で、友人黒崎 天音(くろさき・あまね)が、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)と共に飲み物を楽しんでいた。天音はコーヒー。ブルーズは、エルダーフラワーのハーブコーディアルをソーダ割りで。
「ふふ、ナンパはうまくいってるかな」
 白竜の恰好を思い出していた天音は、エメの姿を見付けて手を軽く挙げた。
「やあ、楽しんできたみたいだね。紹介した甲斐があったよ」
「黒崎君は今日は何を?」
「ちょっと友人と話してきてね。そうそう、早川君のパートナーがコンテストに出るそうだよ。後で一緒に見に行こう」
 天音は綺麗に着飾った花妖精の事を思い浮かべる。エメはそうですかと頷いて、
「こんな美しい場所を教えてくれてありがとう、本当に目の保養になりましたよ。全ての季節の花が一度に咲いているというのは本当に壮観ですね」
 エメは上品に微笑すると向かいの、木製の椅子に腰を下ろした。
「お土産もたくさん買ったみたいだね。僕もミモザと菫と薔薇の砂糖漬けを買ったよ」
「ええ。お勧めのものを幾つか。これは薔薇、こちらは金木犀です」
 綺麗なガラスの器に入った花の宝石をエメが見せる。
「帰ってケーキを焼こうと思うんですよ。花の美しさを出せればいいんですが……。タシガンの薔薇でも、お客様にお出ししてみようと思うんですよ」
 <タシガンの薔薇>とは、エメが経営するホスト喫茶だ。勿論エメらしくあくまで上品な、執事喫茶の雰囲気を持った店である。
「──そうだ、ここにタシガンの薔薇を建てようか」
「え? 出店?」
 エメは天音の意外な言葉に瞬きをしてから、
「確かにそれも楽しそうですが、色々と大変そうですよ。……ああ、貴方にはそれもまた楽し、かもしれませんが」
「そうだね、生半可な考えじゃ立ち行かないだろうねぇ」
 二人が和やかに話しているところに、リュミエールがメニューを広げてくすくすと笑う。
「もう未来の話? 僕はまだまだこれから楽しむつもりだよ。まずは食事から──」
 こうしてテーブルに並んだのは、フラワーショーの会場にも劣らぬ華やかな色の共演だった。
 涼やかなグラスの中には、地味なお茶を編み込んだ玉。それにお湯を注げばジャスミンの香りが立ち上り、ゆっくりと玉がほどけていく。葉の中からは、エメには白いユリ、リュミエールにはピンク色のカーネーションの花がそうっと開いて満開になる。飲んでしまうのがもったいないほどだった。
 木の器には、盛られたエディブルフラワーの彩りサラダ。黄色や紫、ピンクが散らされたそれは見た目ほど甘くなく、花なのにレタスのような味わいだった。
 本日のシェフのオススメスープは、濃い黄色のかぼちゃの冷製ポタージュ。
 それに『花妖精のパンケーキ、たっぷりの花の蜜と一緒に』──花のジャムを添えたパンケーキには、様々な花の蜜をブレンドした百花蜜がたっぷりかかってお皿にとろとろと零れている。
「これは『白身魚のソテー フルーツソース掛け、薔薇の花弁を散らして』……花も食べられるみたいだね。で、こっちは『大皿ミートボール入りトマトのパスタ、バジル添え』……おやブルーズ、僕も一口欲しいな」
 天音はくすりと笑った。
 さっきまでドレッシングはどうかとか、テーブルの上の珈琲に、コーヒーの花の蜂蜜があるぞなどとかいがいしく世話を焼いていたブルーズが、何だか静かだと思ったら。
 彼は大皿に山盛りのトマトのパスタをフォークに巻きつけて──そう、ブルーズとリュミエールが、両側からパスタを引っ張り合っていたのだ。
 こんな食べ方はおそらくブルーズの常識とかマナーとかから外れるはずで、リュミエールにしてもそうなのだろうが──お祭りで羽目を外したのか。それともお腹が空いていたのか、お皿の上でパスタが橋をかけていた。
「こらこら、それ一口じゃ絶対にないでしょ、僕だって食べたいんだからー」
 リュミエールは楽しそうに笑いながらもフォークを引かない。
「一口では腹が空くだろう。これは天音の分であって我は独占する気はない」
 と言いつつ、フォークにたっぷりぐるぐる巻きのブルーズ。それに対抗するように、リュミエールが更にお皿にフォークを突っ込んで持ち上げる。既にフォークなのかパスタの塊なのか分からなくなっているありさまだ。
「……お前、面白がっているな」
 天音はそんな二人を楽しそうに見ながら、自身のフォークをお皿に伸ばすと、ミートボールを一口食べる。
「うん、美味しい。ブルーズもお食べよ」
「行儀悪いですよ、リュミエール」
「むむむ、では一緒にフォークを置くのだぞ」
「いいよー。代りに、デザートの『桜のレアチーズケーキ』は僕のだからね」
「……納得できん」
 二組の契約者たちはそうやって楽しいランチを過ごすのだった。