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リアクション
★「重たい空気を投げ飛ばせ!」★
佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)が今日から自分の城となる『佐々布修理店』に帰ってこれたのは、人工的な明かりが赤色を帯び始めたころだ。
助手であるレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)とともに、周辺への挨拶周りをしていたのだ。他にもいろいろな手続きをこなしているうちに遅くなってしまった。
2人とも、疲れの中にも笑顔を浮かべて椅子に座る。
「ご近所さんは楽しそうな方々ばかりですね。私もこのC地区――全暗街でしたか――の一員として頑張りたいです!」
「だねぇ。僕もがんばるよぉ」
「ええ、2人で頑張りましょう!」
複雑な地形の全暗街は薄汚い。暗い。怖い。といったイメージが強かったが、大分改善されてこの街にしかない良いところが見えやすくなった。ラフターストリートに似ていて、しかし全然違う。
より小さな建物が多いここでは、周辺住民との距離が近いのだ。
牡丹もレナリィもそんな街の良いところを気に入ったようだった。
「へぇ、新しい店ができたのか」
「あ、いらっしゃいませ」
少し休憩していると、物珍しそうな顔をした男が入ってきた。最初の客だ。
とはいっても、修理店なため。商品と呼べるのは、牡丹が趣味で作成した『イコプラ』が少しあるだけだ。
「修理……どんなもの修理できるんだ?」
「はい! 日用雑貨から機晶姫&イコンまで、何でも修理致しますよ!」
「イコンもか?」
驚く男に、レナリィが苦笑気味に答える。
「もちろんここにイコンを収納は出来ませんから、出張させていただく形になりますねぇ。
設備がまだまだですので、コンピュータノメンテや装甲の応急処置になるでしょうけど」
「ですね。
まあ、何かお困りのことがありましたらぜひ」
牡丹も続けてアピールしてみるが、男は驚いたままで、レナリィと二人で首をかしげる。
男はレナリィを指し示して、こう言った。
「すごい立派な商品だな。これはいくらなんだ?」
「ぼ、僕は商品じゃないですよぉ〜!」
どうやらレナリィを商品と思ってしまったらしい。怒る彼女を気まずげに見た男は頬をかいた。
「え? そ、そうなのか。すまない……あー。じゃあ、調子の悪いテレビ見てもらえるか?」
「はい! お役に立てるのなら喜んで」
とりあえず、最初の客をゲットできたので、めでたしめでたし?
***
「いい人たちが多そうだな。街の雰囲気も悪くない」
先ほど挨拶をしていった牡丹や自分たちが挨拶にいった先でであった人々。街の空気を肌で感じ取った国頭 武尊(くにがみ・たける)は、少し緊張を緩めた。
彼は今日。ここ全暗街に店を出す。……正確に言うと、猫井 又吉(ねこい・またきち)の店だが。
店の名前は『幸愛苦流Pの全暗街支店』。又吉の経営する幸愛苦流Pの3号店だ。
どんな店か一言で言えばコンビニ。しかし店内を見回す限り、あまり日用雑貨の品揃えは良くないようだ。
あまり平均月収の高くない全暗街では、誰もが物を長く使う。日用雑貨の売れ行きは微妙だろうと言う判断からだ。
だがその代わりに、コンビニには珍しい2階がこの店にはあった。
「全暗街店は日用雑貨の品揃えよりも、2階の飲食コーナーに力を入れたぜ」
パラ実農場から仕入れた白い粉を使った料理や特製アンパンなど、ここでしか食べられないものばかり。固定客をつかめるはずだ。
又吉は店内の最終チェックを終えると、武尊を振り返った。
「俺は周囲への挨拶してくらぁ。巡屋とかいう顔役もいるらしいからな。あとで面倒を起こすのは本意じゃねー。
ついでに宣伝もしてくる。こっちの方は頼んだぜ。今日は開店記念ってことで飲食コーナーは半額サービスだからな」
「ああ、分かってる。料理はかわいいコックさんがいるからな。大丈夫だろう」
「名刺と黄金色の菓子、それと店で提供してるカレーやアンパンを持っていくか」
手土産もちゃんと用意した又吉は、頭の中で予定を組み立てる。
宣伝するのは装輪装甲通信車を使う予定だが、全暗街の道路は狭く通れるところが限られている。
(大通りの方から攻めてみるか。他地区からも客を呼べるかもしれねーしな)
