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リアクション
〜 二日目・午後5時 学園内研究等 〜
街中の散策を追え、ヤクモ達が再び学園に戻ってきた時には、陽は夕方に差し掛かっていた
校門にたどり着けば、榊 朝斗(さかき・あさと)の姿が皆の帰りを待っている姿が見えた
見れば彼の隣に新しい人物の姿もあり
朝斗より先に、戻ってきた自分達の姿を見つけた彼がヤクモの傍に近づいてきた
「ヤクモさんですね? はじめまして、私はロア・キープセイクと言います
突然で申し訳ありませんが……会って欲しい人がいるのです
私のマスターなのですが……お時間、よろしいですか?念のため学園側には許可を取っておりますが……」
技術官僚を思わせる端正さと威厳を感じさせる佇まいにも関わらず、柔らかい物腰の声と申し出の内容
ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)のそんな姿に、ヤクモは共にいた面々と思わず顔を見合わせた
「すみません、このような所まで……色々動き回ってお疲れではありませんか?」
「いえっ、あたしなら大丈夫です!本当に色々驚く事が多くて……疲れてなんかいられないって言うか……」
ロアの提案により、出来ればヤクモ一人のみ……という話だったので
同伴を静かに望んでいた天樹の心中を察し、彼だけ同伴を願って学園内の研究棟の中を歩いている
面会の場所とはややかけ離れた、無骨な配管や計器類が所々に配置されている電算棟特有の冷気漂う廊下
そこを歩きながらロアの話は続く
「本当はこちらから出向くのが筋なのですが、故あって今の季節と気温では居られる場所が限られるのです
それでもお話がしやすい場所をセッティングしましたので、心配はありません」
「ありがとうございます……で、あの……」
妙に居心地が悪そうな返事をするヤクモに気がついたロアだったが
すぐにそれが自分の眼差しだという事に気がつき、申し訳なさそうに謝った
「すみません、察しの通り私は【機晶技術】も含めた技術職なのです
君の事情も伺っているので、色々考えてしまうところがあり、つい……
でも【機晶姫】としての君の体の有り様が気になるのは事実です
マスターの命で来てはいますが、私なりに力になれる余地があればと思います、ご理解下さい」
「………え〜っと」
ロアのやや回りくどい言葉に戸惑いながらヤクモが天樹の方を見る
すると彼も、心なしか楽しげな物腰でホワイトボードを彼女の前に差し出した
『君の体と記憶について気になるところがあれば、手助けをさせて欲しい……って事だよ、ヤクモ』
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「やぁ、来たね
ずっとあなたに会いたいって思ってたんだ、願いがかなって嬉しいよ……座って」
先程よりさらに奥に存在していた重い扉を開けると、ロアはヤクモに中に入るよう勧める
……彼女の姿を見て、部屋の奥の人影が穏やかに声とともに身を起こす
寄りかかる【氷龍】の冷気に身を委ねるようにして、彼……グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は言葉を続けた
「グラキエス・エンドロアだ、よろしく……ヤクモさん」
「すまんな、主は暑さに弱い上に体が衰弱しているので、これ以上動けないのだ
こちらは【アルバトロス】の貨物室でも良かったのであるが、こちらの冷却環境が良いと言う話でな
出来る限りのもてなしはさせて貰おう」
グラキエスの傍らで彼を気遣うように
ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)がヤクモ達に話しかけ、目の前のイスを勧める
一方でロアが飲料やお菓子の用意をする中、グラキエスが再び話を再開した
「あなたにまつわる一通りの話を聞いて、話をせずにはいられなかった
ヤクモさん……あなたに記憶がない、というのは本当かい?」
「……はい」
昨夜から、多くの者達と何度も繰り返しているやり取りの返答を、ヤクモはグラキエスにする
ずっと変わらない短い返答にも関わらず、答えるごとに胸の重さが変わってきているのは気のせいだろうか
