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リアクション
「……二人から貰った夢札を使ってみたけど」
蒼空学園の図書室にいるオデット・オディール(おでっと・おでぃーる)は大量の本が詰まった棚を見上げたりと周囲を確認していた。読書好きらしい夢である。
オデットの背後から
「……ここは学校の図書室みたいね」
フランソワ・ショパン(ふらんそわ・しょぱん)が現れた。
「……ねぇ、フラン」
オデットは現れたフランににんまりと笑ってみせる。
「……だめよ、オデット。他の夢を見て回りたいと言うんでしょう」
フランソワはオデットが何を考えているのかいち早く察し、困った顔をする。
「もう、フラン、明晰夢みたいでわくわくしない? しかも他の人の夢にまでお邪魔できるなんて初めてだよ♪」
くるりと心配性のフランソワに振り返った笑顔のオデットは手にした羽根ペン【THE WORD】で宙をなぞる。綴られた光の文字はオデットの好奇心を表現するかのようにきらきらと踊っている。
「……明晰夢、ねぇ」
フランソワは踊る光の文字を見ながら肩をすくめるしかなった。
「フラン、行くよ。旅は始まったばかりなんだから」
「オデット、夢の中だからってあんまり無理しちゃだめよ」
フランソワは【THE WORD】片手に元気に歩き出すオデットを慌てて追いかけた。
「んー、いい風。それにしてもさっきから見た事のある場所ばっかり飛んでいるみたいだねぇ。空はさすが夢だけど」
夢札を使った天野 木枯(あまの・こがらし)は鳥のように自由気ままに空を飛んでいた。地上に広がる景色はどれもこれも見覚えのある場所ばかり。ただ飛んでいる空はとても賑やかである。朝昼夜、春夏秋冬ばらばらで夜に関わらず美しい虹が架かったり、昼というのに流れ星が駆け、朝の空にオーロラがはためく。夢だからこそ有り得る現象。
「ん〜、一年を振り返るにはいいけど、せっかくだから他の場所にも行ってみたいなぁ、友達と一緒に」
楽しい夢も一人だと少しだけつまらない。やはり楽しい事は誰かと共有してこそだと木枯は考える。
「……そう言えば、稲穂が見当たらないけど別の夢を見ているのかなぁ」
木枯は一緒に夢札を使った天野 稲穂(あまの・いなほ)の姿が見当たらない事に気付いた。夢だから仕方が無いとはいえつまらない。
縦横無尽にのんびり空を飛んだ末、一番思い入れがある場所に出会った。
「……ん、あぁ、懐かしい場所だねぇ」
木枯は思わず言葉を洩らし、淡い提灯の光と賑やかな祭り囃子に満ちる地上に舞い降り、今に続く出会いの場所へと歩いて向かった。
高層建造物などが一切無く田んぼばかりが続く平和な田舎町の夜。
いつもは静かな夜も祭りの日ばかりは賑やか。
提灯の光が道を照らし、祭り囃子が夜の心細さをかき消し、食欲をそそる賑やかな夜店が建ち並ぶ。
そんな賑やかな祭りの中、
「……この夢になるんですね」
稲穂が独り。周囲には祭りを楽しむ人で溢れているが、誰も彼も輪郭が少し見えるだけで消えたり現れたりおぼろな存在。誰も稲穂とぶつかる者も声をかける者もいない。一人ではないのに独りの夢。
「……でも今はあの頃と違います……寂しくなんかありません」
消えゆく人々を見つめる稲穂の目には寂しさも悲しさもなかった。今は違う。一緒に歩いてくれる人がいる。
「……」
稲穂は迷いのない足取りで向かった。自分の運命を変えた場所、幽霊だった自分を救ってくれた人、木枯に初めて出会った場所へ。
町が見下ろせる丘の上。
あの時のようにぼんやりと町を見下ろしている稲穂。
しばらくしてよく知る人物が歩いて来た。
「こんばんは、稲穂」
空からこの場所を発見した木枯だった。
「こんばんは、木枯さん」
稲穂も挨拶を返す。木枯が自分が作り出した存在ではない事は一目で分かった。
二人はしばらく町を見下ろしていた。結局、二人は同じ夢を見ていた。それぐらい互いの事を大切に思っているのだろう。
「行こうか、稲穂」
「はい、木枯さん……誰かいますよ」
しんみりするのは終わりにして歩き出そうとした時、稲穂が空を飛ぶ二人を指さす。
「あ、オデットさん達だねぇ」
稲穂が指し示す方に目を向けた木枯は飛ぶ二人が誰かを知り、来るのを待った。
「……オデット、危ないから地面を歩きましょうよ」
オデットの保護者フランソワはオデットが落下などしないかと心配の様子。
「フラン、大丈夫だよ。ここは夢の中なんだから。あ、木枯さん達!」
保護対象のオデットは夢の中だと言って恐怖など皆無で発見した友人達の所へ急ぐ。フランソワよりよっぽど肝が据わっている。
「オデットさん達も夢札を使ったんですね」
稲穂が真っ先に着地したオデット達に声をかけた。
「そうだよ。色んな人の夢を渡りたくて」
オデットは笑顔で答えた。
「私達も旅を始めようとしたところだよ。ねぇ、一緒に行こうよ。人が多い方が楽しくなるよ」
「いいよ。ね、フラン?」
木枯の申し出に即答したオデットは後ろにいるフランソワに振り返った。
「……そうねぇ。とても賑やかになりそうね」
とフランソワ。
オデット達と木枯達は一緒に夢の旅に出発した。
「……初夢か、やはりここは定番に一、富士 二、鷹 三、なすびだな」
双子から夢札を貰った夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)はこれから見る夢について考えていた。
「今回は珍しく信頼性の高い保証もある。ま、夢だ、気楽に使ってみるか。だが、出来れば良い初夢が見られればいいが」
甚五郎は夢札の裏書きを確認してから使用した。双子の騒ぎに何度も巻き込まれているため保証が付くような物を作った今回を珍しく思っていた。
「ほう、これがわしの夢か」
甚五郎は、どこかの断崖絶壁にただ一人仁王立ちで腕を組んでいた。
荒々しい波が轟音を立てながら甚五郎が立つ岸壁に何度もぶつかる。
「なかなかの富士だな」
勇壮な富士が荒波の向こうにそそり立っていた。
「一、富士とくれば」
甚五郎は空を見上げた。
鳴き声と共につがいと思われる二羽の鷹が優美に空を舞い、二羽は共に丸々と太ったなすびを掴んでいた。
「二、鷹に三、なすび」
初夢定番が全て揃った。
「うむ、こいつは縁起がいいな。あの二人もたまには良い事をする」
甚五郎は自分の夢に満足し、双子に対しても今回ばかりは良い顔をしていた。
突然、
「……海が静かになったな」
あれほど荒れていた波が一様に沈黙し、先ほどまで優美に舞っていたつがいの鷹が富士に向かって飛び始めた。二羽を包み込むようにゆっくりと空に鮮やかな朱が広がり始め、暖かな光が海を照らし輝かせる。
「……まさか、夢の中で初日の出を迎えるとはな」
甚五郎はまぶしそうに目を細めながら日の出の向こうに消えていく二羽の鷹を見送っていた。
「……今年も良い年になりそうだ」
甚五郎は景気の良い風景を眺めながら声を上げていた。
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