どの通りでどのくらいの時間やどのくらいのビラを配るか。緻密に考えながら、又吉は店を出て行った。
見送った武尊は、開店時間になったのを見て、声を上げた。
「幸愛苦流P全暗街店、本日開店だ。良かったら見てってくれよ」
まずは物珍しさから集まってきた周辺住民を取り込まなければ。
「2階ではちょっと変わった料理を提供してるから、行ってみないか? 今は開店セールで半額だぜ」
「半額っ?」
「まじかー」
「ぱねぇ」
***
「だいぶ全暗街も店が増えてきたな」
ハーリーがホッと息を吐き出す。やはり少々変わった店が多いが、それも全然暗くない街、らしい。
「……ハーリー様。そろそろお時間です」
秘書の声に、緩んでいたハーリーの顔が引き締まる。時計を見れば、思っていた以上の時間が過ぎていた。
この後、会談の予定があるのだ。
「指令長。お連れしました」
「入れ」
ちょうどドアがノックされ、そこから職員に連れられた着物を身に着けた女性とドラゴニュートが姿を現した。
艶やかに微笑む女性――女装した黒崎 天音(くろさき・あまね)と板前に扮したブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)である。
名目は全暗街の現状報告と『飯処・武流渦』の新作・幕の内弁当の試食。
「お時間をとっていただいてありがとうございます」
「うむ。感謝する。
会議などで弁当の注文をする事があれば、ぜひ『飯処・武流渦』の試してみて欲しくてな」
「いや、かまわないさ。ちょうど飯時だ」
穏やかに話す2人に合わせ、ハーリーも笑顔で応対する。ソファをすすめ、自分も正面に座る。
天音が、立ったままの秘書に笑いかける。
「秘書の方の分もあるのです。よろしければ」
「いや、しかし」
「それはありがたい。ほら、お前も座れ」
「はぁ。失礼します」
明るく言うハーリーや天音に恐縮です、と身を縮める秘書に、ブルーズはなんとなく自分と似た空気を察知した。
「しかし中々良い漆器だな。もちろん、中身の方もいいんだろうが」
「この出汁は昨今ニルヴァーナの遺跡で発見された、強い旨味を持つ藻類から丁寧に旨味成分を引き出したものなのですよ」
「漆器にまで目がいかれるとは、さすがだな」
「香りもいいな。……うん、美味い」
「ありがとうございます」
弁当の説明を聞きながら、ハーリーと秘書は弁当に舌鼓を打った。
弁当は好評で、あとは価格を少し下げて、ならば数を注文してもらえれば。などなどを話し合う。
一段落して食後のお茶、スキヤ・ティーを一口飲んだハーリーは、「それで?」
と、話を切り出した。その目はいつの間にか鋭くとがり、先ほどの穏やかな光はない。
空気が耐えかねたように震えた。
天音は、しかし表情を変えぬまま、口を開く。
「アガルタの裏で一体何が起きているの? そこに巡屋は関わっているのかしら?」
開いたままの窓から風が入り込み、机に置かれた書類がめくられる音だけが響く。
***
「ああまさか、契約者の副業としてお店を持てるなんて……夢のようです」
自分の要望どおりの店舗を見上げた富永 佐那(とみなが・さな)は、【ラストライド】という看板に目を細めた。
正式名称は複合型プロレスショップ【ラストライド】。名前から分かるとおり、プロレスグッズなどを扱う店だ。
レスラーたちのアクションフィギュアは豊富で、Tシャツ類も多々揃っている。
キャッチコピーは、絶対真似出来ないクォリティ。家でも、学校でも、どんな場所でも。
っと、これだけならば普通の店だが実はいくつもの棚に隠された入り口から見えない位置には、奥へと続く通路があり。その先にはリングが併設されたプロレス・カフェなるものもある。
さて、どれだけの人々がこの秘密の場所にたどり着けるだろう。
「いつまでも感動している場合じゃありませんね。まずは開店セールでお客さんを呼ばなくては。
有名レスラーさんたちのサイン会を行いたいですね」
さまざまなところに連絡を取り、なんとか来て貰える事になった。
「ラストライド、本日開店です! 今はさらに、あのレスラーさんのサイン会も実施中! ぜひ来てください!」
声高々に呼び込みをしながら、今頃あの人たちも頑張っているんだろうなと、佐那は思いをはせた。
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