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リアクション
★「繋がる話」★
襟首を掴みあげようとした男の手を、細い女性の手が止めた。しかし男はそれを気にせず動かそうとして、ぴくりとも動かないことに驚き、振り返った。
「なっなんだてめぇは」
「なんだですって? それを聞きたいのはこちらです!」
青の瞳を怒らせて男たちを睨んでいるのは九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)だ。
「さっきから聞いていればなんですか。
お高くとまってる? 野蛮?
おなじアガルタに住んでいるのにそんな言い方はないでしょう?」
喧嘩の原因はくだらないことで、そしてその喧嘩を引き起こすために人員や薬が用いられていたとしても、ローズには信じられなかった。
ピシリっと反論を封じ、【偽乳特戦隊】を呼ぶ。
「あなたたちはすぐに怪我人の搬送と暴れる方たちへの対処を」
「はい!」
リーダーミルクが返事をして、喧嘩で怪我をした人たちを連れて行く。もちろん、ローズ自身も手伝いながら急いで自分の店――診療所であるローズのアトリエへと向かう。
「傷口を綺麗にします。沁みますが我慢してくださいね」
幸い、ほとんど軽傷と呼べるほどのものであった。だがそれでも、そこから菌が入れば大変なことになる。
てきぱきと治療をこなし、補佐をしてくれている【偽乳特戦隊】らへ指示を出しつつ、患者の様子を伺う。先ほどまで殺気立っていた雰囲気がまるでなく、なぜこんな事態になったのか不思議そうにしていた。
十中八九、今噂の薬のせいだろう。
まったくもうっと怒りがローズの中で渦巻く
(致し方ないとはいえ、アトリエにも経営というものがあるのに、このアレルギーだかアルギーレだかわかりませんが、こんなふざけたものをばら撒いてる方から
がっぽりと皆さんの分の治療費をふんだくってやりたいですよ! ええ!)
もちろん患者が目の前にいるので心の中だけでの叫びだ。
ここにいる患者はあくまでも被害者なので、治療は格安で行っている。もともと儲けるためにアトリエを開いたわけではないので良いのだが、それでも維持費は必要なのだ。
「すみません。少しお願いしたいのですが」
ローズは治療の終わった患者に対し、採決を頼む。そこから薬の成分を調べるためだ。了承を得られた者たちから採取した血液をシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)に渡す。
「まったく、人間ってのはくだらねーもんで揉めるな。薬のせいとはいえ、オレからすりゃ喧嘩してる奴等、どっちもどっちだぜ」
「ソレに関しては私も同意です」
あきれた様子のシンだったが、まあいい、と受け取る。
「アルギーレの成分を調べればいいんだろう。んでそれから特効薬を作る、と。
ま、オレが最高の紅茶を作り出してやる」
「ええ、お願いします。
【偽乳特戦隊】はハーリーさんと巡屋さんに中和剤作成&試飲についての許可をもらいに行ってください」
患者が近くにいるため比較的柔らかい口調のローズだが、最初【偽乳特戦隊】に協力を頼んだときは
『今日ちゃんと手伝ってくれたら明日のおやつにジャンボチョコパフェを奢ってあげよう! どうだ、私は優しいだろう!?』
『おー!先生、最高でーす!』
というノリであったことをここに記しておく。
まあそれはさておき、シンは血液中に含まれるごくごくわずかな成分を取り出すために試行錯誤していた。
「現物が手に入ればもっと楽になるんだろうがなぁ」
***
『薬が出回っている? そういうことなら私に任せて!』
美咲から相談を受けたのは『巡屋の姉御』ことヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が胸を叩いたのはついさきのこと。
