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リアクション
第二章
「というわけでな。思った以上に数が多いらしい」
囮作戦の結果を得て、ソフィアたち数人が今後の作戦を練っていた。
「なんにせよ、少し妙な感じの誘拐事件な気はしますね。数件の誘拐未遂、力ずくでの誘拐方法。そして、正体は隠してはいるが、大声や物音であっさりと引き下がっている。しかし、手段は変えずに繰り返す上、今回にいたっては同時に発生しています」
御凪 真人(みなぎ・まこと)が呟きながら首をひねる。
「誰かは引っかかってくれるかと思ったが、2組同時とはな」
ソフィアが苦笑をこぼした。
「ええ。慎重と評するには穴だらけの計画ですし、臆病なら何度も失敗すれば諦めるでしょう。なのに続けて誘拐をしようとしたという部分が引っ掛かるんですよ。誘拐を行わなければならない理由があるのでしょうか? 犯人を捕らえてすんなり解決と言うわけには行かないかもしれませんね」
「まあ、捕らえてみないことには何とも言えないが、同時に全員を押さえない限り危険が伴う可能性が高いな。次は囮の数を増やしつつ、その場での応戦に切り替えるか。しかしまた私が出たところで引っかからないのだろう。いや、あるいは……」
「私が出るわよ!」
「……そなたが、か?」
名乗り出たセルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の姿を見てソフィアが口ごもる。
「失礼ね。私だって女の子なんだし、襲われるかも知れないでしょ!」
「セルファもソフィア君と変わりませんよ。それだけ重武装ならいくら女性だとしても、犯人が来るわけ無いじゃないですか」
「まあ、襲われたら声を上げるのは護身術の基本よね。それで逃げるんならただの臆病じゃないの? 慎重ならもう少しスマートな誘拐方法を選ぶわよ」
真人の言葉をスルーしてセルファが呟く。
「もっともな意見ですね。誘拐に関しての情報を整理して共通点を探してみましょう。誘拐されかけた人達の共通点とか何か無いですかね。被害者の見た目や外見だけでなく、素性や関係なんかも視野に入れて推測してみましょうか。もしあればそこから犯人に繋がる糸口が有るんじゃないですか?」
「でも、ヴァイシャリーなら百合園女学院も有るし、契約者のお嬢様を襲う場合も有るんじゃない? 下手をしたら返り討ちよね。見た目で襲う相手決めるにしても、見た目と戦闘能力が合ってない人って居るじゃない。そう考えると犯人はちゃんと避けてたって事? 偶然なら運が良いけど、意図してやってるなら計画的よね」
「だが、今回は変装はしていたが契約者の囮に引っかかっているしな……」
二人の意見を手元のノートにまとめつつ、ソフィアが首を傾げる。
「実行している人間と指示している人間が居るのであれば、ちぐはぐな所も説明できるんですけど。まあ、深く考えすぎなだけだと良いんですけどね。ただ、お金目的の誘拐なんてリスクが高すぎるでしょう」
「ちょっと無計画な誘拐じゃないかなと思ってたけど、これって単純じゃないんじゃない?」
「長引けば長引くだけ不気味だな。やはり次でカタを付けるしかないか」
ソフィアの言葉に真人とセルファが頷いた。
「何とかして、囮になりたいのだが」
「そうか。分かったソフィア。脱げ」
「……!?」
真面目な顔でシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)から放たれた言葉にソフィアが目を白黒させる。
「まさかその物々しい格好で囮の後をつけまわそうってつもりじゃないよな? わかったら脱げ!」
「なっ……」
「シリウス……そういう誤解されるような言い方ばかりして……ちゃんと説明しないと、ソフィアさんが驚くだけですよ」
言葉の出ないソフィアを見かねて、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が助け舟を出した。
