校長室
水宝玉は深海へ溶ける
リアクション公開中!
「(あの人は、ほんとにカガチにそっくり。壊れてるけど、壊れてない。 壊すけどたぶん本当は守りたいし救いたいって思ってる。 理由とかはちょっと違うのかもしれないけど)」 上階での喧噪が聞こえる中、柳尾 なぎこは自分と契約を結んだ男を見ていた。 彼は待っている。 腰を落とし、刀を構え、鍔に親指を掛けて待ち構えている。 純粋に刀を交えたいと思った相手を。 あの瞬間笑って挑戦状を受け取った『奴』を。 防戦と一時の退却を余儀なくされていた契約者とそのパートナーが彼の両側を駆け抜けた後、奴はやってきた。 そうだ、あの笑顔だ。あんな状態でもこちらを認識してくれるなんて、嬉しいじゃないか。 応えるように歯を見せて、カガチは鯉口を切った。 走ってくる奴が――アレクが間合いに入る。 大きく一歩を踏み出しながら、東條カガチは鞘走りの最大速度で、相手も鏡の動きで互いにぶち当たった。 それから先はなぎこにも見えない程の剣速だった。 カガチはもう一歩右足を進めると同時に上段から刃を振り下ろし、それが弾かれると上半身の動きだけで三連撃をする。 左横・右上・左下全てを最小限の動きで払われ、最後の左下は重さを乗せた刃に思いきり弾かれた。 体勢を崩し左前方へ突んのめるようになるが、己のきまぐれな性格を表すかのようにカガチは身体を半回転しながら受け身を取って立て直す。 直後には追撃がきていた。 上段横面を受けると衝撃流すため互いに逆回転したカガチは下段へ、 アレクは上段へ互いの足と首を落としにかかっていた。 頂いたものをわざわざ受け取る必要は無いと、 カガチとアレクは首を反らし足を上げる事で相手の好意をお断りする。 アレクは地面に向かって自身の足を叩き付ける様に踏む。 カガチは上段を狙う刃を動かしていたアレクの柄を持つ手を、左手で受け取って右手の力で突きを繰り出す。 軍服の繊維を擦め取るそれを身を捩って避けつつ、アレクは左足の後ろ蹴りをカガチの肩へ当てた。 強烈な一撃に思わずタタラを踏んだカガチだったが、再び上段から斬りつけようと迫ってくるものを見ると、 敵に向かって前回り受け身をする事でそれから逃げた。 アレクは振り向き様にカガチに向かって下段から斬り上げてくる。 それはカガチがアレクに感じる謎のシンパシーによる予測かもしれないし、 或は経験則によって生み出した殺気看破かもしれないし、とどのつまりまぐれ当たりか分からないが、 兎に角カガチが放ったカウンターの上薙ぎはアレクの左大腿四頭筋の上澄みを持って行った。 此処で二人は初めて互いに距離を取る。 計らずとも一瞬訪れたインターミッションだ。 「痛ったたた」 カガチは脱臼した左肩を右手で掴んで持ち上げる様に肩を『戻す』。 「aw shucks!」 アレクの方もまた、斬られた片足を前へ振って傷の具合を確認している。 まあ。こんなもんだろう。 互いに勝負に支障は無いと確信して、改めて相対している敵の顔を見た。 黒い髪に、少々うざい前髪に、数センチも変わらなそうな背丈に『動き易い様に作った』体形。 年齢も然程違いは無ぇーんだろうな。 人種の違いを何処かへぶん投げれば鏡を見ている様な感覚の中、何故か二人は思っていた。 「ああこいつ馬鹿なんだ」と。 そう思った時には動いていた。アレクは頭を破壊(わ)りに来ている。 カガチはそれを柳の構えから流し、上からでもって斬る。 流したはずのそれはしかし受け取られ、アレクは自分の刀の棟(背)を薄い皮手袋で覆われた左手の甲で弾き上げた。 カガチが振り向く時にはもう目の前に敵が身体ごと迫っている。 右足を踏み込んで刃と棟は搗(かち)ち合った。 互いに一歩も譲らずに力を押し込み合うと、目の前に来た顔に向かってカガチは先ほどから気になっていた事を言葉にして吐きかけた。 「首ばっか狙うな!」「てめぇもな!」 生意気に返された言葉に、カガチは振りかぶって頭突きを喰らわせる。 その影響でアレクの刀は左手を失いゆるっと落ちたように見えたが、 消えた手の甲はカガチの顔面を裏拳で殴りつけていた。 「ぶぁああああああああかッ!!」「バカッつった方がバカだバーカ!!」 瞬間的には小学生よりも低レベルな言い合いをしながら再び二人の馬鹿は動き出す。動きだけは達人のそれで。 「首貰ったああああ!」 アレクの宣言通りの首狙い横面横面横払いを払いながら全て受けると、カガチは左に四分の一程回転して立ち位置を入れ替わる。 右に戻ってくるカガチの刀は逆にアレクの首を落とそうと狙っていた。 「それはこっちの台詞だ!」 刀を持つ上で支点力点になる柄を持つ敵の大事な大事な左手を掴んで止めにかかった。 「てめ!」左膝の蹴りがやってきたが、アドレナリンは痛みを無視し上段から刀を下ろしていたカガチは勝利を叫んだ。 「さよならアレクさん!」 ところがそれは言葉通りにはいかず、アレクはカガチの右と左の手の間の柄を左手で掴んで、カガチを刀ごと横に避けながらカウンターの膝蹴りを喰らわせる。 「Ддови?е?аKagachi!!」 こうした泥の掛け合いで出来た『間合い』と『間』に、二人は首を左右に振り、同じタイミングでため息を吐いた。 二人の頭の中ある『俺、何やってんだろう』というソレはつまり『賢者の時』で、 そいつが唐突に急激に冷えた頭にやってきていたのだ。 『ダチが作ってくれた』打刀をカガチは真っ向に構える。 『リュシアンの光条兵器は使いたくない』だけの反抗心からの大太刀をアレクは右脇に構える。 勝負は一閃。 愛刀に込める思いの強さは天と地程違っても、結果を告げるのは二人の間に横たわった圧倒的な実力差だった。 カガチの刃はアレクの身体を捉える事は無く、彼が振り下ろすよりも早く柄の真ん中を斬り上げたアレクの斬撃はカガチの右腕ごと持って行った。 バランスを崩して地面を擦りながら倒れて行くカガチの右側を、アレクは駆け抜けて行く。 斯くして雌雄は決した。 「あちゃー……」 駆け寄って来たなぎこが魔法によって離れ離れになった前腕と上腕を瞬時に縫合をし始めているのを見ながら、カガチは肩を落とす。 「(上手く行けばジゼルちゃんと一緒に蒼空学園に帰ろうなー。とか、思ってたんだけど…… この腕じゃぁ今は手は繋げそうに無いねぇ)」 それでもカガチに――そしてなぎこに止めの一手が落ちて来ないところを見るに、 この勝負に全く意味が無かった訳では無いはずだ。 「(少しは冷えてるといいけどな)」そう思いながら、遠ざかって行く足音にカガチは捨て台詞を投げた。 なぎこの想い、『兵器というのはきっと壊すだけじゃない。誰かを救うことも出来る』――、 それを解かっている年上のおにーさんの余裕を以て笑いながら。 「アレクさんよ、皆で一緒に帰ろうなー」