すぐさま十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)の元へ帰り、事情を説明。アガルタで依頼を受けてきたから手伝ってほしいと頼み込む。
今までのヨルディアの行動を思い浮かべた宵一はいぶかしそうな顔をし、ヨルディアではなく共に協力することとなったコアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)に聞いてみる。
「……何か俺に隠してないか?」
「し、知らないみゅ〜」
コアトーはみゅ〜みゅ〜、とそっぽを向く。明らかに何か隠している。一体何を企んでいるというのか。
(……ま、まあ俺はしがないバウンティハンター。厄介事を糧に生きるハイエナのような男さ)
深く気にしないことにした。
(よかったでみゅ〜。お姉さまの目的は悟られたらダメみゅ)
その様子にホッとしたコアトーは意識を切り替え、ヨルディアのために動き出す。
すでに巡屋からは情報が届けられている。巡屋自体も事件解決に心力を注いでいるが、とにかく早い解決をしたいらしく、情報は隠されていない。
そこから関係者に接触して手に入れた物品にサイコメトリをかけたものの、大元に直結するような情報は得られない。シャンバラ国軍軍用犬を用いても同じだが、両方を一度に使用することで得られる情報は2倍とまではいかずとも増える。
地味で辛い道のりだが、コアトーはめげない。
(ヨルディアお姉さまがアガルタの女王になるためでみゅ〜。がんばるみゅ〜)
気合を入れなおしたコアトーの姿が街中へと消えていった。
***
手紙を見つめて美咲は考え込んでいた。手紙の送り主はリネン・エルフト(りねん・えるふと)。内容はとある人物との会談の仲介。
『美咲、ヘイリーが呼んでるわ。用件は……いうまでもないわね』
文にこめられた意味を、美咲はすぐに理解した。薬が出回るのを抑えられなかった件だろう。
手紙には会談に臨む美咲へのアドバイスも書かれていた。
『ヘイリーたちは居丈高に出てくるでしょうけど、ひるんだらダメよ。巡屋は空賊団の傘下じゃないんだから』
『彼女が何を求めているのか、何をしてほしいのか……表面上の態度だけじゃなく、よく考えること。まぁ練習と思って、色々知恵を絞ってみるといいわ。今回は失敗してもフォローできるから』
ヒントは、空賊団も薬や奴隷売買は嫌い。でもアガルタの面倒までみたくないのが本音。
部屋のドアがノックされたとき、美咲は緊張で肩が震えた。しかしそれをすぐに抑え、手紙をしまってから入出許可を出す。
「どうぞ」
中へと入ってきたのは、見るからに機嫌の悪そうなヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)と意地悪そうな顔をしたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)。
今日二人は、『シャーウッドの森』空賊団として美咲との話し合いを申し出てきた。
「あたしが怒っている理由、分かるわよね?」
「は、はい。今回の薬のことで、私たちが……いえ、私が」
「そうよ。あなたに怒っているの。巡屋。全然街を抑えられてないじゃない」
居丈高に美咲を威圧するヘリワードの後姿を見つつ、フェイミィは内心ため息をついていた。
(やれやれ。……悪者ぶるのは趣味じゃねぇんだけどなぁ)
「あんたら、舐められてるって自覚ある? 経路とかじゃない、やられた事自体が問題なの!」
「それはっでも」
「掟破りは殺せ! 吊るせ! 仁義『だけ』で秩序が作れるかッ!」
ヘリワードの口調がさらに厳しくなり、美咲は少し押され気味になっている。さらに周囲の部下たちの空気も悪くなっていた。
重たい空気を感じつつ、フェイミィは美咲の身体を上から下まで眺める。
「相変わらずいい身体してんなぁ」
「だから今必死に情報を集めて……へ?」
思わず呟いてしまったら、美咲が首をかしげてフェイミィを見上げた。
「あんたらが不甲斐ないなら、あたしらが直接シメるしか……はぁ?」
