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【第三話】始動! 迅竜

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【第三話】始動! 迅竜

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同時刻 禽竜 コクピット内

「行くぞ――お前の相手は俺たちがする」
 歴戦の軍人らしい落ち着き払った声で鉄心が言うと、阿吽の呼吸でティーが操縦桿を倒す。
 急角度で倒された操縦桿は、禽竜の各部へと機動の信号を伝え、機体や推進機構の向きを上方へと修正。
 更にティーは操縦桿を倒しながら、ブーストを起動する為にペダルも踏み込んでいた。
 機体と推進機構が上方向を向いた瞬間、絶妙のタイミングでブースターが点火。
 内燃機関へと叩き込まれた大気とジェット燃料が発火し、文字通りの意味で爆発的な推進力が一瞬にして生み出される。
 爆発的な推進力によって上方向に押し出された禽竜は、あたかも吹っ飛ばされたように高高度へと上昇していく。
「うう……」
 普通の機体でやっても強烈なGがかかる急加速、それをパイロットのことなど設計段階で度外視していそうな禽竜の殺人的加速力でやったのだ。
 そのGたるや筆舌に尽くしがたく、まさに殺人的。
 自ら操縦桿を倒す以上、ある程度は予想していたティーだったが、その強烈過ぎるGに苦しげな表情を浮かべている。
 心の準備ができていたとはいえ、いざその瞬間に突入してみれば身体が勝手に反応していた。
 既に彼女の身体は強烈なGに驚き、悲鳴を上げている。
 いかに彼女の心が理性というツールで落ち着かせようとしても、身体の方は痛みというエラーメッセージを大洪水のように脳に送り続ける。
「ティー……!」
 咄嗟にティーを気遣う鉄心も似たような状況だった。
 急加速によって“フリューゲル”を引き離すことはできたが、そのせいで機体はともかくパイロットは重傷だ。
 これでは本末転倒のような気もするが、ぼやいてなどいられない。
 既に“フリューゲル”はこちらの急加速に反応し、自身も急加速をかけてこちらへの追従を開始しているのだ。
 追い付かれるまいと、ティーは涙目になりながら操縦桿を再び倒すと同時にブーストペダルを踏み込む。
 それにより今度は斜め前方へと急加速する禽竜。
 そして当然ながらパイロットの二人も更なる殺人的Gに苛まれる。
 二人とも肉体強化に加えて、自動回復手段を複数用意していた。
 ――壊れていくのは仕方ないなら、少しでも長く戦えるように……という趣旨ゆえの準備だ。
 だが、その結果として、二人は癒える端からまたぼろぼろになるというセルフ拷問状態だった。
 ティーの負担を少しでも相殺出来ればと考えた鉄心は、グラビティコントロールも用意していた。
 多少はGを軽減できたものの、いかんせん元G自体が高過ぎるせいで、禽竜のGが殺人的であることに何ら変わりはなかった。
 重力だけではなく、慣性によるダメージもかなりのものであったことも、パイロットへの負担を甚大なものにしている。
「ううう……」
 苦しげに呻くティーは、まるで何かに首を絞められているようだ。
 それでもティーは気力で意識を保ちながら操縦桿を四方八方へと傾け、ペダルを小刻みに踏み込んでいく。
 禽竜がこの蒼空を変幻自在かつ縦横無尽の軌道で飛び回っていることは、めまぐるしく切り替わるモニター内の風景を見れば明らかだ。
 そして、今の所アラートが沈黙を守っているあたり、“フリューゲル”に追い付かれてはいないのだろう。
 しかしながらそのせいで、鉄心とティーの意識はじょじょにブラックアウトへと近付きつつあった。
「鉄心……M61バルカンライフルの残弾……状況……は……?」
 消え入りそうな意識の中、歯を食いしばって途切れ途切れの声で問うティー。
「80%……以上だ。ただし……フルオートで掃射すればすぐにエンプティになる……気をつけろ」
 同じく途切れ途切れの声で、鉄心も必死に答える。
 震えながら小さく頷くと、ティーは機体を回頭させた。
 180度ターンして“フリューゲル”に向き直った禽竜は抱えていたM61バルカンライフルの銃口を“フリューゲル”へと向ける。
 コクピット内のモニターに映る“フリューゲル”の姿とロックオンサイトが重なった瞬間、ティーは操縦桿のトリガーを引いた。
 小刻みな指さばきで、三点射機能の搭載されていないバルカンライフルをセルフで三点射するティー。
 弾薬を節約して長期間戦闘する為の作戦だ。
 機体特性的に長期戦は不利と思うものの、鉄心とティーは敢えて長時間戦闘を想定していた。
 三点射を繰り返すも、“フリューゲル”は紙一重でそれをかわしていく。
 敵もやられるままにするつもりはないようだ。
 背部の飛行ユニットから大量のエネルギーを噴射して空中で強引に姿勢を変えると、腰部に懸架してあったプラズマライフルを手に取る。
 直後、プラズマライフルの銃口から光の奔流が溢れ出した。
 アラートが鳴るよりも早く、ティーは操縦桿を倒してペダルを踏み込んだ。
 一瞬遅れて光の奔流が通り抜け、それから更に一瞬遅れてアラート音が鳴り響く。
 もし、ティーの反応が一瞬遅れていたら、今頃禽竜は直撃をくらっていたかもしれない。
 ほっとする暇も挟まず、ティーは小刻みな指さばきでのセルフ三点射による応射を再開する。
 時折、“フリューゲル”からのプラズマライフルを用いた応射を回避しつつ、射撃を続けるティー。
 どちらも紙一重で相手の射撃を避ける為、互いに決定打となる攻撃が入らないまま、時間だけが過ぎていく。
『随分とちょこまかしくれるじゃねえか。前の時はパソコン嬢ちゃんの機体と戦ってるのを見ただけだが、実際戦ってみるとかなり厄介な機体だぜ