そんなヤクモの心中を知ってか知らずか、その返答にグラキエスは軽く目をつぶって返事を返す
「そうか……俺もそうだ。記憶も、【以前】のような能力も無い
この体にどうにもならない業を背負ってね、それを取り除くのと引きかえに失った
その瞬間を……この二人は知っている、当の本人は何も感じられないのにな」
グラキエスの言葉に、色々感じるところもあるのだろう、彼の傍に控えるパートナー二人の表情が翳る
「【以前の俺】を知る皆は、それを悲しんだり以前の俺を惜しんだりする。俺も、そんな皆を見るのは悲しい
だから以前の自分を取り戻したいと思うが……【今の俺】を受け入れて欲しい気持ちもある」
「当たり前だ、無理に記憶を戻す必要はなかろう。現代に馴染み新たな記憶を作っていけばいい
現に彼女のために行動する者達が、いるではないか!」
ゴルガイスが堪りかねたように彼の言葉を遮る。
竜人の言葉に宿る感情が【悔恨】というものだという事を、当然まだ知るはずも無く
呆然と彼の言葉を聞くヤクモの顔を見ながら、グラキエスが穏やかに話を続けた
「……まぁ彼のように、今も昔も、俺は俺だと言ってくれる者もいる
自分というものが希薄だからかな……どの気持ちも本心だし、どれもが目まぐるしくせめぎあう、だから……」
そこまで語り、目をつぶって語り手は一呼吸置く、再び開かれた眼は真っ直ぐにヤクモを見つめていた
「あなたの話を聞いて、言葉を……いまあなたがどう思ってるかを聞きたかったんだ
あなたは、記憶がないのは嫌か?このまま【今の自分】として生きたいか?」
自分の後ろで黙ってやり取りを聞いている天樹が、彼と同じような視線を向けているのを背中越しに感じ取る
先ほどヤクモと二人で交わした言葉、問い……それとつながるグラキエスの質問
天樹自身も、ヤクモがどう答えるか聞きたいのだろう
「……わかりません」
話の切り出し方がわからず、ややもすれば拒否的に聞こえる第一声
それでも誤解を、間違った伝わり方をしないように、慎重にゆっくりとヤクモの口から言葉が紡がれる
「あたしは、まだ目覚めて4日しか経っていません
目覚めた時には、誰もいなくて……目の前にあったのは自分を見つめる【センサー】と【カメラ】というものだけでした
そこから、あたしを見つけてくれた人達……そして山葉さん、雅羅さんと多くの人に会って
少しずつ、目覚めた部屋から世界が広がって…います、それをひとつひとつ受けて止めているのが今のあたしなんです」
俯きそうになる目線を止め、真摯に見つめるグラキエスの為に、真っ直ぐに彼を見据えて言葉は続く
「あたしに過去があるとしても、周りに残されているものはあまりに少なくて、正直どうでもいいんです
わかったのは、一人じゃないって事……こんなにも沢山の人がいて、誰かと誰かが一緒にいられるんだって
今はそれを実感するだけで精一杯なんです」
話しながら、ヤクモは立ち上がり彼に向かってゆっくりと歩みを進めていく
「もし、あたしに自分の事が知りたいと思う心があっても、できる事は昨日までと変わりません
だから、いろんな人と触れ合って、こうしてお話しするしかないです
もし、そこに私自身に繋がるものがあったら、嬉しいと思うかもしれません……でも今は十分です
明日には、気持ちが変わっちゃうかもしれませんけどね」
困ったように笑いながらグラキエスの前に辿り着く
そのまま彼が寄りかかっている【氷の龍】に、ヤクモはそっと手を触れた
「あたしも、同じようにしてみていいですか?」
「ああ」
言葉のままに、彼の隣で龍の背に頬をつけると、冷たい冷気が吹き抜け、寄りかかる手のひらごと体を冷やしていく
ゴルガイスとロアが心配そうな表情をしているが、構わず目をつぶってヤクモはその冷たさを感じていた
「不思議ですね。とっても冷たいけど、温かいです……今はこの暖かさを知るだけで十分嬉しい」
「……あなたは、みんなが思うよりずっと強いのかも知れないな」
グラキエスの言葉にヤクモは照れたような困ったような顔を浮かべる
「知らないからかもしれませんよ
いろいろ思い出したら、きっと誰よりも泣いちゃうことだってあるかもしれません」
そう語るヤクモの姿を、黙って天樹が見つめる
その顔はグラキエスと同じくらい、穏やかな笑顔に満たされていた
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