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あの時の選択をもう一度

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あの時の選択をもう一度
あの時の選択をもう一度 あの時の選択をもう一度

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 素敵な初夢をみんなにと双子が配布していた必ず夢を見せる夢札という魔法道具によって形成されたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の夢の世界。

「……俺はあなたに伝えたい事があった。今なら伝わるだろうか、グラキエス……いや、エンド」
 生きようとするグラキエスの声がもう一人のグラキエスいや記憶喪失前の存在であるエンドに語りかけようとする。狂った自分の魔力の苦痛や暴走の不安、ドラゴニュートのパートナーに見捨てられ自分の魔力は大切な人の命を奪うと気付き絶望を抱えて最初の暴走で自殺を敢行した事があるエンドに希望と生きる価値があると支えてくれる人達がいるとグラキエスは語ろうと思っていた。

 しかし、
「…………」
 エンドは心を閉じ、グラキエスの声を遠ざけた。
 生きる希望などいらない。欲しいのは抱える恐怖から解放され消える事。
「……」
 あらぬ方向を見つめる金の瞳は何もかもに疲れ切りひたすら空虚だった。今のエンドの側には魔力への恐怖しか寄り添っていない。
「…………」
 エンドは静かに目を閉じた。
 もう消えるのだ。
 皆を苦しめ多くのものを破壊し殺した自分。
 何度死にかけても、その度生き延びる自分。
 そんな自分の事が疎ましくて許せなかった。
 しかし、そのまま今度こそ消えられると思っていたエンドの閉じていた両目がゆっくりと開くと同時にエンドという最後の制御を失い、グラキエスとなった精神も砕け、魔力は暴走を始めて再び破壊するためだけの存在となってしまった。
 当然、自分自身の意思で暴走を止める事は出来ない。暴走が始まったと共に建物や人がいるどこかの町の景色に変わった。
 現実世界では魔道書とドラゴニュートのパートナーと兄貴分兼友人がエンドにグラキエスの呼びかけを受け入れさせる手伝いをしたのだが、ここにはいない。誰もいない。
「…………」
 止まる事のない暴走は命あるものを次々と破壊していく。
 聞こえてくるのはエンドに手をかけられる人々の恐怖に満ちた叫び声ばかり。
 目に映すのは瓦礫になった建物に動かなくなった人達ばかり。あちこちに残る狂った魔力の残滓、地面を染め上げる赤。エンドの暴走は世界を蝕んでいく。未来人のパートナーがいた世界に変貌していく。つまり“グラキエス・エンドロアが災厄となる世界”に。

 このまま永遠と破壊だけが続くと思われたその時、破壊活動を行うエンドの頭上から雨がぽつぽつと降り始めた。
「…………」
 雨が降り始めた途端、エンドは急に動きを止め、頭上を見上げていた。
「……」
 エンドが仰ぎ見た途端、雨は豪雨になって降り始める。
「…………これは」
 エンドはゆっくりとした動作で手の平を差し出し、いくつもの雨粒をその手に受け取っていた。なぜだかエンドの暴走は止まっていた。
「…………どうして」
 エンドには暴走が止まった理由は分からなかったが、空から降る雨がただの雨ではない事だけは分かっていた。
「……」
 冷たくもなく少しも濡らさない雨。むしろ暖かく優しい雨。夢の中であるここでは不思議では無いが、なぜだか懐かしくなり心が落ち着く。エンドは手の平に載ったいくつもの雨粒を握り締めた。
 降り続く雨は世界から災厄を洗い流し、大地に潤いを与え、新しい命が芽吹き始める。
 変化は世界だけではなくエンドの身にも起きていた。
「…………」
 自分に呼びかける声は砕けたはずなのに声が聞こえてくるのだ。ただその声はグラキエスの声では無くウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の声だった。自分を必死に呼ぶ声。
 しかし、その声はすぐに消えてしまい、不思議な雨もやんでしまった。
 それにより再び魔力の暴走が始まるかと思われたが、エンドはじっとその場に突っ立っていた。
「…………」
 エンドは命輝く芽吹きに目を細めて感じていた。どんな大地であろうと助けがあれば芽を出す事は出来る、どんな絶望であっても希望はどこかにあると。そしてそれは自分にもあり、絶望が待つ未来を変えるために生きる事も出来るはずだと。
 エンドはそのまま風景に溶け込むように静かに現実へと消えて行った。金色の瞳にはわずかに絶望ではない光がよぎっていた。

