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月の蜜の眠る森

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第三章 地下施設の傷痕 1

 女性のスカートについて、いかがお考えであろうか。
 健康美溢れる艶めかしい両足を覆う、あのひらひらと舞う衣服は、恐らくはほとんどの場合において見る者の目を引きつけるに違いない。『チラリズム』と、人が言うメカニズムは、それだけ多くの男の心を魅了してやまないのだ。
 そしていま――
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃああぁぁぁ!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の足技も、まさしくそのメカニズムを発揮していた。
 美羽はミニスカートを翻しながら、天井や床を飛び交い、次々と敵を蹴り倒していく。
 無力化される機晶姫は、通路のいたるところにくずおれていた。
 その強さはまさに剣脚のごとくだ。敵の頭上に踵落としを食らわせて、美羽はさらに跳躍を繰り返した。
「み、美羽さん! もうちょっと手加減を……」
 むごい倒され方をする機晶姫を見て、慌ててベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が口を出す。
 が――
「大丈夫だ」
 ガチャン、と。
 魔銃ケルベロスに銃弾を装填したレン・オズワルド(れん・おずわるど)が言った。
「美羽だって、バカなわけじゃない。よく見てみろ。ちゃんとコアの機晶石には直撃しないように攻撃している。無力化された機晶姫は、メティスに任せておけばいいし……心配ないさ」
「でも……」
 それでもやはり、心配なようだ。
 だが、その心配を察知したよう――負傷した機晶姫のもとに屈み込んでいたメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が、ベアトリーチェを見て静かにうなずいた。
 それで、多少はほっとできたのだろうか。
 ベアトリーチェはそれ以上、なにも言わなくなった。
 代わりに――
「さあ、こっちも負けてられない」
 A.E.F――オルター・エゴ・ファイアと呼ばれる、伝説の継人類キールの作った未来兵器を周囲に浮遊させる瀬乃 和深(せの・かずみ)がそう言った。
「……いこう、リオナ」
 和深は隣にいる少女に呼びかけた。
「………………」
 茫洋な目で、こくりとうなずいた少女――リオナ・フェトラント(りおな・ふぇとらんと)
 二人は同時に飛びだして、美羽の後に続いた。
 和深にとって、遺跡の地下にある装置とか、“禁じられた森”のことなどは、正直言ってそれほど重要なことではなかった。無論、同情はしてる。悲しいことだとは思う。ひどいことだとも思う。だが、――自分が悲しまずとも、森をより良くしようとする人間や契約者たちは、たくさんいる。自分に出来るのは、その小さな手助けだけだ。
 そして、より強くなるための、手段や方法を探すこと。それが和深の目的だった。
(悪いけど、通してもらうぜ――)
 A.E.Fの照準が機晶姫たちを捉えた。
 刹那――射撃される。それ自体が意思を持っているかのような動きをするA.E.Fの射撃に、機晶姫たちは次々と撃ちぬかれていった。そしてリオナのツインファングがそれに続く。両手に構えられた二挺拳銃は、引き金とともに機晶姫を撃ち倒していった。
 そして――
 戦いが終わった頃には、通路に残っている機晶姫は一体もいなかった。その全てが無力化されたのである。最後の一体を撃ちぬいたレンは、メティスに他の機晶姫たちの後処理を任せた。無論、メティス自身が自ら進言したことではあるが。
「彼女たちをチェックし終えたら、追いかけます」
 メティスがそう言うと、
「ああ。そうしてくれ。装置を見るのにも、おまえの知識は必要だろうからな」
 リィナ・コールマン(りぃな・こーるまん)が鷹揚に答えた。
 リィナは医者だった。そのため、よくわかっている。機晶石を使用した機械なのであれば、メティスが見てみるのが最も最適だということを。人間を治すのが医者であるならば、機晶技術を用いた機械を直すのは機晶技師だ。
 ともあれ――メティスが機晶姫たちを放ってはおけないというのも、理解出来る。彼女がそれらをチェックし終えるのを待つことにして、リィナたちは先へと進んだ。

