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リアクション
「……あの双子の夢札を使ったけど」
双子から夢札を貰った九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)に自分の分を渡され、仕方無く使った斑目 カンナ(まだらめ・かんな)は周囲を見回し、自分の居場所を確認する。双子を知るカンナはあらゆる不測を想定していたのだが、今いるのは割と広い清潔感のあるキッチン。平和そのもの。どこにも危険は無い。
「あたしの夢ではなさそうだ。ここは……」
確認後、カンナは雰囲気から自分の夢でない事を察すると同時に夢の主を知るが、つぶやきは突然現れた人物によって遮断された。
「あぁ、家政婦さん、今日の朝食は作らなくていい」
無表情の男性がキッチンに現れ、カンナに声をかけたのだ。
「……今日は土曜日だ。娘を起こして来てくれ」
カンナが言葉を発する前に男性、九条 謙(くじょう・ゆずる)はカンナをキッチンから追い出し、何やら料理を始め出した。
「はい、分かりました。旦那様」
カンナは家政婦らしく丁寧に答え、九条家のお嬢様の部屋に向かった。
ローズの部屋に向かう道々。
「……ここではあたしは九条家の家政婦か。そして、さっきの人がロゼの父親。さてローズお嬢様を起こしに行くか」
カンナは知り得た設定を整理し、家政婦として最初の仕事に精を出す事にした。
広い室内。
「……ここは」
ローズはぼんやりと天井を見つめた後、視線を横に向けた。机、本棚など見覚えのある家具が次々と目に入っていく。
「楽しい夢が見られるお札と思ってあの二人から貰ったけど」
夢札について少々勘違いしているローズはゆっくりとベッドから上半身を起こした。どう見てもここは自分の実家。良い思い出よりも寂しい思い出の方が多い場所。ローズの表情が少し切なげになってしまう。
「ローズお嬢様、お目覚めでしょうか。失礼しますよ」
聞き覚えのある声がローズの耳に入って来た。
やっぱりローズの予想通り入って来たのは、
「カンナ。どうして」
パートナーであるカンナ。その事に少し驚くローズ。
「ロゼの夢に干渉したようでどうやらここでは家政婦らしい。今日は土曜日でロゼの父親に起こして来るように頼まれた」
カンナは手短に自分の状況と最初の仕事についても話した。
「……お父さんに……今日は土曜日」
ぼんやりとつぶやいた後、ふとサイドテーブルに置いてあるカレンダー付き目覚まし時計が目に入った。やはり曜日は土曜日。とある会社の専務の父親の休日は土日。今日がその日。それだけではない。
「……朝ご飯」
土日は父親が朝食を作る日。お手伝いさんがいるにも関わらず。その行為が父親にとってただ料理をするだけではない事もローズは知っている。それを知ったのは父親が二年前に死んで時間が経っての事だったが。
「ロゼ?」
時計を持ったまましんみりと思い耽るローズに言葉をかけるカンナ。
「……まさかお父さんの夢を見るとは思わなくて」
ローズは締め切ったカーテンの隙間から漏れる朝日に目をやりながら言った。
どこをどう見ても見覚えのある風景。譲と過ごした時代そのまま。
「……今頃、大味の料理を作ってるはず。子供の頃からそうだったから。作ったご飯は必ず私と一緒に食べて子供だった私はいつも無表情のまま出来を聞いて来るお父さんに苦笑いばかりしてた……でもお父さんと全く喋らなくなってからは……」
ローズは少し懐かしさと気まずさを含みながら話しを続ける。譲の料理は大味でとても上手とは言えず、幼い頃は正直で何も言わずに苦笑いをしていた。それでも全部平らげてはいたが、その時間は長くは続かなかった。無口で厳格な性格で仕事ばかりの譲にローズが寂しさを覚えるのは当然の事ですぐだった。父娘の関係がギクシャクする事は。ローズは譲がご飯を作っても食べなかったり出来る前に家を出たりと譲に尖った態度で接していた。
