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忘却の少女

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忘却の少女

リアクション

 
〜  二日目・午後8時 学園中庭 〜
 
 
 「あ、こっちだよ!ここから学園の裏に廻ったところで、とっておきの場所があるんだ!」
 「おい零、そんなに先に進みすぎると案内にならないぞ!」
 
夕食の入ったバスケットを片手に軽やかに先頭を進む神崎 零(かんざき・れい)神崎 優(かんざき・ゆう)が声をかける
そんな注意をどこ吹く風と、同伴の山葉 加夜(やまは・かや)の手を引き、ますます先に進む彼女を追いかける零

そんなパートナー達を一歩離れた距離で追いかけながら
神代 聖夜(かみしろ・せいや)は隣を歩くヤクモに、申し訳なさそうに話しかけた
 
 「すまないな、君の案内が優先なのに、すっかり仲間がはしゃいでしまって」
 「さっきも言いましたけど、本当にやりたいことや、寄ってみたい所があったら言ってくださいね?」
 
陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も心配そうな声をかけるなか、ヤクモはいえいえと首と手を大きく動かしながら返答した

 「いえいえ、本当に気にしないでください。あたしも楽しみですから」
 
 
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)達との話も終わり、ヤクモが戻ってきた時には完全に陽も暮れていた
名残を惜しむアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)と再会を約束し、いつまでも残ろうとする彼女を
榊 朝斗(さかき・あさと)佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)が手を引いて連れて帰るのを見送ると同時に
加夜と共にやってきた優達一行と夜の校舎の散策となって今に至る
 
グラキエスのところまで一緒にいた藤谷 天樹(ふじたに・あまぎ)も流石に疲れたようで
待っていた琳 鳳明(りん・ほうめい)と共に一時間ほど付き合ったが、先ほど別れて帰路についた
 
 
そんなこんなで、夜をメインに活動している部活やサークルの案内がメインだったのだが
折角だから夜の食事も外で……という【天空鑑賞会】や【天文学】に所属する優達ならではの提案により
彼らのとっておきの場所まで移動している最中なのである
 
 「何か本当に困った事や相談事があったら、言ってくれ
  まぁ、それでも俺なんかよりは優に聞いた方が良いかもしれないけどな」
 「優さん、ですか?」
 「ああ、あいつは何時も周りの事を気に掛けながら、本人にとって大切な事や伝えるべき事を言ってくれるし
  何より絆を大切にしている……その大切さを知っているからな
  君をあの場所に連れて行くのも、あいつなりにそれが君に必要だって思ったからだと思うぜ」
 
聖夜の話に、遠い過去を見るような眼差しと共に刹那も言葉を続ける
 
 「私は最初の頃心に傷を持っていたんです
  けど、優の言葉に……そして想い遣りに救われて今は前を向いて歩けて居るんですよ」
 
そして、少し恥ずかしそうにしながら刹那はこっそりとヤクモの耳元で囁く

 「実は優が私の初恋の人なんですよ」
 「はつこい……ですか……」
 
その言葉の意味を知らない程、自分の知識はブランクではなかった事が可笑しくて、ヤクモもクスリと笑う
何となくその響きに体の何かが微かに揺れた気がしたが……
 
 「あああああ〜〜〜!?」 

それを気に留める間もなく、先導してる零が進行先に何かを見つけ、驚きの叫びを上げた

 
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 「あら思ってたより可愛らしい、私は【マジカルホームズ】霧島春美、よろしくヤクモさん」
 「匿名某だ。君に会いたがってた奴の連れなんだが……」
 
霧島 春美(きりしま・はるみ)と共に自己紹介をした匿名 某(とくな・なにがし)が困ったように向けた目線の先には
星空を見上げながら両拳を上げて何やら『宇宙……キター!!』叫んでいる大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が見える
 
自分のお気に入りの場所に、すでにいたそんな先客達を恨めしそうに見ながらが口を尖らせて文句を言った

 「ずるいの〜!私達のとっておきを紹介するはずだったのに!」
 「別にあなたの邪魔をするつもりで来たんじゃないわよ
  確かに元々の出番は明日だけど、先にひと目会いたいって思うじゃない?
  それに探偵には天文の知識も必須だもの、一緒にいて邪魔にはならないと思うけど?」
 「むぅぅぅ〜!そういうことじゃないんだよ!春美は一番乗りってやつの価値がちっとも………」
 「な〜に言ってんだ!宇宙の前にそんな小せぇ事言ってないで、一緒に楽しもうぜ!」
 
春美の言葉に未だ文句を言いかける零だったが、やって来た康之にあっはっはと抱えられ、丘の上まで運搬されてしまった
隣のを見ると刹那聖夜と共に肩を竦めたのみに留まっている
 
 「まぁつまらない事でゴタゴタするのもつまらないしね。行こう、ヤクモ」
 「は、はい」
 
優のマスター様にそう言われたので、ヤクモも彼らに続いて丘の上に向う事にする
彼女にとっては未だ康之から何の自己紹介もされていないので、名前も何も知らないのだが
まぁいいや……と、とりあえず疑問は後回しにすることにする……この2日でそういう耐性はできたようである
 
 
 
それぞれの手元の灯りを消せば、確かに上は満天の星空が広がり
その広大な星の海に、ぎゃぁぎゃぁと賑やかに騒いでいた連中も、言葉を喉の奥に飲み込む事になる
今まで学園の関わりに夢中だったヤクモも、昨日まで迎えた筈の【夜の空の本当の姿】にタダ無言で見上げるばかリで
しばらく感嘆の溜息が微かに聞こえるばかりの、静寂の時間が訪れた
 
