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 拠点からさほど遠くはない区画に、ひとりの少女が立っていた。
 細い鎖の先に方錐形の飾りが付いたものを手先から垂らし、それの揺れ動く様をジッと見守っている。
「この辺りに何かあるようですね」
 御神楽 舞花は振り子をしまい込むと、怪力のコテを身につけスコップを握りしめた。
「試しに掘ってみましょう」
 スコップの先を力任せに地面へ突き刺すと、易々と40センチ程が地中に埋没してしまった。
 コテのパワーに驚いた舞花は、スコップを引き抜いた。何の抵抗を感じることもなく、いともたやすく引き抜けたことにもまた驚いてしまう。
 柄にこびりついた土塊をはたき落としてから、先端についたスプーン状の部分を地面に差し込んだ。何の抵抗もなく土砂が載り、たやすく掘り起こすことができる。
「これならいくらでも掘り返せます。陽太さんっ、頑張りますからねっ」
 陽太とは、シャンバラ鉄道で働いている御神楽 陽太(みかぐら・ようた)である。
 サクサクと地面をすくっていくと、巨大な歯ブラシが表れた。
「これいったい何に使ったのでしょう」
「それはドラゴンの鱗を手入れするためのブラシでありますっ」
「なるほどっ、興味深いですね」
 彼女の疑問に遅滞なく応えたのは、葛城 吹雪であった。
 スペランカーたるもの、死してなお蘇る。
 そのパートナーであるコルセア・レキシントンが、舞花の採掘をサポートする。
 次に掘り出されたのが、巨大な鞍である。
「これが、ドラゴンの背に乗るための鞍ですかあ。そしてこっちから出てきたのが、ドラゴンにエサを与える時の大タライ」
 イスにある肘置きだと思って力いっぱい引き抜いてみたら、それがどこまでもスルスルと伸びていき、結果的には階段の手すりである事が分かった。
「怪力のコテ、ちょう凄えであります」
「土の中から引っ張り出すのが、快感になりそうです」
 次に出てきたのが、和式便座を思わせる謎の置物。燭台。壊れたシャンデリア。泥だらけのワンピースドレス。田畑を耕すクワ。欠けた茶碗。ドラゴン向けの爪研ぎ板。
 あらゆるものが無秩序に出土する。これはやはり、土砂によって埋まってしまった影響もあるのか。
 やがて舞花は、どう頑張っても引っ張り出せない巨大なものに遭遇した。
「これはいったい、何なのかしら?」
 近くの区画で採掘していた神月 摩耶とミム・キューブ(みむ・きゅーぶ)、クリームヒルト・オッフェンバッハ、アンネリース・オッフェンバッハ(あんねりーす・おっふぇんばっは)の助けを借りた舞花たちは、1体のイコンを掘り出した。
 駆け付けたドジックがキャセルに問いただしたところ、遙か昔に使われていた実物をアンティーク品として飾っていた事がわかった。
「このイコンから機晶石を取り出し、それを発電と給水の動力源として転用する」
 ドジックの提案により、発掘の拠点に発電機と給水器が持ち込まれ、間もなく使えるようになるのだった。





 発掘は順調に進んでいた。
 数日目の晩の事である。
 なかなか寝付けないドジックは、深夜の発掘現場を巡回していた。
 雲ひとつない満天の星空を眺めるには、長袖の羽織が欲しいと感じられる。
 拠点からアトラスの傷痕に沿ってかなり歩いたところで、月明かりに映える白衣の人影があった。
 よく目を凝らしてみると、白衣の周りで複数の影がうごめいているではないか。
「クククククッ……素晴らしい。こんな荒野のど真ん中から、よくぞ掘り当てたものだ。しかも無垢な機晶姫とは、何という巡り会わせ。丁重に扱え」
 不敵な笑みを浮かべた白衣の人こそ、ドクター・ハデスである。
 大がかりなテコによって釣り上げられているのは、かなり大きな塊だった。全幅3メートルといったところか。表面を保護するための布地が幾重にも巻かれているようで、その全容は隠されてしまっている。
「随分と勤勉だな。専攻は考古学か」
「強いて挙げるならば関心事全般、であろう」
「そいつは手広いなあ。俺もいい年して、見習わなければならないかな」
「その心意気は大いに尊重しようではないか、ドジック・カイゼルハンド」
「ハデス、そいつは引き渡してもらうぞ。採掘権は学園に帰属するのだからな」
「断る」
「それは我々を敵に回すと言うことになるが、構わないのか」
 引き上げられた塊に片手を突くと、ドジックを見下ろしてあざ笑った。
「フハハハハハハハ……既に目的は達したのだよ。戦う理由など何処にある。この機晶姫は、秘密結社オリュンポスがもらい受けた!」
 まばゆい閃光がドジックの目を灼いた。
 ハデスの配下が、一斉に閃光弾を焚いたのである。
「さらばだ、ドジック・カイゼルハンドっ」
 機晶姫にしがみついたハデスは、飛来した小型飛空挺に吊り下げられてこの場を後にした。
 ドジックはとっさに安全ゴーグルを起動すると、機晶姫に搭載されている機晶石が放つユニークな波形を記録することに成功する。
 これによって機晶姫の存在は公となり、レーダーで機晶姫を捉えた際にも、適切な識別コードによって敵味方の把握が可能となるのだ。
 ハデスが持ち去ったこの機晶姫は整備され、後に“機晶戦闘機 アイトーン(きしょうせんとうき・あいとーん)”として起動される。