「……大切なものは大概自分の手から無くなってから気付くものだね」
ローズはふぅと息を吐きながら言葉を洩らした。譲が仕事に一生懸命だったのはローズに不自由な思いをさせないため。ローズを出産した際に亡くなった母親の分も含まれていたのかもしれない。譲が自分を誰よりも大切にしている事は彼の手紙や死者と会えるお盆祭りで本人と再会した事で知った。何もかも亡くなってから。
「……分かる。あたしも家族とはコミュニケーションがとれてなかったから」
とカンナ。医者の家に生まれ、自分の希望に関係無く将来を決められる事に嫌気がさし家出をして今に至るのだ。そんな家庭環境で楽しい家族の団らんなどあるはずがない。
「……今考えたら、言葉にしない代わりにいつも行動で見せてくれてた。ただ私が気付かなかっただけで」
ローズはその言葉を最後に黙ってしまう。もはや勘違いした夢札どころではない。
「……美味しいと伝えたらどうだ? そのためにこの夢を見たんだろう」
カンナがローズが少しでも行動を起こす力となればと言葉をかける。
「……そうだね。たぶん、そのはず」
ローズはこくりとうなずき、手に持っていた目覚まし時計を元に戻し、ベッドから出た。
「……それじゃ、旦那様にお伝えてしておきますね。お嬢様はご支度が調い次第食事の席に着くと」
カンナは再び家政婦モードになり、部屋を出て行った。
ローズはゆっくりと懐かしい室内を見回してから動いた。
キッチン。
「……旦那様、ローズお嬢様はご支度が調い次第こちらに来るそうです。お手伝い致しますね」
カンナは朝食を完成させ食卓に運ぼうとしている譲に声をかけた。
「そうか。では運んでくれ」
譲は運ぼうとする手を止め、カンナに任せて席に着いた。
しばらくしてローズが現れた。当然表情は弾けたものではない。
「……」
譲の気持ちを知っても長年の不仲のせいか挨拶も出来ぬままローズは見知った無表情の前に座った。
静かな朝食の時間が流れる。カンナは家政婦らしく立って父娘の様子を見守っている。
「……」
譲の料理を口に運ぶローズ。やはり夢の中でも大味の譲の料理。感想が口から出るよりも懐かしさが心を占める方が早かった。もうこの味は思い出の中だけのもの。
そんな感慨に浸っているローズに謙は
「……美味いか?」
無表情に味を訊ねる。
「……美味しいよ」
ローズはわずかに顔上げ、感想を口にした。懐かしさのため反応は遅かったが。
「……そうか」
一言だけの譲。その口元がわずかに綻んだようにローズには見えた。
しかし、このやり取りが終わると再び沈黙の朝食時間に戻る。
「……」
ローズはゆっくりと手を進めながら黙々と食事をする譲の姿を見る。朝食を作る事が彼にとってどんな意味を持つのか知ったローズが。
娘のために身を粉にして働き、少しでも娘と過ごせる時間をと土日は必ず朝食を一緒に食べようとしていた事、性格のため素直な気持ちを言葉にするのが苦手な譲の愛情表現が朝食を作る事だったと。
そんな様々な思いが心を満たした結果、
「…………ありがとう」
自然とローズの口から感謝の言葉が洩れた。
「……あぁ」
譲は朝食に対する事だと思っているため食事の手を止める事なくいつもの無愛想でローズに答えた。
「……」
ローズはしばらく食事をする父親を見ていたが、すぐに食事に戻った。
「……ロゼ、良かったな……今回だけはあの双子に感謝だな」
父娘を見守るカンナは小さく言葉を洩らしながら自分はもう母親のご飯を食べられないんだなとしんみりしていた。ただこの時代に来た事は後悔はしてはいないのだが。
静かだが温かな父娘と時々家政婦さんの朝食は続いていた。
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