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リアクション
第一章
「私が囮になり犯人を捕まえれば話は早いと思っていたのだが……どうにもうまくいかなくてな。そなたたちの力を借りたい」
「ボクがオトリをするですよ〜。 ボクはがんじょうだからだいじょうぶなんです」
ため息をついたソフィア・アントニヌスの言葉にヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)がにこにこと手を上げてみせる。
「恩に着る」
「みんなをあぶない目には合わせないですよ〜」
「私もアデリーヌと動いてみるわ」
綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が進み出るとソフィアは二人の姿を見つめた。
「何かあったらすぐに呼んでくれ」
「ボクも囮になるよ。囮は多いほうが引っ掛かる可能性は高いと思うんだ。百合園生としては囮になって誘拐犯を捕まえる義務があるしね。令嬢が狙われてるって事は、同じ学院の生徒の身が危ないってことだもん」
「……あまり令嬢といった風ではないが……大丈夫か?」
「キミには言われたくないよ! まあ確かに、白百合団として顔を知られていたら警戒されるかもしれないから、髪を下ろして、お嬢様風の衣装で動いてみるよ」
ソフィアの言葉にレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が苦笑いで答えた。
「オレも動くぜ」
「そなたは男ではないか!!」
「女の子に嫌な目にあってほしくないからな。オレも囮になる。女ってだけじゃなくて攫いやすそう、隙があるって条件があれば、誘拐されやすくなると思うんだよ。病弱っぽく振る舞うから、セリカも合わせてくれ」
「なるほどな……」
ヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)の提案にソフィアは腕を組んで考え込む。
「女装もするしな」
「服もわざわざ着替えるのか……?」
「当然だろ? サイズも合わせたし大丈夫だよ」
「そういう問題では……まあ、それぐらい徹底すべきか……」
「それなら問題なさそうだな!」
ヴァイスの言葉にセリカ・エストレア(せりか・えすとれあ)が唸り声を上げる横で、ソフィアが満足そうに頷いていた。
「申し訳ないが、今回の作戦はひとまず犯人の情報を集めることも目的の一つだ。危険だが、囲まれるまでは耐えてほしい。これまでの動きからすると声を上げたり周囲から何か物音を立てればすぐに立ち去るはずだ」
表情を引き締め伝えるソフィアの言葉に皆が耳を傾ける。
「皆が強いことは知っている。だが、相手は複数人。現時点では、どうか深追いはしないで欲しい。作戦は明日夕刻から開始とする。今日は準備にあててくれ。皆、頼んだぞ!」
解散と同時に、囮チームのメンバーは翌日からの囮の準備に入った。
「あ、あの、ソフィアさん、少々よろしいでしょうか?」
「ああ、どうした?」
見送っていたソフィアに、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)が声をかけた。
「え、えっと、大勢の人で女の子達を攫おうとしてるなら、ど、何処かに攫った女の子を隠しておく場所とか、女の子達を攫おうとしてる人達の集まる場所とかが分かるかもしれないですし、そういう場所が見つかったらお嬢様達を誘拐しようとしてる人の目的も分かるかもしれないですよね!」
「確かにな……」
「お、囮の方が危険だとは思うのですけれど、ワザと誘拐しようとしてる人を一人くらい逃がしてもらえませんか?」
「後を追うつもりか?」
「は、はい」
「それは、囮というよりそなたのほうが危険だろう」
ソフィアが渋い顔で考え込む。
「実際に追っかけるのは俺がやるぜ」
リースの後ろからナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)が名乗り出た。
「リースに上から隠れて犯人の動き見張ってもらって、追っかけるのは俺がやる。誘拐犯って奴が大っ嫌いなんでな……」
「……わかった。二人とも無茶はするなよ」
「は、はい」
「ああ」
リースとナディムはさっそく、同行させるレラを借りにセリーナ・ペクテイリス(せりーな・ぺくていりす)のところへ向かった。
その頃。
「衣装は、どうしますの?」
「色々と迷ったんだけど……ヴァイシャリーだから、百合園の制服にしようと思うの」
「そうですわね。最適だと思いますわ」
さゆみとアデリーヌは百合園の制服を身に着けると鏡の前でお互いの姿を見る。