 驚くべきことに、今度は“フリューゲル”から通信を入れてきたようだ。
 最初は驚いたものの、ティーはすぐに応答する。
「“鳥”さん……鳥は好きです。空を飛ぶのも好きだし……戦争じゃなければ、もっと良かったのに」
『藪から棒に何言ってんだよ? まぁいい、空を飛ぶのは俺も好きだ』
 その答えにどこか親近感にも似た不思議な感情を抱くティー。
「なら私たちは同じですね」
『へっ、同じなもんかよ。背負ってるもんから戦う理由までなにもかもが違い過ぎる――第一、テクニックが違い過ぎらぁ』
 するとティーは自信ありげに答える。
「こう見えても、私もヴァルキリーですから……空は私の領域ですうさ」
 その瞬間、通信機の向こうで確かに“鳥”が首を傾げたのが伝わって来た。
『うさ……?』
「……失礼しました。つい癖で……」
 すると今度は、困ったように――それこそ苦笑したように息を吐いたのが伝わって来る。
『ったく、妙な姉ちゃんだ』
 その声を聞いた瞬間、ティーは違和感のようなものを覚えた。
「どうして……あなたのような人がそんな狂ったことをしているんですか……?」
 問いかけるティー。
 対する“鳥”の答えは微塵の迷いもなかった。
『狂ったこと、か……それはお前等が自分達の視点から決め付けた勝手な事実じゃねえか。少なくとも俺たちはマトモだ――お前等九校連の狂人どもよりは遥かにな!』
 そう言われてティーも感情的に言葉を返す。
「負ければ自爆させるような人たちがマトモだなんて、おかしいです!」
『――おかしい、か。どうやらこのまま話し続けても俺たちは平行線みたいだ。だったら、こうするしかねぇのさ。あばよ、うさぎ姉ちゃん』
 ほんの少しだけ、名残惜しそうな響きがした。
 ティーがそんな風に思った直後、通信は終了され、代わってプラズマライフルの光条が禽竜に迫って来る。
 咄嗟にそれを回避する禽竜。
 回避完了直後、素早くバルカンライフルを構え直し、禽竜は応射を再開する。
 PiPiPi!
 何度目かの応射の後、アラート音がコクピットに鳴り響く。
「どう……したの……?」
 ティーが苦しげに声を漏らすと、同じく苦しげに鉄心が答える。
「バルカンライフルの……残弾状況が……5%を……切った。それに……俺たちのことも考えれば……これ以上……長期戦に持ち込むのは……分が悪い……」
 すると、絶妙のタイミングで“フリューゲル”から通信が入る。
『動きが目に見えて鈍くなってきたが……そうとう無理がきてるみてえだな。なら――もう勝負を続けるまでもねえ』
 そう告げると、“フリューゲル”は180度回頭。
 背部の飛行ユニットからフルブーストでエネルギーを噴射し、最大加速へと入った――。