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第二章 機晶石の研究所 2

 そこは、研究所の奥にある別の実験棟だった。
 源 鉄心(みなもと・てっしん)と――そして、ジナイーダという名を名乗る富永 佐那(とみなが・さな)たちが、調査員のメンバーとして資料漁りに精を出していた。
 とは言っても、基本的に熱心に資料を探っているのは鉄心だけである。
 鉄心はボロボロになった研究員の白衣や、残されている資料などにサイコメトリをして、その記憶や残された思い出を探った。正直、あまり気分が良いものではない。〈物〉に残った他人の記憶など、決して楽しいものとは限らないし、むしろ心に深く傷を残すような最悪の一場面を見てしまうことのほうが多いのだ。
 それでもなんとか、地下施設の装置のことは探ることが出来た。
「制御不能になってるということか……。しかし、あの影は……」
 鉄心が見たのは、装置から現れ出た何者かの姿だった。ただ、記憶はそこで途切れており、断片的にしかわからない情報だったが。とにかく、もう少し調べなければならない。鉄心は資料を探ることに意識を写した。
 一方――佐那とは言えば、愛くるしい姿のイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を抱きしめて、そのやわらかい頬にすりすりと頬ずりをすることで一生懸命だった。
「にゃああぁぁ! ジナイーダさん、離してえぇ」
「あぁぁ! イコナちゃん、イコナちゃん、イコナちゃーん! 可愛いですぅ! 思わず頬ずりしちゃいたいぐらい!」
「もうしてるうぅぅ! ふにゃああああぁぁぁぁ!?」
 ぎゅむっと抱きつかれ、頬ずり頬ずり頬ずり頬ずり。
 イコナは逃げだそうとするが、佐那はしばらく離してくれそうな気配がなかった。そんなわけなので、フォローに入ったのがエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)である。
「佐那さん、このままじゃイコナさんが削られて消えてなくなっちゃいますわ。そろそろ解放してあげたらいかがですか?」
「あ、あら? そうですか?」
 ようやく解放されて、むぎゅっと床に落ちるイコナ。
「う、うぅ…………」
 意気消沈とは、このことだった。
「さって、イコナちゃん成分も吸収して、元気が出たことだし☆ 私もそろそろ自分の仕事に取りかかり――」
 と、佐那が言い終えようとしたそのとき。
 ガシャン――と入り口のほうから不気味な音が聞こえてきた。
 ……嫌な予感を感じながらふり返る面々。
 入り口に立っていたのは――赤いレンズの瞳に光を宿す、一体の戦闘用機晶姫だった。
「き、きたああああぁぁぁ!」
「佐那さん! 慌ててる場合じゃありませんわ! 早く、迎撃を!」
「わ、わかってますよ! ティーさん、ティーさん、サポートサポート!」
「りょりょりょ、了解です!」
 答えたのは、鉄心のパートナーのティー・ティー(てぃー・てぃー)だった。
 探索や気配察知のために身につけていたうさ耳とうさぎの尻尾がぴこぴこ動く。
 うさぎの力の加護(どういう原理だそりゃ)によって鋭い感覚を手に入れたティーは、戦闘用機晶姫が動く方向を事前に察知。佐那とエレナへと的確にそれを伝えた。
「ジナイーダさん! 敵は右に――いや、後ろに回り込もうとしているうさ! ああ、違う! やっぱり左うさ!」
「どっちなんですかもう! ええぃい、まどろっこしい! とにかくぶっ飛ばせばいいんでしょう!」
「佐那さん、なにを――」
 エレナが嫌な予感を口にする間もなく。
 佐那は風の力を宿したギフトのパラキートアヴァターラ・グラブの力を使い、風をボール大に凝縮させた。高密度の風の塊が宙に浮かぶと、今度はそれをシューズの形に変形したキーウィアヴァターラ・シューズで――蹴り飛ばす!
「いやあああぁぁ! 無茶苦茶だああぁぁ!」
 超密度の風は機晶姫ごと部屋の扉をふき飛ばした。
 しかもそれだけではない。部屋の中の資料や白衣など、さまざまなものが風に巻かれてぐっちゃぐちゃになっている。まるで台風が通り過ぎた後みたいになった部屋で、頭を抱えて身を低くしていたエレナたちは、呆然としていた。
「いやー…………あっはっは。まあ、結果、オーライ?」
「オーライじゃありません!」
「……はい、すみません」
 誤魔化すように笑った佐那をエレナが叱責すると、彼女はしゅんとなった。
 そんなことなら最初からするな、と言いたくはなるが、まあ、廊下で倒れている機晶姫は動かなくなってるみたいだから――確かに結果オーライかもしれない。
 とはいえ――
「これを、どうするかだな……」
 ボロボロに破れてしまって、もはや読み取ることも不可能になってしまった本の欠片を持ちあげ、しゃがみこんでいる鉄心はうなった。
「あ、あのあのっ! 鉄心! とにかく、地下に行ってみませんか?」
 そう言ったのは、うさ耳をぴくぴく動かすティーだった。
「地下?」
「はい。地下には、まだ稼働中のエネルギー装置があるそうじゃないですか。とにかくそこに行ってみたら、装置を止められるかもしれませんよ」
「うーん、そうだなぁ……まあ、確かに実物を見てみないと、なんとも出来ないしな」
 鉄心はそう言って、立ちあがった。
「善は急げですわ! さあ、行きますわよ!」
 無駄に元気なイコナが、鉄心たちをうながす。
 鉄心たちはイコナの背中を追って、部屋を後にした。