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リアクション
冬月流符術宗家。
代々続く魔法(符術)を扱う家であり、最近新たな当主が自身の翼から羽を抜き取り、符を作り後の代に残したばかりであった。
「……忙しいなぁ。今日は朝から符の作成をして昼からは修行で夜は分家との会食か」
当主となったばかりの冬月 学人(ふゆつき・がくと)は今日の日程を確認しながら家の中を行ったり来たりと忙しさに忙殺され仕事以外の余計な事を考える暇など無いようであった。そんな学人の翼は当主を継いだ事により退化が始まり、今はいつも着ているインバネスコートの中に隠していた。
朝と昼のやるべき事を終えて
「冬月家の代表としての仕事も少しは慣れてきたかな。あとは門下生とかとも上手くやっていければいいんだけど」
学人は今夜会食する相手である分家の方々や門下生達と上手くやっていけているだろうかと考えていた。忙しさにほんの少し慣れたばかりのまだまだ当主初心者なので門下生達や自分を取り巻く人達と上手く関係を築けているのか気になったりする。
「……とにかく夜まで少し時間があるから会食に来る人の確認をして」
学人はもう一度会食相手の確認をして万全を期しようと家の中をうろうろ。
その時、
「うわっ!」
学人は生来の運動音痴を発揮させて何も無い廊下で派手に転んでしまった。
驚いたように周りにいる門下生達や弟達が転んだ学人を見ていた。
立ち上がった学人は
「…… 何も無い所なのに、恥ずかしいな」
周囲の視線に気付き、気恥ずかしくなった。
周りで見ていた門下生や弟達から心配の言葉が投げかけられる。
「……大丈夫だから」
学人は何とか気恥ずかしさを引っ込め、毅然とした態度で心配しているみんなに答えた。
ふと何か気になる事でもあったのか学人は周囲を忙しなく見回した。
「……あれ?」
周りにいるのが見知った人ばかりだと確認すると学人は軽く首を傾げた。何かかがおかしいと。
様子がおかしい学人に門下生が心配そうに訊ねてきた。
「いや、何でもないよ。本当に」
学人は笑顔で心配する門下生に答え、さっさとやるべき事のために動き始めた。
しかし、考えるのは当主としての仕事ではなく先ほど感じた違和感についてだった。
「あの時、誰かがいないような気がしたんだよなぁ」
学人は足りない誰かが気になっていた。
「……転んだ僕を指差して笑ってそのあと必ず手を差し出してくる憎たらしいけど大事な妹みたいな存在がいたような気がするんだけど。そもそも男兄弟で妹はいないはずなのに……本当におかしいな」
ゆっくりと感じたままを言葉にして少しでも違和感を何とかしようとするがますます強くなる。
そして
「……はぁ、何だろう。さっきまで忙しさだけだったのに今は凄い物足りなさを感じる。何故だろう。自分のやるべき事は当主として励む事だけのはずなのにまるで大事なものを忘れてきた感じだ」
学人に溜息をつかせる。先ほどまであんなに当主としての仕事で精一杯だったのに今は嘘のように仕事に集中出来ない。
「……幻聴?」
ふと必死に自分の名前を呼ぶ門下生でも兄弟でもない誰かの声が耳に入り振り返るも誰もいない。
「……でもあの声は聞き覚えのある声だ。知らないはずなのに。もしかしたらあれが僕の忘れている……」
学人は誰もいない廊下を見つめながら先ほどの声が気になっていた。そして、確認するべく歩き始めた。その道は現実へと通じていた。
■■■
「ど、どうしよう……学人が、学人が倒れた! なんとかしなくちゃ……でもどうやって?」
九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は少し離れている間に倒れてしまった学人を見つけておたおたしていた。
しかし、抱き起こして学人の顔を見た時、ローズは深呼吸をして自分を落ち着かせ、
「……しっかりしないと!! 私がおたおたしたら学人は助けられない。私は医療の道を志す者なんだから……学人、すぐに助けるから。まずは被害者を安全な場所へ移動させて事情を知っている人にも聞いて……この騒ぎ、もしかしたらあの魔術師の仕業かもしれない。それでも何とかしてみせる」
今の自分がやるべき事を口にして自分を奮い立たせる。それからローズが学人に肩を貸し、移動を始めようとしたら人命救助に動く者に出会い、事情を聞く事によってヒスミ・ロズフェル(ひすみ・ろずふぇる)が被害に遭っている事や被害者の関係者が解決策らしき方法を思いついた事を知った。
