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第4章 花を見て想う


 春。数多の花が咲く季節。冬に別れを、春の訪れを人に告げる可愛らしい花々。特に桜の木は日本の人々にとって、開花をニュースで待ち望むほどだ。
 冬。私の苗字。咲く花は少ないけれど、寒さや霜、雪に耐える花。椿、山茶花といった木は、雪を積もらせた常緑の深い緑の葉も美しい。
 秋。どこかしんみりする花。菊、彼岸花、桔梗、秋桜、薄など日本的な花というと思い浮かべるものが多い。
 冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、フラワーショーの四季の庭と呼ばれる場所を一人、ゆっくりと歩んでいる。
 日常の雑事から解放されて綺麗な花を見ているとふっと優しい気持ちになる気がする。それにこうやってゆっくり花を見るのも久しぶりな気がした。
 名前が解らなくても、投票の為もあってか、植物の名前と育てた人の名前が書いた札が根本に立てられている。一人一人の名前を見ると、大切に育ててきた人がこれだけいるのだな、と改めて納得するような気分だった。
 園内に設けられたアーチをくぐると、小さな向日葵畑の鮮やかな黄色が空を見上げていた。
 今の季節である夏の庭。生命の逞しさを感じさせる青々とした葉に、濃い色の花々。
(どれに投票しましょうか。ああ、あの花、瑞々しく生気に溢れてますね)
 小夜子は向日葵畑を抜けて、床と背後に岩を並べた場所へと吸い寄せられるように足を向けた。一人の花妖精が霧吹きで花に水をやっていた。それは朝顔のプランターで、支柱にしっかりつるを巻きつけ、薄い青や濃い青、紫、赤紫、白といった花をそれぞれに咲かせている。
 彼女が行ってしまってから花の側に近づくと、水滴が花に葉から滴り、濃い灰色の石に水玉の模様を付けて、また違った風情があった。
 日本の江戸の夏を思わせるような雰囲気。彼女は四分の一だけ日本人の血が入っているから、どこか通じるものがあったのかもしれない。見れて良かったと思いながら、小夜子は花言葉を思い出していた。
「『短い愛』、『はかない恋』……」
 夏の日には午後にはしぼんでしまうという朝顔だから、そんな花言葉が付くのだろう。勿論悪い花言葉だけではないのだけれど──小夜子の脳裏にふと、想い人の儚げな顔立ちが蘇った。
(儚い恋に終わらせる気は無いけど…… 先のことは誰にも分からないわよね……)
 彼女は心臓の上に手を当てる。ほんの少し、胸の奥をきゅっと締め付けられた気がした。
「……『平静』、『愛情の絆』……」
 他の花言葉を思い出して。恋占いで、良い報せだけを信じようとする少女のように、小夜子は立ち上がる。
「そうそう、投票も忘れずに出しておきましょう」
 じっくり朝顔を見比べて、素敵だと思ったその番号を用紙に記入すると、小夜子はそれを手に夏の庭を再び巡り始めた。


「アディの言った通りだったわね」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)はパートナーに笑いかける。
 咲き誇る花の美しさに心を奪われたら、声も出ない。
「言葉にならない程綺麗……というか、言葉であれこれ装飾して形容するのが馬鹿らしくなるほどだわ」
 鮮やかな太陽を思わせる黄色。熱をはらむ赤。緑とのコントラストも美しい、すがすがしい白。目を奪われるその一瞬一瞬が、心に残っていた嫌な気持ちを忘れさせてくれる。色々あってささくれていた心は、とげが抜けて、そっと撫でられたように静まっていった。
 いつしか心は静かに落ち着いて、その美しさを素直に受け止めようとしていた。
 ミスコンだって、コスプレの参考になればいいかなというくらいの軽い気持ちだったけれど、花で飾られたステージの周囲に集まっている花妖精の女性たちは、頭の花に劣らず可愛らしく、美しい。
 花とドレスと、すべすべな肌と、それぞれが自分の頭の花と調和がとれていて……、
「うわぁ……私が真似したら無残なことになるわ……」
 少し落ち込んでそんなことを口にしたさゆみだったが、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)はにっこりと笑いかけて、さゆみの手をぎゅっと握りしめた。
「ちっともそんなことありませんわ。さゆみはとっても可愛らしいですわよ」
