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「逝ったかキロス……」
 機動要塞伊勢の艦橋から扶桑の最期を見届けた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は、共に消えたキロスへ弔いの敬礼を捧げた。
「いえ、そんなコトないみたいですよ」
「それはどういうコトでありますか、コルセア副総長」
「副総長ではなく副司令です。キロスさんは、まだ生きていますよ。望遠レンズの映像を、ご自身で確認してみたらいかがです?」
 周りのペースに流されることなく、常に落ち着いた判断を下す彼女は、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)だ。
「ふむ。共にリア充を憎む同志よ、必ずや、来世で巡り会おうぞ……って、――生きておったかっ!」
「はいっ、その通りです。よかったですね」
 彼が小型飛空挺の上に転がっているのを捉えていたからだ。
 艦橋からカタパルトを見下ろして感慨にふける吹雪は、そこにひと組の男女の姿を見つけた。
「アレはナンでありますか、コルセア副総長」
「この度の出撃にあたり、乗艦を希望された秘密結社オリュンポスの方々です」
 取り乱した少女を、白衣の男が追いかけ回している様子にも伺える。
「自分の艦に便乗しておきながら、手前は白昼堂々と痴話騒ぎとは何たる風情。これは艦長として、ふたりの成り行きを見守る必要アリと認める。副総長、集音せよ。と言うか、自分が受けるでありますっ」
「ひょっとして妬いてるんですか?」
「リア充に人権なし」
「百歩譲ったとしても、但し当艦に限る、と総力を挙げて便宜を図らざるを得ない問題発言ですね」
 甲板上にいるふたりのやり取りが、艦橋の中へ再生されるわけだが……。

▼△▼△▼△▼




 魂剛が扶桑から退避して伊勢へ無事に着艦を果たした頃、居住ブロックの舷窓から扶桑の爆燦を見届けるドクター・ハデス(どくたー・はです)の姿があった。
「キロスの奴め、雲海の藻屑と消えたか。何度も敵対したとはいえ、惜しい奴を亡くしたな」
「そ、そんな、キロスさんっ!?」
「どうしたアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)
「私との決闘に決着をつけないまま先に逝ってしまうなんて……あんまりですっ」
 ハデスを押し退けて舷窓にすがりついたアルテミスは、育て親と無理矢理引き離された幼子のように、ぽろぽろと涙をこぼしはじめた。
「アルテミス・カリスト……おまえにとってキロス・コンモドゥスが、悲しみの涙に暮れなければならぬ程の好敵手であったとはな。奴も心底、本望であったろう」
 感情を抑えきれないとみえるアルテミスはハデスの白衣の裾を強く引っ張りながら、彼の顔を見上げて決意を語った。
「キロスさんが死んだなんて、信じたくありませんっ!」
「落ち着け、アルテミス・カリスト。おまえは今、我を忘れているっ」
 涙をぬぐったアルテミスは、その場を飛び出してしまった。
「どこへ行くっ!?」
「キロスさんの生死を確かめに行ってきます」
「待つのだ、アルテミス・カリストっ!」
 伊勢の甲板に停泊している小型飛空挺へ乗り込もうとするアルテミスの肩を、ハデスはしかと掴んで振り向かせた。
「行かせてくださいっ! お願いします!」
「現実を受け入れるのだ! 奴は死んだ……もうこの世には居ない。だが、キロスは我々の胸の中で、永遠に生き続けるであろうっ!」
「キロスさんが死ぬなんてこと、あるはずがないんですっ! 放してくださいっ!」
「ええい、そこまで言い張るのならば良かろう。飛空挺に乗るがいい」
 アルテミスを乗せた小型飛空挺は、一路キロスの下を目指して飛び立っていった。

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 ハデスらの発艦を見送った艦橋では、吹雪が更にヒートアップしていた。
「なぜだ。なぜキロスは死してもなおリア充を享受するのだ……裏切り者。裏切り者め」
「それは惜しまれているのであって、充実しているとは言いがたいものですけど……今日はいつになく夢中になってますね。あと、死んでませんから」
「コルセア副総長、最大戦速で突貫。至近距離からのせん滅を図るであります」
「了解。職務を忠実に遂行します」
 目標までのわずかな距離を一気に詰めた伊勢の事を、ハデスとキロスを乗せた小型飛空挺は、救援に駆け付けたものと感じるだろう。
「キロスよ……リア充への道はこれから先も長く苦しかろう。いっそひと思いに、今ここで楽にしてやるであります」
「あーちょっと、勝手に操作卓をいじらないでください。ワタシ、知りませんよー。主要兵装のセーフティーは、ご自身で外してくださいね」
「合点承知の助であります。目標、死に損ないのキロス・コンモドゥス。荷電粒子砲、発射用意っ」
「あの、このままキロスさんを狙い撃ちしたら、近くにいる方も巻き添えになる可能性がありますけど、それはいいの?」
「自分は誠に充実したひとときを送れるであります。リア充には死を。死すべし、死すべしっ」
「またですか? もお、自分の世界へ入らず、現実を見て欲しいのに」
「知っているのだコルセア副総長。キロスが黄金のイコンに命を救われて充実していたり、それ以前に小型の遊覧飛行において大渦を発見したという功績が認められているというのだぞっ! 何だこのリア充っぷりは。万死に値する」
「自らの立場を棚上げにして発言するのは、美しくないです」
「もうよい。これまでに挙げた理由により、キロスは滅尽の対象として充分な罪を重ねているのは明白であります」
「罪のないひとを巻き添えにしたら、パラ実への放校は揺るぎないですからね」
「直撃させればどうということはない。一瞬にして蒸発するわけで、証拠も残らないであります」
「鬼畜の所業というんですよ」
「自分は、まだまだでありますっ」
 そう宣言した吹雪は、セーフティを解除した荷電粒子砲の発射トリガーに指先を掛けた。
「びびびっ、でありますっ!」