とにかく、ローズは学人を安全な場所に運んで寝かせた後、何度も学人に呼びかけるも学人は目覚めない上に身体がどんどん冷たくなっていく。
「学人! 早く目を覚まして!」
ローズは学人の冷たくなっていく身体に死が近付いている嫌な感触を感じながらも諦めず呼びかけ続けた。自分の目の前で大切な誰かが亡くなるなんてあまりにも悲しすぎて恐ろしくて嫌だから。
「学人!! 絶対に助けるから。学人は私にとって弟みたいなものなんだから」
ローズは相手が何度も遭遇した事があるあの魔術師のため無意味だと分かりながら今度は『ヒール』を学人にかけつつ必死に呼びかけた。かける『ヒール』は足りない何かを知らせ、ローズの声は幻聴として別世界に入り込み、学人を現実世界に連れ戻した。
「学人!!」
ローズは学人のまぶたが震えた事に気付くと学人が戻って来たと歓喜が混じった声を上げた。
学人はローズとは契約せず家を継いだ世界から戻って来た。
「あぁ、ロゼか。僕が弟って新しい冗談? もしそうだったら全然面白くないんだけど」
目を覚まし、むくりと上体を起こした学人は唐突に最後に聞こえた幻聴について口にした。
その案外大丈夫そうな学人の様子に
「学人、人をこんなにも心配させておいてこの大馬鹿者!!」
と散々心配させられたローズは怒り混じりに一発ぶん殴った。
「……本当に乱暴だなぁ。まあ、いいけど」
学人は殴られた箇所を撫でながら肩をすくめた。
「何がいいけど、だよ。私は学人を失いかけたんだよ。それを……」
ローズは学人の身体が冷たくなっていくあの感触と感じた恐怖を思い出していた。大切な誰かを目の前で失いかけるとはどれだけ恐ろしい事なのかを。それなのに平時と変わらない学人の様子に怒りを感じずにはいられなかった。
「ロゼ、断金の交わりって諺を知ってるかい?」
学人はローズが自分に対しての文句を言う前に言葉を重ねた。
「急に何?」
ローズは今までの流れのためか少し尖った口調で問う。
「意味はね、二人心を同じくすれば、其の利きこと金を断つ……つまり僕にとってロゼ達がいるこの世界が一番大切だという事だよ」
と学人は一番大切なものは何なのかを学人なりの言葉にした。
つまり、二人が心を同じくすればその鋭利さは金属をも断つという事、『易経』に見える言葉を踏まえて『三國志』の周瑜と孫策の篤い友情を讃えたものである。
「……学人」
学人の気持ちを知ったローズはすっかり怒っていた事を忘れ去った。
とある町の通り。
「さてとこの報酬で装備を一新するか」
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は通帳に振り込まれた報酬を確認しながら以前から欲していた装備について頭を巡らしていた。学園には入学せず、鏖殺寺院の傭兵として過ごすのが今の恭也の毎日。
目的の装備を購入し整え
「……こんなものか」
恭也はそれなりに満足していた。淡々と仕事をこなし、報酬を貰い、その金で装備を整えてはまた仕事をしてと堂々巡りの生活を送っている。
「しっかし、俺の生活、普通に考えたら結構凄惨だよな」
恭也は誰かの返り血でまた汚されるだろう新品の装備に目を落としながら皮肉のような笑みを洩らした。
「俺、ろくな死に方しないよな。好きなように行動して笑える位惨めな最後を迎える。それが出来るなら、まぁ、いいか」
今の生活をそれなりに気に入っている恭也は深くは考えず、早速次の戦場へと向かった。
屍山血河の戦場。戦い終了後。
「あーあ、返り血って落ちにくいんだよなぁ」
恭也は返り血で購入したばかりの装備が汚された事に少し不機嫌になりながら血溜まりに足を突っ込み、誰かの血で染まった靴で地面に足跡を付けながらあちこちで事切れている死体から戦利品を回収すべく動いていた。
「……これは換金出来るか、これは……」
めぼしい標的を見つけるなり恭也は手慣れた様子で戦利品を漁り始めた。死体から金になりそうなものを回収していく。恭也の日常の一場面に過ぎない光景。
「……くっ」
戦利品漁り中の恭也は突然腹部に強烈な痛みを感じた。
「……何か腹がやたらに痛い気が」
ずきずきとする腹部の妙な痛みに嫌な予感を感じる恭也。
「……起きてるのに目を覚まさなけりゃヤベェ気がする」
そして恭也の第六感は告げる“このままだと殺される”と。何に殺されるのかは分からないが危険だという事だけははっきりしている。
「……思い出せ、忘れてる何かを思い出さなけりゃ確実にバッドエンドだぞ!」