 さゆみはピンク色の小花柄、アデリーヌはレースをたっぷり使ったドットのブルー、それぞれのサマーワンピース姿。
 先程市場で買った、花妖精手作りという本物そっくりの花のついたヘアピンやクリップで髪をまとめて、可愛らしく清楚な、夏のお嬢さん風だ。
 勿論ドレスではないけれど、樹上都市を歩くにはこんな格好の方が風景と一体になって雰囲気がいい。
「あ、ありがとう……そうね、来てよかったわ」
「それは良かったですわ。こうして美しい物の中に囲まれていると、日ごろ貯め込んでいたストレスが溶け出すようにして消え去っていくのが判りますし……ね」
 さゆみは包み込むような愛しい人の笑顔に少し頬を染めたが、そんなさゆみの幸福そうな顔を見ていられることこそがアデリーヌの幸せでもあることに、彼女は気づいているだろうか。
 いや、気付いていなくてもいい。自分だけの秘密にしておくのもまた小さな幸せだ。
「ねぇアディ、さっきカフェで美味しそうな紅茶を見付けたのよ。花を浮かべた……アイスティーかしら、とっても綺麗だったわ」
「そうね、行きましょう。もっと近くでお話したいわ」
 二人は内緒話をするように顔を近づけて囁き合うと、ワンピースの裾を風に翻して、カフェに向かって歩いて行った。
 急ぐことはない、まだまだ時間はあるのだから──繋いだ手の温かさをさゆみは感じ、愛しい人と一緒にいられる幸せをゆっくりと噛みしめていた。


「これは良い息抜きになりますなぁ」
 半分以上は自分が楽しむためではないのだろうに。
 ここでも執事然とした態度の守護天使ロード・アステミック(ろーど・あすてみっく)の笑顔に、そう分かっていながらも、龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)は静かに応じる。
「……たまにはこういうのもいいかもしれないな」
「そうでしょう、そうでしょう。私も最近ガーデニングに嵌ってしまいましたので、今日は勉強させていただこうと思っておるのですよ」
「今でも家は動物だらけなのだが……今度はジャングルにでもするつもりだろうか」
「いやいやそんなつもりは」
 ロードは、廉の機嫌を損ねてまた修行にでも戻ると言われてはかなわないと、慌てて否定する。
「伸び放題ではガーデニングとは言いませんからな。ちゃんと手入れの仕方を学ぶつもりですからなぁ」
「ならいいが……」
 廉は、まぁロードがそう言うならそれでと、口を閉じる。
 ロードはそれで廉が一人、花をゆっくり眺めて歩き始めたので満足して、廉の他のパートナーに目をやった。
「凄く綺麗です……!」
 枝垂桜の花妖精である桜屋敷 愛(さくらやしき・あい)は、ソメイヨシノが舞い散る様子に目を輝かせている。デッキだというのに、土を運び込んでわざわざ桜を植えているのだ。
 まさか夏の日、ここで会えるとは思っていなかったため、声が弾んでいる。
 ツェツィーリヤ・ラザ・ラスチェーニエ(つぇつぃーりや・らざらすちぇーにえ)も植物に目がなく、
「ねぇ愛ちゃん、ロードちゃん。これ持って帰れないのよねぇ?」
 と、ロードとは違った研究対象として見ていた。持って帰るとは持って帰って育てる、の意ですらなく、使い魔にできないかなという意味だった。
 手を頬にあててうっとりしながら、こっちのマーガレットは可憐だし、このラナンキュラスはとっても可愛いと、食べてしまいそうな勢いだ。
「あぁ、綺麗ね……この花達と一緒にいく事が出来たらどんなに幸せなのかしら……」
「残念ですが出品されておりますからなぁ。入り口付近で苗や種を販売しておりましたから、そちらから選ぶのが吉ですぞ」
「いいわね、あたしそれをお土産にするわ」
 ああでも持ちきれるかしらと、ツェツィーリヤは早速妄想を膨らませている。
「配送サービスって使えるかしらねぇ?」
「ほら──置いていくぞ。ツェリはそう、花の近くに寄りすぎだ。出品されているのだからな、触れたりするものではない」
 パートナー達があんまり立ち止まっているので、のんびりしたペースで歩いていたはずの廉が、一人遠くで振り返って彼女たちを呼んだ。
「いいじゃないの、ね?」
「わたくしももう少しここにいたいです。ここを出たら、春の桜に会えるのは次の春ですから」
「……仕方ないな」
 廉は息を吐くと、愛の佇む桜の樹の下に立ち、空を見上げた。
 はらはらと舞い散る桜の美しさに今度は感歎の吐息をつき、彼女は心を無心にしてそれを眺め続ける。


