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雲海の華

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雲海の華

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 大型飛空挺アイランド・イーリにほど近い雲海にて。
 機動要塞ウィスタリアでは、イコンの補給と整備に追われていた。
「艦載砲による迎撃を開始します。付近を通過する航空各機は誘爆に気をつけてください」
 アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)のアナウンスから一呼吸を置いた後に、ウィスタリアに艦載されている砲台が一斉に火を噴いた。
 轟音と共に無数の砲弾が飛び交い、飛来するデーモンを次々と撃ち落としていく……が、しかし。
 デーモンを駆逐するには火力がいま一歩、及ばないようである。
「さあ、次は右舷の下から湧いてくるわね。上等よ、さっさと来てごらんなさいよっ」
 そう叫んでデーモンを挑発するのは、甲板上より敵を迎え撃つセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)
 通称、壊し屋セレンだ。
 片手に持った機晶爆弾を軽く放った後、渾身の左足でシュートを決めた。
 きれいな放物線を描いて右舷の向こう側へ飛び越えた爆弾が、行動予測の読み通りに飛来したデーモンを直撃する。
 彼女の羽織っているジャケットは起爆した機晶爆弾の爆風をものともせず、激しくはためいた。
「桂輔、出すなら今ですっ」
 カタパルト付近の状況を読んだセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、イコンの整備を取り仕切る柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)に機会をうかがった。
「お……OK――」
 セレンもセレアナも、年頃の桂輔にとっては目の毒である。
「――アルマっ、マスティマを出してくれっ!」
「マスティマ・スタンバイ。格納庫よりカタパルトへ搬出します。天貴さん、スベシアさん、お願いします」
「任せてちょうだい。マスティマ、発進っ!」
 メインパイロット天貴 彩羽(あまむち・あやは)の駆るイコンがカタパルトより射出されると、大きく反転してウィスタリアの直上へと旋回していく。
 啓介が青空を仰いだ先には、至るところでデーモンが滞空しているのが見えた。
 マスティマを追う魔獣に対して、セレアナの二丁拳銃による偏差射撃が襲いかかる。その大振りな拳銃のもたらす威力は絶大で、右肩部と頭部が吹き飛んでいた。
「7時方向からデーモン3匹でござるっ」
「把握したわ、見てなさいっ」
 古風な物言いをするのが、サブパイロットのスベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)だ。
 彩羽と直結されているBMI連動のレーザービットが即座に応答し、照射される光線すべてがデーモンの身体を瞬時に両断していった。
「4時に敵影でござる」
「追うまでもないじゃないっ」
 振り向き様に飛び出したギロチンアームが、魔獣の首をくわえ込んで切断する。
「1時と6時、9時にもやって来たでござるよ」
「ホントどこから湧いてくるのかなあ、もう一発、行ってこーい」
 1時の方向へギロチンアームを飛ばしてデーモンを撃退すると、セレンの撃ったヴァイスの銃弾が6時より迫ったデーモンの首元で炸裂して頭部とを切断していた。
 残った9時の魔獣も、セレアナの撃ったシュヴァルツの弾丸によって頭部をつぶされて墜落していった。
「桂輔、補給を必要とするイコンを受け入れます」
「わかった、どのイコンだ?」
「前方から2体と、後方から1体なのですが、前方から来る1体の損傷が酷いようです」
「セレンさん、ミアキスさん、俺と誘導を手伝ってもらえませんか」
「わかったわっ、もーしょうがないわねえ」
