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されど略奪者は罪を重ねる

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されど略奪者は罪を重ねる

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 なななにウィルコが迫ってくる。
 ウィルコは両手に持った短剣を投擲。なななの心臓目掛けて飛翔。
 シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)が彼女の前に立ち、両手持ちの大剣の刀身でガードした。

「ななな、逃げろ! 早く!」
「で、でも、そんな事したらゼーさんは――」
「俺のことはどうでもいい! 早く逃げろっつってんだ!」

 普段とはうって変わり真剣な口調でそう言い放つシャウラに、なななは戸惑いつつも頷き、踵を返した。
 そして走り出そうとするが――彼女は足に鋭い痛みが走り、ぷつりと何かが切れる音がして、そのまま前のめりに倒れこんだ。
 片足に力が入らない。
 激痛の正体を探そうと振り返り、なななはアキレス腱が切れていることに気がついた。
 自分の影の踵骨(しょうこつ)に影縫いのクナイが刺さっている。

「……後は任せた」

 クナイを放った本人――今まで隠れて機を計っていた徹雄は、再び身を潜める。
 ウィルコは好機とばかり、シャウラの斬撃が届く前に勢い良く地面を蹴った。
 青年の頭上を軽々と飛び越える。
 そしてそのまま、倒れたなななに短剣を振り下ろす。
 しかし、シャウラが咄嗟に腕を伸ばし、掌を貫かれることでなななに刃を届かせなかった。

「……く、っそがぁぁ!」

 激痛に顔をゆがめるが、シャウラは咆哮をあげ反対の手で空中のウィルコを殴った。
 ウィルコは腕でブロックし、叩き落されながらも見事に着地。
 シャウラは掌に刺さった短剣を引き抜き、地面へと捨てた。
 ウィルコを睨む。

「お前が愛する人のために戦ってるのは分かったよ。
 けど、なななは渡せない。奪いたいなら俺の屍を超えていけ!」

 ウィルコは一瞬目を伏せ、右手の指の股に四本の短剣を挟んだ。
 そして、何も答えずに投擲。
 狙いはあくまでもななな。彼が剣で弾けないよう頭、心臓、肺、肝臓にバラつかせて放った。
 シャウラはそれを見て弾けないことを理解するやいな――体を割り込み、自らの肉体を盾にした。

「ゼーさん!」

 なななが叫び、シャウラが小さく微笑んだ。
 彼の体に短剣が刺さる。
 身長の違いからか全て急所には当たらなかったが、頭を狙った一投がシャウラの胸に突き刺さった。
 ウィルコの目が驚愕で見開かれる。
 ただの脅しだと思っていたが、彼は命を張ってなななを守ったのだった。

「……まない」

 ウィルコの呟きは、なななの絶叫によってかき消された。

「が、はっ……」

 シャウラは喀血し、膝を崩す。
 何かに祈るように路面に頭を垂れ下げると、血溜まりに自分の死相が映りこんでいた。
 手足が勝手にびくびくと痙攣する。
 闇が四方(よも)から迫り、とてつもない孤独が押し寄せてきた。
 なななが自分の体を懸命に揺すっている。瞳から滂沱の涙を流しながらシャウラに叫んでいる。なにを言っているのか聞こえない。
 と、その背後で泣いているかのような表情のウィルコが短剣を振り上げていた。
 なななは自分の身など顧みず、シャウラに向けて叫ぶ。

「     ッ!」

 聞こえない。なななの声が聞こえない。

「            ッ!」

 意識が闇の中に沈んでいく。瞼が重くて震える。
 嗚咽混じりのなななの声が、突然鼓膜に流し込まれたかのように響いた。

「死なないでよぉ、ゼーさん。目を開けて――お願いだからぁッ」

 ばくん、と心臓が跳ね、カッと眼を見開いた。
 意識を覚醒させるために天に向かって絶叫し、立ち上がる。下に溜まった血で滑りそうになり何歩かたたらを踏む。
 しこたま酔っ払ったみたいに遠近感が崩壊した世界。
 だが、驚いているウィルコの姿が見えた。
 激しい吐き気と頭痛。どうして立てるのかシャウラ自体不思議でならない。
 しかし、まだ手は動く、足が動く。生きている。

「おい、ウィルコ」

 呼びかけられ、ウィルコは思わず一歩後ずさった。
 シャウラはおぼつかない足取りで近づき、力も何もない拳を顔面に叩き込んだ。威力も何もない。
 けれど、ウィルコは投げ出されるように後ろへ倒れこんだ。
 手に持った短剣が宙を舞い、くるくると回転して地面に落ちた。