「この花を育てた方ですか? 済みません、フラワーショーに合わせて種まきされたんですか?」
「肥料の割合はどんな風に入れてますか? 化学肥料とかはここにないですよね?」
「剪定はどんな基準でされてるんですか? ここの枝を残した理由を聞かせて下さ……あ、今メモ帳を出しますので、済みませんっ」
 目をキラキラさせながら尋ねて歩くセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)の、その歩みは遅い。そのうえ、時々立ち止まる。
「この葉っぱすごく元気ですね。ああ、この間隔で植えつけるんですね、ふむふむ」
「キンギョソウですよ。ほら、このお花のかたちが金魚のように見えるでしょう?」
「見てください、このテーマ、日陰の植物ですよ。やっぱり日当たりのいい庭だけじゃないですし、どんな植物も平等っていうことですよねアキラさん──アキラさん?」
 セレスティアが振り返れば。
 パートナーであるアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、両手にセレスティアが購入した荷物を手にぺたぺた歩きながら、ちょっと退屈そうな顔だった。
「セレスが庭いじり好きなのは知ってるけどさー、もうちょっと……早く歩かない? いや、そりゃ花はきれいだし香りもいい匂いなんだけどさ……」
 自宅のガーデニングをしているセレスティアの趣味なのはわかるけど。
 お土産と称して彼女が買った木や花の苗と種は大量で、一度ヴァイシャリーの商船まで預けに行きたかったし。
 保護者兼彼女の荷物持ちにさせられたアキラとしては、別に難しい話が聞きたいわけじゃないし、有名庭師の庭だろうが3メートル四方に何十分も立ち止まって何度も観察するのは、正直辛い。
「お腹も空いてきたしさぁ、投票して見たいならまた後で来ようぜー」
「そ、そうですか……」
 セレスティアは残念そうな顔で肩を落とした、
「じゃあ景色の良いところでお弁当にしましょう」
 ぽんと手を叩くと気持ちを切り替えて、一旦会場を出た。
 吊り橋を渡って近くの階段を登り、ちょっと高い位置にあるデッキに移る。そこは人通りも人気もない、静かな木陰だった。
 お弁当の包みを広げながらセレスティアがまたフラワーショーの出来事を話し始める。
「族長さんは忙しくて会えないみたいですけど、この街の花妖精さんに、このお祭りについて詳しいお話を聞いたんですよ。
 お祭りの始まりはもう5000年も前で、当時の族長のドリュアスさんは──あ、これは偶然じゃなくて、木の声を聞いた時に、そうご自身で名乗られたそうなんです。元々は別の名であるとか。族長は代々継ぐ度に自分の名前を捨てて、大樹との誓いの名であるドリュアス・ハマドリュアスという名に改名するんだそうです」
「へー」
 さっそくおにぎりをもぎゅもぎゅ頬張りながら、アキラが相槌を打つ。ちょっと気がなさそうだが、セレスティアは構わず続けた。
「大樹はこの辺りの自然を司っていたそうです。それが何かの影響で……多分、パラミタと地球の関係でしょうけれど」
「ふんふん」
 ごきゅごきゅ麦茶を飲むアキラに、尚も説明する。
「バランスが崩れ森が弱ってしまった、それを当時の族長が蘇らせた時に、このコントロールする手段を与えたとか。最初のお祭りは森の祝福だったんですけど、以降のお祭りは、『人間』と木々の融和の象徴になっただそうですよ」
 お日様サンサンポカポカいい天気。吹き抜ける風は優しく、涼しい。
「お腹いっぱい……ふわあぁぁぁ」
 アキラはついつい気持ちがよくなって微睡んで、ぱたりと仰向けに倒れてしまった。
「あの、後でお土産買っていいですか? ポプリとか欲しいんですけど……アキラさん……寝て、ますか?」
 セレスティアが気が付いた時には、アキラはぐーぐーといびきをかいていた。
 その寝顔はとっても幸せそうで。
「私も眠くなっちゃいましたね」
 セレスティアは瞼を閉じると、息を吸い込んだ。花の甘い香り、木のすがすがしい香りがほのかに感じられる。
(私たちは季節はずれの花祭りをいつでも思い出すことが出来る。花祭りを見た人たちがその風景を思い出しながら再び花を植える)
 家に帰ったら、すぐあの苗を植えてあげなくちゃ。どんな風に植えよう、私の花はどんな風に咲くだろう、どんな蝶を呼び込むだろう?
(そうやってずっとずっと続いていくのだ。……きっとねっ)