「その方が安全でいいと思うわ。やりましょう、セレン」
「助かりますっ……アルマ、ダメージの大きい奴はまだ保ちそうなのか?」
「リアクターの出力が安定しないそうです」
「……わかった、まず損傷の酷いイコンから受け入れよう。その様に伝えてくれ」
「了解」
「型は分かるか?」
「葦原明倫館の流星と呼ばれるタイプのようです」
「確か、かなりデカい奴だが……アレスター・ネットを準備してくれ」
「アレスターネット・スタンバイ」
 これはカタパルト上を走る重量物に対して特殊な網を掛けて、強制的に停止させるためのものである。
 デーモンの襲撃をかいくぐって現われたのは、ボディブロックに深い亀裂の入ったイコンだった。
 マスティマの強力な援護を受けながら、セレンとセレアナがカタパルトの突端に立ってジャケットを手旗代わりに振ってくれた。
「こちらウィスタリアのアルマです。着艦のスピードが速すぎます。速やかに減速してください」
 しかしほとんど減速できないままカタパルトへと着艦した流星は、アレスター・ネットを引きちぎって滑走を続ける。
「このままだと格納庫に突っ込むっ!? アレスター・ワイヤーでもダメかっ、止まれっ、止まってくれーっ!」
 まったく減速する気配のない大型イコンは、いよいよ格納庫へと迫った。
「発艦時ディフレクター、制動ライン、予備ライン、緊急起動します」
 格納庫のハッチが閉鎖され、その手前から3列に渡って甲板が跳ね上がった。
 そこへ突っ込んだ流星は2列目までをなぎ倒し、ようやくその動きを止めたのである。
「……と、止まった」
 桂輔は、思わずその場にへたり込んでしまった。
「しっかりしてください、桂輔」
「だ、大丈夫だ。パイロットを脱出させて、ひとまず格納庫の一番奥へ搬入してくれ。判定はブラック」
 ブラック判定は全損を意味する。もう修理することはできない。
 その後から収容した2体は、グリーンの軽微、ブルーの問題なしと判定されている。
 そのほかイエローは小破、オレンジが中破、レッドが大破という分類が桂輔の指標である。
「応急班はイコンの搬送とカタパルト・デッキの整備をお願いします」
 負傷していた流星のパイロットが担架に移されると、すまないという手信号を振りながら艦内へ収容されていった。
「桂輔、イコンの修理を求める要請がはいりました」
「まだ余裕があるから、こっちへ回してくれ。さっさと支度を済ませて、デーモンたちを叩きのめしてもらわないと」
「了解しました。シャーウッドの森・空賊団2番機、6番機、7番機・スタンバイ」
 格納庫から現われた2番機へ目をつけたらしいデーモン3体が、まるで着艦を試みるかのように迫り来る。
「セレアナっ!」
「セレン!」
 カタパルト上を低空飛行するデーモンに正面から距離を詰めていったふたりに、魔獣はかぎ爪を振りぬいた。
 それを側転によって彼女たちはすれ違い、セレンが放り投げた機晶爆弾をセレアナの銃弾が起爆する。
 背中から上体を吹き飛ばされて肉塊と化した魔物は、マスティマのギロチンアームが突き刺して雲海へと投棄された。
 ふたりは拳銃を握った片腕を頭上に掲げてお互いで十字になるように打ち合わせると、格納庫前に待機する2番機の方へ両手の拳銃を大振りに振って合図を送った。
 機晶フィールド同士の接触で生じる閃光を弾けさせながら、2番機らは彼女たちの間をすり抜けて雲海へと飛び立っていったのだ。





 機動要塞・伊勢の荷電粒子砲をかいくぐった小型飛行艇オイレは、上部ハッチを開いてひとりの男を収容した。
「大丈夫ですか、キロスさん」
「おまえだったのか、柚」
「こんにちは」
「おう。助かったぜおまえら。へへっ……礼を言うぜ」
「間に合ってよかったね、柚」
「うんっ。ケガはありませんか」
「こんな程度でケガなんかしてたら、命がいくつあってもやってられるかって」
「よかった」
 パイロット席で操縦桿を握りながら彼を振り返って微笑んだのが杜守 柚(ともり・ゆず)
 キロスを機内へ引っ張り込んだのが、柚の兄である杜守 三月(ともり・みつき)だ。
「それにしても、よくオレのことが分かったな。やっぱパラミタ最強の称号を得るまでは、神が死を許さないのかもな。ハハハッ……」