違和感がないことを確認すると、さゆみはアデリーヌから良家の令嬢に相応しい礼儀作法と態度を徹底的に仕込んでもらう。
「さすがですわね」
「いつも一緒にいるんだもの」
驚くほどの速さで所作を習得するさゆみの姿に、アデリーヌが微笑む。
普段から貴族令嬢であるアデリーヌと行動を共にしている上、レイヤー歴十数年という経験から、対象にとことんなりきるのはさゆみにとってはお手の物なのだ。
物腰から仕草まで完璧になりきって見せる。
そのまま鏡の前に立つと、優雅な仕草でアデリーヌを振り返った。
「……いかがかしら、アデリーヌ? 私は令嬢に見えて?」
「もちろんですわ」
そんなさゆみの姿に、アデリーヌもまた優雅に頷いて見せるのだった。
作戦当日、ソフィアの合図で囮チームが一斉に街に出た。
レキは、普段は着ないお嬢様風の衣装を身に着けて街中を歩き始める。
人気の無い場所を最初から歩いたら怪しまれると考え、有名な時計塔付近から、買い物をするように広場から職人街へ足を運んでいた。
基本は大通り。時々路地裏のアンティークなお店に立ち寄るなどして、誘拐犯たちを誘うように動く。
その後ろを、チムチム・リー(ちむちむ・りー)が姿を隠してついてゆく。
犯人たちは小さな音に反応するという情報を踏まえ、チムチムは姿を隠すだけでなく、周囲の状況をよく確認しながら動いていた。
周囲で大きな音を立てそうな物や人を見かけると、さりげなく支え、犯人が驚くような音が不用意に出ないように注意を払う。
見張りをチムチムに任せ、レキはゆったりとした足取りで移動を続けていた。
さゆみとアデリーヌも肩を並べてヴァイシャリーの街を適当にぶらぶらしていた。
変わらない日常の繰り返しに少し飽きてきた良家のお嬢様が、友達の令嬢とちょっと退屈しのぎに街をぶらついている、というていを意識しやや無防備な所を見せて犯人が出没しそうな場所をうろついていた。
「無防備すぎると、逆に疑われそうよね」
「確かに、そうですわね」
二人は仲良しの令嬢同士という感じで振舞いつつ、さりげなく周囲に目を配り、不審な人物がいないかどうかをチェックしていた。
ヴァイスは、男くささがなく、色素が薄くて病弱にも見える外見を活かしおとなしそうに見える丈の長いワンピースで女装をキメていた。
病弱を装い、聖なる手榴弾を入れたポーチをさも薬入れに見せかける。
「ここまで来ると見事なもんだな。車椅子まで仕込むとはな」
お嬢様の付き人のフリをしながら、セリカが呟く。
昨日の準備段階で「病弱っぽく振る舞うから、セリカも合わせてくれ」と言われていたものの、ここまで見事に仕上がるとパートナーながら感心もしてしまう。
「誘拐しやすさも加わって一石二鳥だろ」
微笑み、付き人と街中の散策を楽しんでいるように見せながらヴァイスが小さな声で返した。
と、様子見に飛ばしていたペットの吉宗が不思議な旋回を見せる。
「セリカ」
「ああ」
ヴァイスの指示でセリカが吉宗のほうへ向かう。
「こっちはハズレだったか……?」
そう呟きつつも、一人になったヴァイスは念のため電動車椅子に乗ったまま、セリカとは違う道から吉宗のもとを目指した。
「う〜ん、さすがに多かったかもですね〜」
小柄なキャラを活かし、上品なお嬢様というよりは元気なお嬢様風な雰囲気を醸し出すヴァーナーは、他の3組とは違い少し早いペースで街中を動き回っていた。
ドレスを身に着け、武器武具は持たずにお店を探してる風で怪しい場所を歩き回る。
時にタタタタと楽しそうに街中を動く姿は好奇心旺盛な幼いお嬢様そのものだった。
少し小走りなこともあり、街の各所で他の囮たちの姿を見かけると、意識して違う道を進んでいく。
と、そこにチムチムから連絡が入った。
「アタリはレキおねえちゃんでしたね〜」
そう呟くと、レキのもとへと走り出した。
「あなたがたは……?」
仮面を被った集団に囲まれたさゆみは怯えた芝居をしながら周囲を見回す。
だが、集団は誰一人として言葉を発しず、武器を構えると二人へと近づいてくる。
二人が応戦しようと構えかけたところで、一つ先の角から何か物を落としたかのような大きな音が響いた。
その瞬間、仮面の男たちはあっという間に走り始める。
「追わなくていいらしいぜ」
顔を見合わせたさゆみとアデリーヌに角から姿を現したセリカが声をかける。
「バラバラに逃げたな」
反対側の角から現れたヴァイスの言葉にセリカは頷いた。
「もう一組引っ掛かったらしいんだ。犯人が複数と認識していたとはいえ、複数グループだったのは想定外だったからってソフィアから連絡があった」
「確かに、下手に応戦すると向こうに動きがバレるわね」
状況を説明したヴァイスにさゆみが納得したように苦笑をこぼした。