■■■

「なんでグラキエスばっか酷い目に遭うんだよ。おーい、グラキエス、苦しいか? どこか痛むか? キースが体の方ちゃんと診てるし、俺が絶対助けてやるから安心しろよ」
 ロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)は意識が無い今も苦しそうな顔をしているグラキエスが心配で頭を撫でながら声をかけるも返事は返って来ない。安全な場所で毛布を掛けられているグラキエスに触れる手からは冷たさを感じ取っていた。
「しかし、外的要因のためか元々体調が悪いためか分かりませんが、他の人よりも急激に状態が悪化していますね。これ以上、このままの状態が続けば……」
 グラキエスのバイタル維持担当のロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)はグラキエスが他の被害者よりも酷い状態である事に一刻の猶予も無いと読む。
「……そうか」
 ウルディカは静かな口調ながらも胸の内ではしっかりと心配していた。
「私はエンドのバイタルを安定させる事に集中します。エンドを目覚めさせる方法はこの際何をしても目をつぶります。一刻の猶予はありませんので何としてでもこちら側に引き戻して下さい」
 キープセイクはウルディカとドゥーエに言った。普段はグラキエスを傷付けられるのを嫌がる過保護なキープセイクも今回ばかりはそうは言っていられないらしく無自覚にドゥーエがやろうとしている事に対しての免罪符を出していた。ちなみに解決策などの事件に関係する情報は倒れたグラキエスを見つけた時に安全な場所と一緒に教えられた。
「……エンドロア」
 ウルディカは静かにグラキエスを見つめていた。
「よっしゃ任せろ! 何をやってもいいって許可ももらったし、全力で起こしにかかってやるぜ!」
 ドゥーエはキープセイクから許可が出たという事で気合いが入っていた。
「と言っても定番の殴ったりするとかはまずいよな。今の無防備状態だと予想外にダメージでかいって言うし……とりあえず、軽く舐めてみるか」
 さすがに弱っているところにダメージを与えるような事をしたくないドゥーエはとりあえずいつものようにじゃれ合おうかとする。
 そこに
「……おい」
 ウルディカがドゥーエの腕を掴み、言葉鋭く止める。グラキエスの兄的存在として見過ごす事など出来ない。
「何だよ、ウルディカ邪魔すんなよ! これは救出活動であってグラキエスが美味いからとかちょっとつまみ食いしようとか、そう言うのじゃねえから! 助ける事以外他意は無いぞ!」
 ドゥーエは自分の腕を掴むウルディカに訴える。しかし、ウルディカは納得出来ない様子のまま手を離さない。
「……今はエンドを助けるのが先ですよ。体調の変化が急激です」
 キープセイクがドゥーエとウルディカの間に割って入る。今大事なのはグラキエスをこちら側に引き戻す事以外無い。
「……それはそうだが」
 ウルディカは苦しそうなグラキエスの顔を見た後、ドゥーエから手を離した。グラキエスを助けたいのは自分も同じだから。
「グラキエス、すぐに俺が助けてやるからな!」
 ドゥーエはウルディカの戒めから解放されるなりグラキエスの首筋を軽く舐め、噛み付いたりとドゥーエなりに真面目に助けようとする。自分の欲望がちらちら見えるが、助けようとしているのは本当である。グラキエスとは同じ研究所で造られ生まれた兄弟のようなもの。そして、グラキエスは大切な弟のようなものだから。
 ウルディカは真面目に助けようとするドゥーエと未だ起きぬグラキエスを見比べ考えていた。
「…………(これは……エンドロアは生きる事を選んだ。どんな苦痛を味わおうと、皆と生きるのだと。俺もそれを見守り助けると誓った。それを邪魔するのは、これ自身でも許さない。このまま終わる事は)」
 当初は未来からグラキエスが災厄になる前に殺すために現れたが、様々な事があり今はグラキエスの兄的立場となり共に生きたいと思っている。それなのにグラキエスに死が訪れようとしている事など許せるはずがない。
 そんな思いに駆られたウルディカは
「目を覚ませエンドロア!」
 先ほどまでの静かな様子は一転、
「お前がどれだけ絶望しようと、俺は必ずお前と生きる未来を選ぶ! 拒否は認めない! このまま目を覚まさないのは俺が許さない!」
 熱く呼びかける。ドゥーエのグラキエスを助けたいという必死な姿に影響されたのかもしれない。そんなウルディカの近くではドゥーエが真面目に自分なりのやり方でグラキエスを目覚めさせようと頑張っていた。
 ドゥーエの必死さは優しい雨となりウルディカの声は別世界に届いていた。
 そして、グラキエスを希望のある現実へと引き戻した。

「……ここは……」
 目を覚ましたグラキエスは心配そうに自分の顔を覗き込むドゥーエと目が合った。
「グラキエス!! 戻って来たんだな」
 ドゥーエは歓喜の声を上げた。
「……あぁ」
 グラキエスはゆっくりと上体を起こし、改めて自分のために必死になってくれた三人の顔を見回した。
「急に倒れ、なかなか目を覚まさない上に正体不明の魔術師の仕業と聞いて心配していましたよ。特にウォークライは熱い呼びかけで必死に頑張ってくれていたんですよ」
 キープセイクがちらりとウルディカに視線を向けつつからかった。
「……余計な事は言うな」
 ウルディカは神妙な顔で言った。今後しばらくからかれるだろうと思いながら。
「……みんな、ありがとう」
 グラキエスはほのかに笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にした。