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リアクション
第八章
廃ビル敷地外。
コンクリートの高い壁をひょいっと乗り越え、敷地の外に逃げたダオレンは廃ビルを振り返った。
視線の先では、契約者たちが続々と脱出を試みている。
ダオレンは口元をほころばせ、再び正面を向き歩き出した。
(これなら大丈夫そうだ。あと少しでもすれば、ウィルコに僕の情報が届くだろう)
ダオレンはくつくつと笑った。
彼の今日の目的は、自分の目的やシエロの病気について話し、適当なところで逃げることだった。
相手が予想以上のやり手だったせいで思った以上に手こずったが、事前のシナリオ通り事を運べた。
(さて、あとはウィルコのもとに向かうだけか)
ダオレンは歩く速度を上げる。
初めは自分の口から話すことも考えていたが、それではウィルコは怒り狂って自分を殺すだろう、と思い止めたのだ。
それでは面白くないから。欲求が満たされないから。
ダオレンは彼が己の愚かさに気づき嘆く姿が見たいのだ。殺されてしまってはそれを見ることが出来ない。
「やっぱり物語のラストは生(ライブ)で見ないとね」
そして、黒幕は姿を消してしまう。
最高だ。最高のシナリオだ。
目を閉じるだけでウィルコが悔しがる様も、絶望に心が壊される様も想像出来る。
ダオレンが心をうきうきさせながら進んでいると、背後から声を投げかけられた。
「待ってもらおうか」
言葉が聞こえるのと共に、迫る刃のような触手。
ダオレンは飛び退いてそれを避け、振り返った。
声の主はイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)だ。
「へんてこな生物だなぁ。君も僕を捕まえに来たクチかい?」
「いいや、我などただの小物。貴様を捕まえるなどという不相応な目的は持っていない」
「ふーん。じゃあ僕に関わらないでよ。せっかくいいところなんだから」
ダオレンは苛立たしげに舌打ちをした。
イングラハムは笑い―といっても笑顔なのかどうかは本人以外分からないが―言い放つ。
「いいや、そういうわけにもいかんさ。貴様を足止めするという命令を受けているのでな」
「足止め?」
「ああ。こう雰囲気が重いと我には苦しいのだよ。そろそろ終わりにさせてくれ」
ダオレンが首をかしげると、不意に背後から声が聞こえた。
「撃ちぬけ」
ダオレンが振り返るのと、両足が狙撃されたのは、ほぼ同時だった。
ぐらり、と体が崩れる。
地面に両膝をつけたダオレンは、苦悶の表情を浮かべながら、顔をあげた。
「ここまでコケにされたのは久しぶりでありますよ」
そこに居たのは、彼を排除するために待ち構えていた吹雪だった。
ダオレンは予備スイッチを掲げるが、押すよりも先に、片腕ごと打ち抜かれる。壊れたスイッチと共に、肘から先が地面にべちゃりと落ちる。
激痛によって情けない苦鳴をあげ、ダオレンは地面を転がっていた。
『……狙撃完了。すぐ戻るわ。どうぞ』
「ありがとうございます。ただちに帰還してください」
吹雪は無線を切り、のたうち回るダオレンに言い放つ。
「敷地の外ならEMPの影響は受けないようでありますね」
カツカツと足音を響かせ、吹雪は地に伏せるダオレンに近づいた。
足で無事なほうの腕の手を踏み、見下ろしながら冷たい声で言った。
「これ以上、抵抗されるのも面倒ですので。念には念を」
無表情で刀を抜き取り、振り下ろす。
片腕が根元から断ち切られ、断面からぶしゅっと血が噴き出した。
「自分は眼鏡少尉ほど優しくありませんよ」
ダオレンは両腕を失い、足が動かない。
しかし、吹雪を見上げ、最後の悪あがきとばかり口にした。
「これは忠告だけどね……こんなことをしても、何にも、ならないよ」
ダオレンの顔に、また笑みが戻ってきた。
それは、他者を侮辱する笑み。今回の事件の関係者を侮辱する笑み。
「僕が捕まっても、死んでも、シエロの病気は治らない。
きっとウィルコは絶望するだろう。真実を知って、絶望するに違いない。
くく、残念だったね。この悲しく救いのない事件が解決することは……」
吹雪は無言でダオレンの頭を踏み抜いた。
鈍い痛みと共に地面に強く顔を打ち、口が切れて血を吐く。
「くっだらない戯言はそれで終わりですか?」
非情なその声を聞いて、ダオレンが愉快そうに笑った。
「くく、ハハッ、いいね。その残虐さ、君は僕と同じ匂いがする。
同族に捕まるなら悔いはないよ。アハ、アハハハハハハハハッ!」
壊れたように笑い続けるダオレンの頭を、吹雪はボールを蹴るようにキックした。
ダオレンは意識を失い、頭を地面に垂れる。
耳障りな声が無くなり満足した吹雪はダオレンを見下ろし、聞こえてないだろうと思いながらも言葉を吐き捨てた。
「簡単に死ねるとは思わないことです。あなたにはしかるべきところで、受けるべき罰を受けてもらいますから」