「誘拐未遂の同時発生、か。厄介だな」
ぽつりと呟いたセリカのほうに視線をやりながら、ヴァイスはソフィアに報告の連絡を入れた。
「あ、あなた方は何者です……?」
時を同じくしてレキもまた、仮面の集団に囲まれていた。
実際は冷静に犯人たちの動きを確認しつつ、怯えながらも気丈に振舞うお嬢様を演じ続ける。
声を上げると逃げてしまう可能性が高いため、不用意に悲鳴を上げないように気を付けていたが、結果的にお嬢様として無様な姿を晒さないよう気を振り絞って耐えているかのような雰囲気が高まる。
「これは困ったアル……」
そんな状況を見守りつつ、ソフィアとヴァーナーに連絡を取っていたチムチムは姿を消した状態のまま思考を巡らせる。
他の囮チームのもとにも犯人が現れたとなると状況が変わる。
打ち合わせ通りレキは攻撃に転じることはないだろうが、レキの身に危険が及ぶ可能性が高まったのだ。
とはいえこの状況で自分が飛び出すわけにはいかない。
そこに、ヴァーナーの明るい声が響いた。
「あ〜おねえちゃんここにいたんですね〜! お買いものに手間取ってしまいました〜すみません〜」
そう言いながら手を振って駆け寄るヴァーナーの姿に、チムチムはほっと胸をなでおろした。
ヴァーナーの声が聞こえた途端、犯人たちは一斉に姿を消した。
「ヴァーナーちゃん、助かったアル……」
犯人たちが逃げ切ったことを確認し、姿を現したチムチムがレキに歩み寄りつつヴァーナーにぺこりと頭を下げた。
「どーゆーこと??」
「レキおねえちゃんが囲まれたのと同じタイミングで、さゆみおねえちゃんとアデリーヌおねえちゃんも囲まれたみたいです〜」
「あ、ほんとだ。ソフィアから連絡来てる」
「危険だから深追いするなと言われたアル」
レキがなるほどといった顔で頷いた。
「ボクたちが思っていた以上に相手の数が多かったってことだね」
「それが分かっただけでも大きな収穫だったな」
「あ! ソフィアおねえちゃん〜」
ヴァイス、セリカ、さゆみ、アデリーヌと姿を見せたソフィアにヴァーナーが駆け寄って抱きついた。
「そなたもすぐ動いてくれて助かったぞ。さて、今日はいったん解散して、改めて作戦の練り直そう」
ソフィアの言葉に一同は頷く。
「さて、あとはリースとナディムの動きがどう出るか……だな」
そう呟き、ソフィアはふと空を見上げた。
「そこまでバラバラに逃げるもんかね……」
レキの周りを囲んでいた犯人の一人の後を追いながら、ナディムは呟く。
上空からリースが誘導してくれるが、早い段階で犯人が皆違う方向に散ったという連絡があった。
違和感を感じつつも、レラとともに目を付けた一人をひっそりと素早く追い続ける。
「やたらすばしっこいな……」
犯人は完璧に逃げ道をシミュレートしていたとしか思えないスムーズさで、駆けてゆく。
だが、ナディムはその後ろを気配を消しながらもしっかりとついていった。
「ねぇ、ナディムちゃんを見てないかな? 銀髪でちょっとボサボサした感じの……」
ナディムが何をするのか気になったセリーナは、昼過ぎからヴァイシャリーにやってきていた。
しかし、ナディムが見当たらず、広場の花壇の花に特徴を話して探そうとしているのだった。
誘拐未遂で盛り上がるこの街において、その姿は無防備以外の何物でもない。
「ナディムちゃんにレラちゃんを貸してほしいってお願いされたんだけど……何かあったのかしら?」
穏やかに話しかけるセリーナがいる広場に、逃げた犯人のうち一人が向かっていることにリースが気づく。
「な、ナディムさん! 広場にセリーナさんがいます! その広場に別の犯人が向かっています!」
「くそっ、どこだ!」
「次の角を右に曲がってください。3つめの街頭の横を左に入ってしばらくまっすぐです」
リースは即座に進路を変え、犯人たちと遭遇しないルートでナディムを誘導しながら広場へと向かう。
ナディムも目の前の犯人を諦め、広場へと向かった。
「姫さん!!」
「あら、ナディムちゃん! リアちゃん。 探してたのよ。あらあら、リースちゃんも」
ナディムとリアが広場に駆け込むのとほぼ同時に、リースも箒で広場へと降り立った。
3人が輪になっている後ろを犯人がわき目もふらずに駆け抜けていった。
「なんにせよ、姫さんが無事で良かった」
「何かあったの?」
ほっとしたように息をつくナディムに、セリーナが首を傾げる。
「まー、その、いろいろ、な」
「と、とりあえず帰りませんか? ソフィアさんには、連絡……しておきます」
「そうね、みんなで帰りましょう」
「あ、ああ。そうだな」
リースの提案に、3人は連れだって広場を後にした。
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