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雲海の華

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幕間

 作戦宙域の上空、およそ1万メートルにて。
 指揮管制を担うブラックバードに搭乗するのは、パイロット佐野 和輝(さの・かずき)と、ナビゲーターのアニス・パラス(あにす・ぱらす)だ。
「アニス、少し休憩しようか。ナビの制御系を、こっちへ渡すんだ」
「いいの? 和輝は疲れたりしない?」
「俺のことは心配しなくていい」
「それじゃあ。ふうー……疲れたーあ」
 作戦中は常に緊張の糸を張っているせいか、安堵の息を漏らす彼女の表情は、とても幸せそうに伺えると、和輝は常々感じているものだ。
「あ、そうだ。ねえねえ、あのねあのねっ、アニスね、キャラメルをもらったの。和輝も一緒に食べようようっ」
 第3世代イコンによる高高度航行中の機内は、恐ろしく静寂だ。
 少女がカサカサとキャラメルの包装を開いていく音が、ハッキリと聞き取れる。
「はい、1個っ」
 彼女の華奢な指先がにゅっと突き出されて、和輝の口元に押しつけられた。
「俺は仕事中だからな。好きなだけ食べろ」
「うんっ、いただきまーす。あむあむっ……おくちの中で、とろけるうーっ」
 無邪気に菓子を頬張るアニスには、争いなど似合わない。
 デーモンもこの高さまでは上がって来られまい。
 ここは実に平穏だ。
「和輝はいつ休めるの」
「地上へ戻ったら、かな」
「……やっぱりアニスも、手伝った方がいい?」
「大丈夫だ。心配してくれるんだな」
「そうだよっ」
 すると、通信を要請する着信音が鳴り響いた。
 和輝が回線を開こうとしたところで、呼び出しが止んでしまうではないか。
「………………はい。こちら、ブラックバード、です……」
 和輝が休憩もせずにずっと任務を継続しているのが心配になったのか、アニス自らが通信回線を開いたのである。
 彼女が受話した通信の相手は、幸いにも同年代の少女のようだった。
 驚きを隠すのに必死の和輝であったが、ナビと通信管制の権限をコッソリとアニスへ引き渡すことだけは迅速に追従できた。
「すみません、キロス・コンモドゥスさんを保護したのですが、停泊するはずだった最寄りの機動要塞が沈んでしまったので、その……どこか不時着できる場所を探してもらえませんか」
「あのっ、はい。いま、おっ、お調べしますので、少し待って……」
 アニスはその生い立ちにより、初対面では同年代の女性としか話せないのである。
 視線をさまよわせたアニスがモニターへ写し出された大渦の映像を見つめた時、彼女の脳裏に小さな浮島でひとりの少女が空を見上げている姿が、よぎったのである。
 それはいわゆる「神降ろし」だったのか。
「そのまま、大渦の下の方へ飛んでください。小さな浮遊島がある、ハズですからっ」
「分かりました。あの、ありがとうございますっ」
 そして、短いやり取りが無事に終わった。
「ふう……」
 ドッと疲れが噴き出した様子のアニスをコッソリとチラ見する和輝は、平静を装って彼女の仕事ぶりを評価するのだ。
「手間を取らせたな、アニス。ありがとう」
「これぐらい平気だもんっ。和輝のお手伝いなら、アニスがんばるもんっ」
「まあ、無理はしなくていい」
「わかったー」
「ナビの制御を戻そう。しばらくの間、またサポートを頼むぞ」
「うんっ!」
 そして再び、平穏な空間が取り戻されるのである。

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「何なのかしらー、この退屈な世界。魔都のひとつやふたつ、見つかると思ったのに。あるのは平地と荒野と連なる山々だけなんて」
 雲海の渦を抜けた異界の地で。セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)はひとり、空から地上を眺めながら嘆息を漏らしていた。
「財宝はおろか、転がっているのはデーモンの死体と無能なデーモンたち……ザナドゥに違いはないけれど、かなり閉じた空間だったみたいね」
 セシルが異界に降り立つと、そこかしこを徘徊しているデーモンたちが人垣ならぬ魔獣垣を築き上げた。
「しかしまあ、この禍々しい沼気に満ちた空気は心地よいものだわ。いっそこのままここを避暑地にしてしまおうか……寝苦しい夏場には丁度いいかも知れないし。いまの私に、光りなんていらないんだから」
 ここでセシルは考えた。
「家の海賊団の先兵にするのもいいわね。この空間を自在に操る術はないものかしら。この空間が現われた原因を解明できれば、この世界を手に入れることもできるかも知れない……それって、悪くないかも」
 そう思い立ったセシルは、絶対闇黒領域に身を包み、ヘルファイアを放ってデーモンを服従させた。
「さあ、この漆黒の炎を舐めて、私に永遠の忠誠を誓いなさい。そうしたら、いざなってあげるわ。死霊の言葉であなたたちを紡いで、生者の世界へ送り出してあげる」
 おびただしい数のデーモンを従えたセシルは、不敵な笑みをたたえた。
 そして雲海の渦をくぐり、波羅蜜多へと再臨する。