 「知ってる?地球もパラミタも星空は変わらない、星空だけは世界のすべての者に平等なんです」
 「世界だけじゃない、時間を超えて全てに等しいんだぜ」
 「時間……ですか?」
 
加夜と優の言葉……そしてヤクモの呟きを聞き、刹那がヤクモの側に寄り添って空に向かって指をさす
 
 「今見える星の光の中には、数億光年……遥か昔に輝いた光が今届いているものもあるんです
  もちろん、一瞬に届く光もあります、そのどれもがそれぞれの時間を背負って、今この空に輝いているんです
  私達にはどれも同じに見えるのに……不思議ですね」

刹那に続き、感慨深気な春美の言葉が続く

 「今では宇宙誕生の瞬間の光まで見つけられるって話よ、広大でロマンティックな話よね」
 「この中には、きっと君が生まれた時の輝きを、今俺達に届けてる星もある
  それでも、他の星と何ら変わらない……そんな星が結び合って、星座が作られているんだよ」
 
優の言葉に、彼らがここに自分をつれて来た理由をヤクモは理解したような気がした
すべての星を眺めようと、丘に敷かれたシートに寝転び静かに言葉に耳を傾ける

先ほどの喧騒を潜め、座りながら共に静かに星空を眺めていた康之が、穏やかな口調で話に加わった
 
 「俺もダチで【機晶姫】奴がいるんだ……名前はクルス
  そいつも記憶喪失で、大人しい奴なんだけど、他人の事を思いやれるいい奴でさ
  色々辛いゴタゴタもあったが、今は一番大事な人と幸せに暮らしてる……もちろん、この時代に出会った奴だよ
  同じ境遇の存在でも、ちゃんと今を生きれる……それを知ってほしい」
 
目をつぶれば、星空に溶けるように自分の輪郭は未だ曖昧なまま、この体の事すら不明瞭
けれど、共に広がるのは空虚ではなく、触れられそうなほどに溢れる光の河
そう……曖昧だからこそ、どこまでも広がっていける……その光の一つひとつに触れることができる
目の前に広がる光に少しでも触れたくて、ヤクモは満天の夜空に手を伸ばした
 
その光景を誰もが眺め……立ち上がった優が優しく、一番語りかけたかった言葉を紡ぐ
 
 「もし君が辛い気持ちや現実に押し潰されそうになったり、自分の想いや決意に不安になったりしたら思い出してほしい
  君は一人じゃない事を……俺達や君を想う人達が必ず君に、手を差し出してくれる事を」
 「………はい」
 
ここにいる全ての仲間が共に思う気持ち
……それを伝える言葉とともに、微笑みとともに優が差し出した手を、ヤクモは握る
 
 
それを祝福するように、夜空に一つ星が流れた
 

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 「今日は楽しかった?もし何か辛い事があったら遠慮無く言ってね。どんな時でも必ず駆け付けるから!」
 
名残惜しく言葉とともに手を握り、と共に去るを見送る中
春美も大きく伸びをしてヤクモの方を向く
 
 「じゃぁ私も帰ろっかな。ごめんね、ノーアポの飛び入りだけじゃなく指輪も見せてもらっちゃって
  部屋に置いてきてるなんて思わなかったから……でも、記憶のことを考えれば当然よね」
 「いえ、気にしないでください、明日もご一緒なんですよね」
 「うん、明日は例の遺跡に行く日だから
  場所が場所だからどうしても触れないといけない部分が出てくるけど、私や他の仲間がいるから心配しないで」
 「そうだぜ!俺も出来る限り協力もするからな!」
 
目の前に力強い∨サインを出して康之も春美やと共に帰っていく
その様子を見送りながら雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、ややくたびれた風情で
未だヤクモの側にいる加夜に頭を下げた
 
 「ごめんね、今日一日みんなに任せきりになっちゃって……全部こいつのせいだからっ」
 
そう言ってニコやかに隣に佇む人物を肘で小突いた
わりと容赦のない一撃であるにも関わらず、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は笑顔を崩さず
頭をポリポリとかきながら飄々とリアクションを返す
 
 「いやいや、まさかこんなに手間がかかるなんて思わなかったんですよぅ
  ホラ、あちきも一応学園案内候補だったんですけどね?あんまり候補が多いからやれる事を考えたら
  軽いジャブのはずがねぇ〜でっかい花火になっちゃって
  ほらジブン不器用ですから、ここは行動派筆頭の方のお知恵を拝借しないと」
 
あっはっは〜と最後に笑いで締めくくるレティシアの姿に、加夜もやれやれと苦笑いをしている様子だ
雅羅の方はそれなりに疲れているらしく、やり取りもそこそこで首をぐるぐる回しながら話の締めくくりに入る
 
 「もう私もお風呂に入っちゃいたいから、早めに引き上げちゃいましょう
  ヤクモも早く休むといいわよ、今日も大変だったろうし……明日は一番大変になるだろうし」
 
明日の予定が、自らの出生に踏み込む内容だから……という事を言っているのだろう
静かに頷くヤクモを気遣うようにアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)が問いかけた

 「どうでしたか?今日は」
 「楽しかったです、本当にいろんな人に会って……いろんな気持ちを知りました、だから」
 
ヤクモはこの二日間のことを思い出し、静かに言葉を続けた

 「大丈夫だと思います。きっと何があっても、皆さんがいますから」