「気づいてないんだあ。僕、何度もテレパシーでキロスさんを呼んでたんですよ?」
「あ。そうだったか? 悪ぃ、悪ぃ、多くの乗組員に囲まれて要塞を牛耳ってるリア充相手に、ちょっとアツくなってたからよ。聞いてなかったかもなあ」
「なんだかなあ……キロスさんはホントに子どもだよねえ。嫉妬はかっこ悪いですよ、まったく。やっぱり男だったら、他人の幸せを祝福できるぐらいの度量を持てるようにならないと……」
「ぁあ? なあんだ三月よ、命からがら死地から生還したばっかのオレに、説教しやがるのかコイツっ」
 そう言ったキロスは、三月のこめかみに拳を当て、グリグリと捻りを加えた。
「ああああああっ!? いででででっ! 止めてよキロスさんっ……ギブだよ、ギブ・アップ」
「ったく、ナメたことぬかしやがって――って、あぢぢぢぢぢぢぢっ、待ったっ!? 止めろ三月っ……うおおおおおおっ!? 焼けるっ、オレの頭脳がこんがり焼けてしまうじゃああっ!」
 お返しとばかりに三月が発動させたパイロキネシス(発火能力)によって、キロスが額に着けている装具が熱を帯びたのである。
「ふたりとも、またケンカしてるの?」
「だあって、キロスが先にグリグリやってきたんだって」
「てめえが――三月、このオレに上から目線でモノを言いやがるからじゃねえか」
「キロスさんが大人気ないんだねっ」
「ガキで悪かったな犬っころ」
「イイイーっ」
「何だこの野郎こうしてやるううるるるる」
 口の端にひとさし指を掛けて横に引っ張るようにしてキロスを挑発する三月に対して、キロスは口の端を横に引っ張っている相手の腕を更に外側へ向かって突っ張るようにしてやろうと躍起になっていた。
「ちょっと三月っ、キロスさんもっ。あとちょっとで着陸しますので。席に着いて、シートベルトを締めて下さい」
 柚は三月の方を見やると、隣のナビゲーター・シートの座面をポンポンと手のひらで叩いた。
「分かったよお姉ちゃん。了解っと」
「着陸? そんなトコあんのかよ? つか、オレの特等席はココだな。異論は認めねーぞ」
「縄で縛って、僕と柚の座席の隙間に固定しておいても良いけどね」
 柚はちょっと恥ずかしがったようだが、キロスは三月のふくらはぎに食いついてやろうと息巻かんばかりである。
 パイロット席とナビゲーター席の背もたれを掴んで背後から仁王立ちとなったキロスは、小型飛空挺の風防からの眺めに目を見張った。
「雲海の渦が、小さな浮島から広がり出てやがる……」
「深度30メートルから大渦を見上げると、ろう細工の竜巻を見ているみたいですね」
「狭い浮島だなあ。これじゃあ近くへ来ないと気づかないよ」
 浮島はまるで箱庭のようで、わずかな木々の影に小さな平屋建てがあるばかりだった。そして、残された狭い土地には、どういうわけかたくさんのデーモンが身体を寄せ合うようにして翼膜を休めているようである。
 更に浮島には数機のイコンも着陸している様子で、それは大渦の周辺を調査に向かったものであろう。
「この大渦って、誰かが仕掛けたのかなあ」
「それなら簡単じゃねーのか? そいつをとっ捕まえて、すべてを終わりにしてくれりゃあいい」
「島にはデーモンがたくさんいるのに……危険だと思います」
「心配すんなって。ここでようやくオレの出番ってワケだな。任せておけって、即行でデーモンを従えてやるからよ。刃向かうヤツは剣の錆にしてやる」
「……では、浮島へ着陸します」
 付近の様子を警戒しながら、柚たちは孤島への着陸態勢を取った。

▼△▼△▼△▼




 諸悪の根源を目の当たりにした柊 真司(ひいらぎ・しんじ)高崎 朋美(たかさき・ともみ)の一行は、無数の巨大デーモンを率いる少女と相対していた。
 彼女の端に浮かぶ謎の書物は見開きになっており、そこから漏斗をひっくり返したように渦が立ち上っているのである。
 大渦によって日の光が遮られているため、辺りはやや肌寒くて薄紫色の暗雲が立ちこめているかのようだ。時折、雷鳴が轟いている。
 高層ビルのように立ち並んだ魔獣のお陰で、孤島は視界が狭くて薄暗く感じられた。
「これだけのデーモンを配しておきながら、屋根の上から白旗を振ってこられるというのは、何とも解せないワケだが」
