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リアクション
フィロ姉弟の部屋では、デメテールがグロリアーナを押していた。
得物の大小、機動力の差。狭い室内においてはデメテールのほうが圧倒的に有利だったのだ。
「ふっふーん。自宅警備なら、いつもやってるから得意なんだよねー」
四方八方から攻めてくるナイフの斬撃を、グロリアーナは受太刀でかわし続けるが、それも時間の問題のように思える。
それを傍目で見つつ、エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)は迷っていた。
(どうしましょうか。これでは、あの作戦が……)
エシクはパートナーたちとある作戦を立てていたが、その要でもある連絡をEMP発生装置のせいでとれなかった。
意思疎通が出来なければ作戦を成功させることは出来ない。
しかし、グロリアーナはデメテールに押されていく。
時間に余裕はない。
エシクは思考を限界まで回転させ、他に方法がないことに気づき、覚悟を決めた。
「失礼します!」
エシクは光条兵器を顕現させ、ベッドの周りに切込みを走らせる。
出来るだけ、階下の上杉 菊(うえすぎ・きく)に傷が分かるようにはっきりと。
ベッドを囲むように四角の傷を入れ終わると、数十秒の時間を待ってからアウタナの戦輪を取り出した。
窓ガラスに投擲。
寸分の狂いもなくガラスを粉々に粉砕した戦輪を、サイコキネシスで制御。ビルの壁伝いに上昇させた。
それは、咄嗟の機転による合図だ。
「カーター! シエロを守れ!!」
エシクの大声を受けて、カーターは和輝との戦いを切り上げた。
後方に飛び退きシエロのもとへ向かう。
追い打ちに火を噴いた和輝の二挺拳銃のうち一発が、後退していたカーターの左腕を捉えた。
「あぐっ」
弾丸が直撃した腕が筋反射で左上に跳ね上がる。
だが、カーターは痛みを無視して、シエロを抱きしめるように保護した。
次の瞬間――床をぶち抜く爆発。
エシクが生じさせた傷に沿い、小規模の爆発が床を四角く切り取らせた。
それは作戦の第一段階。
シエロを部屋から引き離すため、下階の菊が仕掛けた調整済みの機晶爆弾でベッドごと保護する荒っぽい計画だ。
「あ、あわわ……!」
「大丈夫です。初対面で言うのなんですが、私たちを信用してください」
ベッドごと落ちる二人は、菊が用意した緩衝材が衝撃を吸収し、どうにか着地。
大きな音をたて、埃が舞い上がる。カーターが下になったお陰で、シエロは無傷で済んだ。
菊が大声で伝える。
「シエロの保護に成功しました!」
エシクはそれを耳にすると、周りに伝えるために叫んだ。
「死にたくなければ壁に跳べ!」
――――――――――
時間は少し遡る。
「作戦の第一段階成功」
廃ビルからは少し離れたとある建物。
双眼鏡でフィロ姉弟の部屋を観察していた観測手は淡々と言葉を吐いた。
「距離、八百メートル。風向、東。風速、三メートル。照準を二クリック左へ修正してください」
「了解したわ」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は狙撃銃型の光条兵器のカバーを外した。
スコープを覗き、観測手に言われた通りに照準を調整し、引き金に指をかける。
手ブレを無くすために息を止め、タイミングを計るために指でノックを二回。
そして、室内の契約者が壁の近くに移動した瞬間。
(……今だっ)
ローザマリアは引き金を引いた。
爆発するような轟音と共に弾丸が空を裂く。
遠距離狙撃では考えられないことに、ローザマリアはフルオート射撃を行っていた。
大人でも耐えきれない反動を無理やり受け流し、吐き出された十二発の弾丸の行方をスコープ越しに確認する。
無数の弾丸は吸い込まれるようにフィロ姉弟の部屋に入っていった。
―――――――――――
ローザマリアが放った弾丸は、デメテールと和輝を負傷させた。
腕、足、腹部……と裂傷が走り、どくどくと流れる血は非常に痛々しい。
(不味いな。これでは……)
分が悪いと判断した和輝は、ベランダに隠れていたアニスとリモンに目で合図した。
そして逃げようとする前に――ダオレンからテレパシーが送られてくる。
(「あーあー、ちょっといいかな?」)
(「……なんでしょう?」)
(「悪いけど、そのビルは直にサリンガスで満たされるからね。逃げるのなら早く逃げなよ。他の皆にも通達よろしく」)
抗議の声を送る前に、ダオレンとのテレパシーは切れた。
一方的な通信。
和輝は苛立たしげに舌打ちし、隠れているアニスをひょいっと掲げ、傷だらけのデメテールも抱えた。
「な、なにすんのさー!?」
「オリュンポスに恩を売るのも悪くはないからな。助けさせてもらうぞ」
そしてポイントシフトで逃げる直前、壁の傍に避難していた契約者に言う。
それは、意図せずともアニスを危険に晒したダオレンへの腹立ちのためだった。
「お前らも死にたくないならすぐ逃げろ。
ダオレンの奴がサリンガスを発生させた。あと数分でビルに充満するらしい」
その言葉を最後に、和輝とアニスとリモンの三人は姿を消した。
一人残されたリモンは大げさに肩をすくめる。
「やれやれ、私は置いてけぼりか」
リモンはそう言うと、壊れた窓の桟に足をかける。
廃ビルから脱出する直前に、何かを思い出したように振り返った。
美しい唇を開く。
「そうだ、君たちに教えてあげよう。
シエロの診察結果だが……その病気は治らないよ、恐らくね。完全に治す方法などこの世に存在はしない」
そして、リモンは窓から飛び降りる。
突然の展開に呆気をとられていた契約者たちは我に返り、ビルからの脱出を試み始めた。