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 大渦の中心から少し距離をおいた地点で、キロスは小型飛空挺の上で大の字になっているのを認めた。
 わずかな時間ではあったが、彼は意識を失っていたようである。
 飛空挺の装甲に焼けている部分があることから、自爆の影響を少なからず被っていたのだ。
 扶桑にあれだけ群がっていたデーモンはほとんど姿を消し、渦の中心付近を縄張りであるかのように滞留している。
「助かったのか……」
 上体を起こして右手を見下ろしたキロスは、渦から扶桑の船体フレームが大魚の亡骸のように生えているのを目の当たりにした。
 そして左手には、機動要塞・伊勢の大写しが飛び込んでくる。
「やれやれ、今日は散々な日になったぜ。おーい、キロス様はここに居るぞー」
 キロスは伊勢に救援を求めるべく、大手を振って助けを求めた。
 すると別方向からハデスとアルテミスの乗った小型飛空挺が近づいてくるではないか。
「そうら、ついでに見ておくがいい。デーモン共の醜悪な有様を。扶桑の成れの果てをむさぼる下せんな輩め。まるで、死体に群がる卑しきハエのようではないかっ」
「おまえはドクター・ハデスっ!?」
「如何にもだ、キロス・コンモドゥスよっ!」
「キロスが生きていた……そんな、さっき死んだはずなのにっ!!」
「んなっ、なんだてめえアルテミスっ! って、おい。どうして泣いてやがんだよお……」
「気にするでない。よくぞ生き残った、と言いたいところだが……掴まれアルテミスっ」
 ハデスが小型飛空挺を急降下させた直後だった。
 伊勢から拡声器を通じて、吹雪の声があたりに響いた。
「すぐ楽にしてやるであります」
「――っ!?」
 仰向けに倒れたキロスの鼻先を、荷電粒子砲のエネルギー帯が通り抜けていった。
 光りの帯は数十体ものデーモンを灰に帰しながら、大渦の中心を突き抜けていく。
「ちょっ!? 直撃したら死んでしまうわーー!! 正気かお前はああああああっ!!」
 舌打ちした吹雪は、キロスの反論に応じる。
「だから事前に宣言したではないか。すぐ楽にしてやるであります、と」
「加減ってモノを知れえっ! あ、危ねえじゃねーかっ! くっそーおおおお、これがリア充の思考かっ! 神をも許す所業と言うのかっ!? おのれえええっー!!」
「ハデス、彼らは何を言い争っているのです?」
「なに、構わんのだよ。アイツらは憤激するための理由が欲しかったのだ。放っておけばいい。じきに静まる」
 すると再び伊勢の荷電粒子砲が光り輝いて、ハデスとキロスの間を断絶した。
「吹雪さん、第2撃も回避されましたよ」
「おのれきゃつら、どこまでリア充という有形無形にすがるつもりなのかっ」
「フハハハハハッ! このドクター・ハデスに、荷電粒子砲など、効かぬっ!!」
 彼は眼鏡のブリッジを、ゆっくりと中指で押し上げた。
 レンズの奥から強い光を放ち続ける瞳は、艦橋でふんぞり返る吹雪のしたり顔を見透かしているに違いない。
「面白いではないか、機動要塞・伊勢の総司令よ。また会おう」
「えっ、もう帰るのですか? 待ってくださいハデスっ。――キロスっ、キロスの…………バカあああああああああああっ!!」
「んなっ!? なんだとコイツっ!」
 彼に向かって舌をぺろりと出して下まぶたを引き下げたアルテミスは、ハデスと共に戦線を離脱していった。
「ドクター・ハデス……覚えておくでありますっ」
「吹雪さん、第1戦闘配置を発令しますね。巨大デーモンの一群を確認しました」
 しかし大渦から噴き出したデーモンは伊勢をすり抜けて、シャンバラ方面へと飛び去っていく。