「お前には、愛する人がいるんだろ!」

 崩れたウィルコを見下ろし、シャウラは言い放った。

「なのに、なんでこんなことが出来るんだよッ。お前は、失う恐怖が分かってるはずだろうが!
 それだけ強いのに……何かを叶えられる力を持ってるのに……なんで、お前はそんなに馬鹿なんだよッ」

 ウィルコは顔をあげ、シャウラを睨んだ。
 その表情はもはや略奪者のものではない。

「たしかに俺は馬鹿だよ。どうしようもない、大馬鹿野郎のいくじなしだ!
 人を殺すことに嫌気が差して特殊部隊を辞めたくせに、姉さんを失う恐怖に勝つ勇気もなくて六人も殺した! ぜんぶ、俺のせいだ!」

 感情が剥き出しの声で、ウィルコは叫んだ。

「でもな、諦めるわけにはいかねーんだよ! 姉さんは幸せにならなくちゃいけねぇんだ!!」
「ふ、ざけんな……っ。笑わせんじゃねぇぞ、こんなことして愛する人が幸せになれると思ってるのかよ!」

 シャウラは奥歯を噛み締め、搾り出した声で言葉を続ける。

「そんなことで幸せになれるわけないッ。いい加減気づきやがれ、馬鹿、野郎……」

 その言葉を最後に、シャウラは電池が切れたように地面に崩れ落ちた。
 ウィルコは戸惑いつつ立ち上がり、立ち尽くした。どうすれば良いのか分からない、という様に。
 そんな彼の前に――突然、桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)が現れ、黒焔刀を振るった。
 反応が遅れたウィルコの胸が薄く切り裂かれる。
 煉はゾッとするほど冷たい声で、ウィルコに言い放った。

「……どんな理由があろうとも、あんたの行為は許されることじゃない」

 煉は真っ黒の刀身をウィルコに向けた。

「シャウラの言葉が届いたのなら、投降しろ。抵抗するなら、殺してやる」

 猶予のような最後の説得をして、ウィルコの反応を待つ。

「……ここまで来て、引き下がれるわけねーじゃねぇか」

 ウィルコは両手で短剣を引き抜く。
 煉が一瞬だけ両目を伏せ、開けた。右目が紅く変色している。

「もう誰も殺させはしない。だから殺してやるよ、人殺し」

 ――――――――――

「ああ、もう。なんでそんなに無茶したんですか!」

 珍しく笑顔を崩し、杉田 玄白(すぎた・げんぱく)は意識を失ったシャウラに駆け寄っていた。
 素早く服を切り裂いて、どんな状態かを診察。辛うじて息があることに気づき、ほっと安堵の息を吐く。

「……ゼーさんは、助かる?」

 なななが不安げな表情を浮かべ、玄白に問いかける。
 玄白はいつも通りの温和な笑みを取り戻し、「もちろん」と言った。

「助けますよ。目の前に患者がいるのなら、それが僕の役目ですから」
「……そう……お願いします」

 なななは頭を下げると、片足を引きずりながら歩いていく。
 玄白は彼女を呼び止めた。

「ちょっと待ってください。そんな状態で、どこに行くんですか?」
「……決まってるよ」

 なななが顔だけ振り返り、意思の籠もった強い声で言った。

「ゼーさんは、命を張ってウィルコを止めようとした。
 ならその意思を引き継いで、ななながウィルコの凶行を止めてみせる」

 なななの双眸には炎が宿っていた。
 それは、覚悟を決めた者だけが宿す意思の炎だ。

「もう……君は」

 玄白は呆れたようにため息を吐き、魔法を発動させた。
 優しい光がなななの足の傷を包み、癒す。

「それで、しばらくは大丈夫と思います。ですが、無理だけはしないでください」
「……ありがとう」

 なななはお礼を言い、走り出す。
 玄白はその背中を見送り、シャウラに視線を移した。

「似た者同士ですね、君たちは」

 玄白は白衣を捲くり、両手に魔法陣を展開させ、シャウラの体に手を当てた。
 このさい魔力が尽きようがどうが、関係ない。
 なななに約束した手前、自分のプライドにかけて必ず助けてみせる。

「あんなに格好つけて……簡単に死ねるなんて思わないでくださいね」

 玄白はそう言い、自分の持つ医療技術を最大限に駆使してシャウラの治療に当たった。

 ――数分後、やがてシャウラの出血は止まり、一命を取りとめることになった。
 その時の最大の要因が、シャウラの胸に入っていたなななへの愛が詰まったシステム手帳により、胸に刺さった刃があと数ミリのところで心臓に到達していなかったという出来事は、玄白だけの秘密だったりする。