 どぉん――!
 装置が設置されているとされる実験室のシャッターを、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)の放った爆弾が爆破した。衝撃でロックが外れ、焼け焦げてひしゃげたシャッターが、歪んだ音を発しながら開く。
 すると、むああぁ…………
 と、シャッターの向こうから漏れ出したのは、濃い瘴気に満ちた霧だった。
「うっ……ひどい臭い……」
 ルカルカが思わず口元を押さえた。
「腐敗臭が混ざっているな。もしかしたら、逃げ遅れた研究員もいたのかもしれない」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がそう言った。
 可能性がないわけでもなかった。防災シャッターが降りていたところを見ると、どうやら非常警戒態勢に入っていたらしい。シャッターによって部屋に閉じ込められ、そのまま森を死滅させた負のエネルギーに自らの身も滅ぼした、ということも考えられた。
 ただいずれにせよ、確認すればわかることだ。
 レインたちが霧を振り払いながら、シャッターの向こうに潜りこんだ。
 と――そこで見たのは、床に這いつくばる死体でもなければ、こちらを敵と視認した機晶姫でもない、生きた三人の人影であった。
「六黒……!」
 真っ先に、その人影の正体に気づいたレンが声をあげた。
「久しいな、レン・オズワルド」
 人影は――ふり返った三道 六黒(みどう・むくろ)は、そう答えた。
 決然とした態度と悪意に満ちた雰囲気を同居させた男であった。レインにはその関係を計り知ることは出来なかったが、どうやら契約者たちとは幾度となく戦いを繰り広げてきた、因縁の相手であるらしい。特に、レンには並々ならぬ思いがあるようだ。
「なあ、おい、師匠。さっさと装置を奪っていこうぜ。目的はそれで終わりなんだろ? じゃないと、あいつらに先に取られちまうぜ!」
 六黒の隣にいるドライア・ヴァンドレッド(どらいあ・ばんどれっど)が言った。
 やはり敵の狙いは装置か。レンたちの目が険しくなったと同時に、六黒はドライアを制した。
「慌てるでない。連中の目的とわしらの目的は同じ。ならば、どちらが先に――この装置。手に入れることが出来るか、試そうではないか」
 六黒は自らの頭上にある巨大な装置を仰いだ。
「……なんだ、“あれ”は――!」
 レインたちは思わず声をあげた。
 そこにあったのは、駆動音をまき散らして稼働している装置だったが、中央にあったのは見たこともない機晶石であった。
 いや――違う。
 機晶石そのものはなんの変哲もないものに見える。だが、そこから電光のような光を放出して現れている“何か”。人型の、女性のように見える“何者か”が、機械の暴走音とも火花の音とも取れない、悲鳴のようなものを発していたのだった。
「六黒、いったいなにをした……!」
「この正体がいかなるものかは、わしらも知らぬ。だが、一つ言えるのは、わしのしようとしていることは――レイン。ぬしとなんら変わらないということだ」
「僕と……」
 六黒の言葉の標的はレインに移り変わった。
 薬草を求めてここまでたどり着いた研究者は、戸惑いを表情に浮かべていた。
「そう。ぬしが求める“月の蜜”は、装置の傍に咲いておる」
 六黒が言った通りだった。悲鳴のようなものをあげている女性の姿の何かの横に、まるで添えるように白い花弁の花が咲いていた。
「恐らく、あれが生き残ったものなのだろう。装置の傍にあったためか、さほど影響は受けておらん。どうやら研究者たちも、あの花の効果を調べおったようなのでな。月の光もたっぷりと受けておる。だが、レイン……」
 六黒は月の蜜からレインへと視線を移し、若き探求者を見据えた。
「蜜を得ればしおれる運命の草を、己の探究心のため手折らんとするなら、それはかつて己の欲望のために機晶石を研究していた研究者たちと、なんら変わらんかもしれぬぞ?」
「それは――」
 レインはすぐには答えられなかった。
 助けたい人がいたから、ここまで来た。大切な人を、救いたかったから。だけどそれが、もしレインの身勝手な望みだというのなら、それまでかもしれなかった。それが森を死滅させた装置や、研究者たちと同じだというのなら――
「わしはそれでもかまわん。“力”がそこにあるなら、それを欲するのみよ」
 そう言って、六黒は懐から取りだした『勇士の薬』をぐびっと飲んだ。
 その身体に、力が漲ってくる。修羅の闘気が溢れだし、波動が大地を割った。
「――参りますか?」
 傍にいた両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が、扇子で口元を隠しつつ上品に囁く。
「うむ――」
 六黒はそう言って、契約者たちに襲いかかった。