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されど略奪者は罪を重ねる

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されど略奪者は罪を重ねる

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 神速で振るわれた剣が裕輝の頭上を通過した。
 風を切る音が耳元に届き、恐怖により皮膚が粟立ちそうになった。懐に潜り込み、裕輝は鳩尾に肘打ち。
 しかし、その攻撃は胴体に触れる前に手で掴まれた。
 胸に衝撃。中段蹴りが心臓に叩き込まれ、一瞬呼吸が止まる。裕輝はバック転でその場を大きく飛び退いた。

「甘ぇよ、武道家」

 ウィルコは追撃しようとするが、足を一歩前に踏み出し、何かに感づいてすぐさま後ろに跳躍した。
 転瞬、先刻までいた場所が爆発したように土煙が立ち上がる。少し離れた場所からセレンフィリティの援護射撃だった。

「ちっ、お前はまだ戦う気かよ」
「セレアナの仇、とらせてもらうわ」
「……この馬鹿が」

 ウィルコは一瞬だけ目を伏せ、セレンフィリティを睨みつけた。
 短剣を逆手に持ち替え、腕を前に出す。視線の高さまで上げられた刃はギラリと輝いた。

「いいぜ、かかってこいよ」

 銃声と共に飛来する銃弾を、ウィルコは射撃手を嘲笑うかのように快音と共に撃墜。
 左手で袖手して短剣を抜き取り、水平に腕を振るい投擲。弾丸の如き速度で飛翔。
 セレンフィリティは横に飛び、それを回避。ミラージュで大量の幻影を発生させ、ウィルコに襲い掛からせる。

「そんなもん通用するワケねーだろうが」

 刹那で両手の指と指の間に多くの短剣を挟み、両腕を頭上で交差させる。
 そして、振り下ろすと同時に放たれた短剣が大量の幻影を一斉に消滅させた。

「だから、無視すんなっつってんやろ!」

 その僅かな隙を狙い、裕輝が間合いを詰めた。
 シッと短く息を吐き、ねじるような円運動をかけて絶流拳を繰り出す。
 
「ちっ……!」

 共に神速で振るわれた剣と拳が打ち合わされる。
 衝撃波で地面の埃が巻き上げられ、両者互いに靴を激しく擦りながらノックバック。
 先に硬直が解けたのはウィルコだった。
 間髪居れずに近づき、刀身が視認不可能な神速の突きを放つ。
 裕輝は自身の恐怖心の赴くまま行動。恐怖とは人体の危機察知センサー。それを己のモノとし、一手先の攻撃という危機を即座に察知。
 刺突を回避して、裕輝は脇を挟み込むように腕をロック。

「捕まえたでッ!」

 腰を落とし、ウィルコの足を払い柔道の投げ技、はね腰に似た体勢に持ち込む。
 だが敵も然るもの。一瞬にして力技で腕のロックを外し逃れるや、裕輝の背を蹴り跳躍する。強引に引き抜かれた剣が裕輝の脇を浅く裂く。一飛びで五メートル近く飛翔する矮躯(わいく)に目を疑う。
 彼が見定めた落下位置を予測し、裕輝は叫んだ。

「上や、セレンフィリティ!」
「分かってるわ!」

 セレンフィリティは両手の銃を真上に向け、同時に引き金を引いた。銃口炎を撒き散らし、強烈な反動が両腕を蹴り上げる。
 ウィルコは目にも留まらぬ速度で刃を振るい、短剣で弾く。
 そのまま急速落下し――重力を乗せた必殺の刃が彼女の虚像を通り抜けた。

「面倒くせぇ、実践的錯覚か」

 ウィルコは反対の手で地面を掴み、流れるように方向転換。
 視線の先ではセレンフィリティが銃口を向けている。銃撃と判断して体勢を立て直す。
 だが、彼女は引き金を引くことをせず――彼の前に瞬間移動(ポイントシフト)。
 虚を突かれているうちに、セレンフィリティは二丁拳銃の銃身を振りかぶる。
 だが、数多の修羅場を潜り抜けてきたウィルコは自然と体が反応して、空いた五指で彼女の顔面を掴んだ。

「失ってろ……ッ!」

 奪う能力を発動。セレンフィリティの視覚が黒く染まる。
 しかし、彼女は微塵も動揺せず、逆に口元を緩めた。
 ウィルコが目を見開いた。
 彼女が叫ぶ。

「あんたがそれを使うのは分かっていたのよ!」

 切り札とは奥の手だ。つまり、追い詰められたときに使う可能性が高い。
 セレンフィリティは押し負けないよう踏ん張り、咆哮を上げながら、大型拳銃の重みを利用した殴打を頭に叩き込んだ。
 遮光眼鏡が壊れて、脳みそが派手に揺れた。
 地面に顔を打ちつけたところで、ウィルコは意識がとびそうになる。
 視界がぐるぐると回る。頭が割れそうに痛む。吐き気がする。
 油断した。
 晒された青い瞳で、セレンフィリティを見上げた。
 彼女は二丁拳銃をホルスターに納め、目が見えないはずなのに掌を正確にウィルコに向けていた。

「空間認識能力を高めておいたおかげで、あんたの位置は手にとるように分かるのよ……!」

 そしてセレンフィリティは重力のベクトルを操作する。
 だがその行動は、不意に飛んできた無数の武器によって中断させられた。

「申し訳ありませんが、邪魔立てさせて頂きますよ」

 それはファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)による路地裏の奥からの攻撃だった。
 セレンフィリティは咄嗟に二丁拳銃をドロウ。ファンドラに両腕を伸ばすが、彼女の警戒網を一瞬ですり抜けた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が背後に出現。

「依頼主からの要望なのでな」

 刹那はゆるりとした服の袖から種々雑多の毒虫を飛び出させる。
 筋肉が硬直しているセレンフィリティは避けられない。歯を食いしばる。

「ほんまは触るんも嫌なんやけど!」

 半ばやけくそに近い声と共に、数多の虫が裕輝によって払われた。
 間髪入れずに、刹那はしびれ粉を撒き散らす。空中に散布された毒粉を見て、裕輝は息を止めて拳を急速直下。
 コンクリが砕け、土煙が舞い上がる。同じように毒粉が上がり、裕輝は止めていた息を吐き出した。
 その隙に、刹那はウィルコを立ち上がらせる。

「誰だ、お前らは?」
「雇われの暗殺者じゃよ。危険な相手なのでそれを補佐するように言われてのう」
「……ちっ、ダオレンの野郎」

 ウィルコは呼吸を整えるために長い息を吐いた。
 目眩と吐き気が納まる。頭の奥は少しズキズキするが、これなら許容範囲だろう。

「落ち着いたかのう?」
「ああ、悪いな」
「よし、なら報告させてもらうぞ。
 金元なななが狙われていることに気づき始めた。逃げられるやもしれん」
「そうか、急ぐぞ。そいつらは……放っておけ」
「うむ」

 短く会話し、二人はその場を離れだす。
 勿論、裕輝とセレンフィリティは二人を追おうとするが、ファンドラが立ち塞がった。

「そう簡単には行かせません」

 角らしき刃が特徴的な槍を構え、ファンドラは腰を深く落とした。
 二人は焦る。ウィルコと刹那の二人は速い。数分経てば、見失い追うことは不可能になるだろう。
 だが、ファンドラはまるで二人の思考を呼んでいるかのように小さく笑い、答えた。

「私ではあの二人についていけませんからね。
 戦力的には負けることは承知ですが……数分ぐらい粘らせていただきますよ」

 言葉の終わりと共に刃に電撃を帯びさせ、ファンドラは二人に槍撃を放った。