「とは言ってもよー……。まぁソフィアは顔が売れすぎちまってるから囮にならないってのは良いとして、だ。四六時中、その鎧姿はどうかと思うんだよ。囮のこと抜きにしてもさ。百合園にいる以上は百合園のルールに従ってもらうぜ」
「たしかにシリウスの言い分は正論ですわね。鎧を外してもソフィアさんはプリンセスカルテッドで有名すぎますし」
「なるほど……」
シリウスとリーブラの言葉にソフィアは考え込む。
「TPOを読むのだって立派な勉強だ。ってことで着替えだ! 私服ならオレのがいっぱいあるぞ。新制服がいいなら新制服も出てくるぞ!」
「そうですわ、服を選ぶついでに髪型とかも変えて変装してみません? ソフィアさん、綺麗なのですからいつも同じ姿は勿体ないですわ。これもシャンバラの文化を学ぶ一つと思って、ね? そうですわね……例えば、ポニーテールを解いてみるだけでも雰囲気は大分変わると思いますわ」
シリウスの勢いに押され気味のソフィアにリーブラがにっこりと笑いかけた。
「そ、そうだな。まずは髪型を変えてみるか。頼めるか?」
「もちろんですわ」
椅子に座ったソフィアの後ろに立つと、リーブラが髪留めを外した。
「……さらさらですね。シルクのようですわ」
髪を梳きながらリーブラが思わずため息を漏らした。
「はー……こりゃ、随分細かいとこまできめ細くて手入れされてんな……」
隣に立って触れてみたシリウスも声を上げた。
「そうか?」
「ええ、こんなに綺麗な髪をされた方、滅多にいらっしゃいませんわ」
不思議そうなソフィアの言葉にリーブラがこくこくと頷く。
「やっぱり、おろしただけでも雰囲気が変わられますね」
「だが、これは邪魔だな……」
「でしたら、ツインテールや三つ編みなど、結び方を変えてみるのもいいかもしれませんわね」
「……これなら、良いか……ありがとう」
「どういたしまして」
やっとしっくりくる髪型になるとソフィアが立ち上がる。
「よし、髪型はOKだな。あとは服装か……どうしても戦いに赴くのに防具がないのは不安ってなら……コイツを貸してやる。コイツは必要に応じて狼から鎧形態に変形して装着できる。オレがD.M.Sに収納してついて行きゃ、ぱっと見わからねぇさ。優位になったらぱっと装着して即参上、ってできるわけだ!」
ウルフアヴァターラ・アーマーを取出しながらシリウスが頼もしい笑みを浮かべた。
「髪型も変わったし、早速洋服選びにいこっか!」
「やはり着替えはしなくてはならないのか……」
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の言葉に、ソフィアがしぶしぶと歩きはじめる。
「うん。ソフィアの恰好見て、私が誘拐犯だったら絶対に襲わないな……って思ったもん」
「正直だな……」
真っ直ぐな美羽の言葉にソフィアは思わず笑ってしまう。
「あ、ほら円さん、やっぱり鎧は必需品じゃないですか」
そこに現れるなりロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が声をあげた。
「ごきげんよう。武道と武具は乙女の嗜みですよね」
「そなたも鎧を身に纏っているんだな」
ソフィアは差し出された手をしっかりと握った。
「なんだろう、ロザリンと、ソフィアくん似てるなぁ。普段から鎧だし、髪青いし、微妙に天然だし。ねぇ、ロザリンそう思わない?」
「ん?」
「って……あれっ……ソフィアくん……?」
桐生 円(きりゅう・まどか)が思いっきりソフィアに話しかけながら首を傾げた。
「ああ」
「そっか。ごめんごめん。と、とりあえず二人とも、囮になれるようにしないとね!」
「うん。みんなで洋服探しにいこ!」
円が助けを求めるように美羽に向かって言うと、美羽は頷きソフィアの手を引いてブティックに向かおうとする。
と、突然目の前にスクール水着姿の2人が現れた。
「ソフィアお姉さま!!」
美羽と円、ロザリンドが呆気にとられている中、レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)が熱く語り始める。
「ソフィアお姉さま、大丈夫です。きっと囮になれます。か弱く、可愛らしく、愛おしい、フェミニンの極みの服装をすれば、きっと誘拐犯も……!!」