戦利品漁りどころでは無くなった恭也は頭をフル回転させ、忘れている何か、命を脅かす何かを思い出そうとする。
命の危険を感じるという事がかなりの刺激となったのか
「あっ!!」
恭也の脳裏に見覚えのある顔が浮かんだ。そして、それが呼び水となったのか恭也は進むべきを道を誤った世界から現実の世界に戻った。
■■■
「チッ、一体何がどうなっている!? 少し離れていた間に恭也が倒れてるとは」
柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)はいつの間にやら倒れている恭也を発見して抱き起こし、尋常ではないぐらい身体を激しく揺すってみるが一向に目を覚ます様子が無い。
「何だ? ゆっくりだが確実に体が冷たくなってきている。これは無理矢理でも叩き起こさないとマズイぞ。一体何の騒ぎに巻き込まれたんだよ」
唯依は何が何やら分からないでいるが、武術で鍛えられた直感なのかこのまま放置は恭也の命が危ないと察し、行動を起こした。
冷たくなった恭也に毛布でも掛けて呼びかけるかと思いきや
「恭也! こんな所で寝ている場合じゃ無いぞ! 起きろ!」
唯依は呼びかけながら一発、抉り込むように腹を殴りつけた。
しかし、目覚める様子は無い。
「とっとと目を覚ませ、この愚弟がっ! これで起きなかったらM4中戦車改で吹っ飛ばすぞ。それが嫌ならさっさと起きて見せろ!」
唯依はさらに二発続けて恭也の腹を殴りつけ、物騒な事を言い始める。実は人命救助の者に事件の事情と安全な場所を教えられたのだが、唯依は一刻を争うと言い、移動時間も全て恭也の救命に当てていたのだ。
「くそ、この馬鹿はこれ位しなければ目を覚まさないか。仕方が無い」
三発続けて恭也の腹を殴りつけるも無反応のため、とうとう最終手段の準備を始めた。唯依は知らなかった。別世界にいる恭也にダメージが届いている事を。届いているのが呼びかける声ではないのがあまりにも残念である。
「よし、これで確実に」
唯依は用意したM4中戦車改に早速乗り込み、照準を恭也に合わせる。
そして、発射しようとした瞬間。
「……ん……って、な、何だよ。これ!?」
恭也は目覚め上体を起こした途端、自分に照準を合わせたM4中戦車改に青くなった。
「ちょ、撃つな! 撃つな!」
恭也は地面に座り込んだまま大声で戦車に乗っている唯依を止めようとする。
「恭也、目を覚ましたか」
恭也が目覚めた事に気付いた唯依がM4中戦車改から顔を出した。
「おい、これ何だよ。あっちもこっちも戦場じゃねぇかよ」
目覚めて早々恭也は自分の置かれている状況にツッコミを入れた。かろうじて唯依がいる事でこちらが現実だと分かったのだが。
「心配するな。炸薬の量は減らしてある。せいぜい10m位吹っ飛ぶ程度だ」
唯依はM4中戦車改のボディを軽く叩きながらさらりと言った。吹っ飛ぶというのは十分心配して当然なのだが。
「いや、心配するだろ。というか、何か腹も痛いし」
恭也は別世界にいた時に感じた腹の痛みをここでも感じおかしいと気付いた。
「……気にするな。少々、刺激を加えただけだ」
唯依はM4中戦車改から降りずに悪びれる事もなく話した。
「気にするなって俺の腹を殴ったのか? 普通、優しく起こしてくれるもんじゃ。何で現実でもダメージ受けてるんだよ、俺」
恭也は痛む腹に手を当てながらあまりにも残念な現実に溜息をつく。
「それより、よくも私に心配を掛けたな。何か言う事があるんじゃないのか?」
と唯依。M4中戦車改を向けたりしたが、恭也の事を心配していたのは真実。
「……心配掛けて悪かったよ」
恭也は申し訳なさそうに唯依に詫びた。
ここで終わると思いきや
「よし!」
唯依は顔を戦車内部に引っ込め、照準を恭也に合わせた。聞きたかった恭也の詫びを聞いた後、自分に心配を掛けさせた罰だとばかりにM4中戦車改を動かす。
「えっ、おい、戦車から降りて来いよ! 何か、ヤバイぞ」
『行動予測』を持つ恭也は自分に迫る危機に勘付き急いで立ち上がり、疼く腹部を抱えながら、『疾風迅雷』で素早く逃亡。
しかし、恭也が逃げる事は『行動予測』にてお見通しの唯依は素早く照準を合わせて発射した。
「うぉぉお!?」
唯依の言葉通りたったの10m程度しか恭也は吹っ飛ばなかった。
その後、恭也は人命救助担当の人によって無事治療を施され事なきを得た。
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