「キミはいったい何者なの?」
 真司と朋美の質問に、少女は口を開いた。
「わたしはカズサ・トリコットと申します。現在、イルミンスール魔法学校に在学していますわ」
 背丈は真司よりやや低いぐらいで、豪奢で大きな書籍を小脇に抱えていた。髪は黒のショートボブ。
 腰元には、太くて強靭そうな黒い鞭を束ねている。
「大渦を召喚しているその書物は……禁書の中でも、かなり特殊な物のようですね」
 そう指摘したのは真司の連れであるヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)だ。
「仰るとおりですわ。私、禁書を集める事が趣味なんですの」
「禁書をあつめてる子なんてユニークじゃない? ねねっ、真司、もっと色々とお話ししてみなさいよ」
「あ、ああ」
 カズサに興味を示したのは、真司がパイロット・スーツとしてまとっている魔鎧リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)である。
「どうやら話が分かるとみえるな。どういう事なのかを、俺たちに説明してもらえないかな」
 そう提案するのは、朋美のパートナーであるウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)だった。
 腕組をしてカズサを見据え続ける彼の視線は、相手の心理を見透かそうとしているのではないかと思えてくる。
「シマックはん、そないな怖い顔していやはったら、怖がらせてしまいまっさ」
「誰も、取って食おうってワケじゃないんだけどな。……ふん」
 彼の渋い顔にも動じない高崎 トメ(たかさき・とめ)は、朋美の玄祖母である。
「実はその、ここのところいい陽気だったので、書斎に納めてある禁書を虫干ししていたんです――」
 虫干しとは、書籍が湿気たり虫に食われたりしないよう、日光に当てるなどして乾燥と消毒を行うことである。
「――その時にうっかりして、この本を取り落としてしまって。すみませんっ」
 腰から直角に折れる最敬礼で謝罪の意を表するカズサであった。
「腑に落ちないのは、コイツらの存在だ。カズサ、ここに居るデーモンたちは、おまえが制しているようにもみえるが、違うのか」
「その通りですわ。私はビーストマスターなので、猛獣の類いは自由自在に操れるんです」
「んまっ、大したお人どす」
「ビーストマスターって、魔獣の類いも操れたんですねえ」
「そんな話を聞いたことはなかったが……それは彼女の資質によるのかもな」
 朋美の意見に応えたのは、真司だ。
「禁書に興味のあるビーストマスターって、なかなか面白いわあ。ねえヴェルリア、あなた本に詳しいの?」
「いえ、魔道書に通じているわけではありませんけど。何かと本を開く機会があるものですから」
「そうなのう」
「……って、リーラさん、それだけなんですか」
「あら、何か期待していたの、真司」
「開いた本を閉じる方法とか、そういう事に興味があったんじゃないんですか」
「そうねえ。分かったら、後で教えてもらえるう?」
「ぐ、わ、分かりました。カズサさん、ですね。その大渦を生み出している本を閉じる方法はないんですか?」
 ようやく上体をむくりと起こしたカズサは、真司の質問を検討する。
「はい、わからないのです。なにしろ手から滑り落ちたときにこう、バサッと開いただけで効力を発動してしまったみたいで。何やら強力な結界のようなもので書物は守られているみたいで、近寄ることができないんです」
「そうなると、禁書を封印する祝詞みたいなものも分からないということよね。一体どうすればいいのかしら。おばあちゃん、どうしたらいいのかな」
「なんや、けったいなこっちゃ。そんなん言われても、しらんぺ」
「そうなると、残された手段はただひとつか。力尽くで禁書を破壊するしかないわけだ」
 そう結論づけたのは、シマックだった。
「あんなあ、あてらでやり方を考えまひょ。ちびっとやけど、ええもんこさえてあるから、どうえ?」
 一同はカズサの書斎でトメのお弁当を分け合って、禁書の破壊方法を検討することにしたのである。