「なかなか大変そうだな」
「いいえ、大丈夫です! スクール水着になれば良いんです! ね!!」
「そう……です……わね」
そう言って胸を張るレオーナの隣で、スクール水着に水泳帽という出で立ちで恥ずかしそうに俯くクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)が小さくうなずいた。
「……こんな路上で……はぁ……」
「なんて言うか、色々大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
不安になり思わず声をかけた円にクレアが小さく答える。
「昔から、一本では折れやすい矢でも、三本集まれば折れないと言います。だから、スクール水着が三人集まれば絶対大丈夫です。囮になりたいというお姉さまの夢……私が叶えます!!」
「すみません、何とかご検討いただけませんでしょうか」
クレアがぺこりと頭を下げる。
「ふむ。ところで……すくーる水着とは何だ?」
「私たちが身に着けているこの衣装です! そして私が持っているのがビート板、クレアが被っているのが水泳帽です」
「なるほどな。よし、着てみよう」
「さすがお姉さま!!」
「ええええええええええええええ」
レオーナと他のメンバーの声が同時に響き渡った。
数分後。
「随分と落ち着かないものだな。しかしこれで囮が務まるのならば致し方なし、か……」
「だめーーーーーーーーーーーっ!!」
そのまま街中に出て行きかねないソフィアを、美羽が全力で止める。
「? なぜだ?」
「水着って、泳ぐときに着るものなんだよ! その恰好で出歩くもんじゃないの!」
解せぬ、といった表情を浮かべるソフィアに円が必死に訴える。
「クレアさんの姿を見てください。恥ずかしそうにされているでしょう? 彼女の反応が普通です」
「そうなのか……?」
ロザリンドが冷静に指摘する。
「でも、お姉さまったら、囮になりたいだなんて……拐われて縛られてあんな目やこんな目に逢いたいだなんて……私に言ってくれればいつでも……」
そんな会話をものともせず、レオーナが虚空を見つめながら呟き続ける。
「ソフィアさんは、そんな動機で囮になりたいわけではないことを何度も説明したんですけれど、レオーナさん完全に妄想モードに入ってて……すみません」
「大丈夫だよ。とにかくソフィアは制服に着替えて!!」
「わ、わかった」
美羽の勢いに押され、ソフィアはすぐに制服へと着替える。
「じゃ、洋服見に行かなきゃね! 風邪ひかないようにね」
円の言葉を合図に、4人はクレアに手を振るとブティックへと向かう。
「はっ! お姉さまのスクール水着!」
「先ほど着てくださいましたわ。……もう、お出かけになられましたけれど」
「お姉さまあああああああああああっ!!」
後にはレオーナの叫び声だけが、響き渡るのだった。
「やっぱりレースとかフリルの多いものが良いよね」
「うん! 可愛いと思う!」
円と美羽がゴスロリや可愛い方向メインのショップを次々と覗いてはソフィアに試着させていく。
ソフィアとロザリンドは試着中も武器や鎧の話を続けていた。
「鉄とかガードする物が無いじゃないですか。こう、寸鉄を帯びていないと何だか心細くないですか?」
「えっ、鉄とか着いてないと不安なの? あれっ、今喋ったのは、ソフィアくん? ロザリン?」
「私です」
「ロザリン?」
「あ、円さん私はこっちですよー」
「え? えっ、武装がないとそんなに不安? でも武装してると犯人来ないし」
「そうだな」
「あれ? 今のはソフィアくんで合ってる?」
「3人とも面白いね!」
やり取りを見ていた美羽が笑いを堪えきれず吹き出した。
「あ! これいいんじゃないかな!?」
美羽がドレスを持ち上げてみせる。
モノトーンでゴシック調にまとめられてはいるが、レースが多く上品さと華やかさも兼ね備えていた。
「これは似合いそうだね!」
「でも、鉄が付いていませんよ?」
「ロザリン!?」
念のためドレスを購入すると、4人はガヤガヤと帰りはじめた。