美咲だけでなくヘリワードもきょとんとしているので、今のは彼女たちの作戦と言うわけではなさそうだ。
空気が歪んだのを悟っているのかいないのか。フェイミィはにっと笑った美咲に近づく。
「ここはオレたちが納めてやるから指咥えてみてろ、な?」
「はっ? 何を」
「ヘイリーも言ってただろ? 今回の事件はオレらがやってやるから、代わりに美咲ちゃんの仕事はオレらへのご奉仕ってことで」
「ひゃんっちょ、な、なに」
抱きつかれ、服の隙間から進入した手が――
「ぐほぉっ」
すぐに離れていった。というより、その手の本体がすっ飛んでいった。
***
ハーリーは、しばらくの間黙っていた。
天音も急かすことなく待っていた。
「……回天組と巡屋。両者にC区を抑えてもらえれば、と思っていた」
話し始めた彼に、視線が向く。
「俺だってついこないだまで普通の学生だった子供にあの街が抑えられるとは思ってない。
かといって、他に信頼できる組織や勢力というと回天組しかいなくてな」
ならば実績も実力もある回天組に任せればよかったのだろうが、回天組も決して規模が大きい組織ではなく、一番奥の最も指令部の手が入らない地域を抑えるだけで精一杯。それ以上に勢力を広げる欲目もなかった。
指令部としても1つの組織に任せるより、いくつかに分かれて抑えてくれた方が助かるため、巡屋が比較的治安の良い大通り沿いを。回天組にはもっとも治安の悪い箇所を締めてもらうことで調和を保とうとしたのだ。
「回天組が壊滅させられたのは、俺がソレを望んでいることを悟ったやつがいるからだろうな」
そういったハーリーの表情には、諦めがあった。
***
「素直な気持ちを言わせてもらうと」
美咲がまっすぐヘリワードへ目を向けて言う。どうやらこの場にいる全員で先ほどのことはなかったことにしたらしい。
「私は、この街がよりよくなるなら、誰がこの街の顔役でもかまわないと思ってます」
構成員たちがどよめき、ヘリワードの目つきが鋭くなる。しかし美咲の言葉には続きがあった。
「でも責任はとります! 今回の件は絶対なんとか解決して見せます!」
はっきりと、自信のある顔で言い切った美咲に。ヘリワードは内心驚きつつも喜んだ。
(へぇ、成長してきてるのね)
表では冷たい顔をはりつけたまま、ヘリワードは言葉を返す。
「お手並み拝見、ね」
その後2人は敵組織のチンピラたちを遅い、容疑者たちに対して強行尋問をするなど、過激な取締りを行った。
しかしそのおかげで、なるべく穏便に解決しようと動く巡屋の評価が上がった。
***
諦めのような表情は、すぐに掻き消えた。いつもと同じ、飄々とした雰囲気に戻ったハーリーは、しかし目だけを鋭く尖らせたまま口を動かし続ける。
「敵が何をどう考えているかはわからねー。
だが動き出している今、巡屋一家には早く自立してもらわないといけねぇ。
……そう考えているのは、俺だけじゃないみたいだが」
***
カランカランっと入店の音とともにエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はその店に入った。そのまま慣れた様子でカウンターに座る。
「あらいらっしゃい」
「やあ」
店の名前は『アガルタ冒険者の宿』。リネンの店だ。
エースは飲み物を頼み、差し出されたときに自然と。そして誰にも気づかれぬままリネンに何かの手紙を渡した。リネンもまた、誰にも気づかれぬまま受け取る。
手紙のあて先は巡屋美咲様とあった。内容は今回の事件についての協力の申し出だ。
「いやぁ、少し散歩してたら喉がかわいてね。地下だから涼しいはずなのにねぇ」
「でもたしか、気温も操作して季節作ろうとしてるって噂があったわね」
「そうなのかい? でも今までどおりでもいいけどなぁ……季節があっても面白そうだけど」
しばらく普通の会話をしてから、エースはお代を置いて立ち上がる。
「じゃあまた寄らせてもらうよ。ありがとう」
「ええ、また」
再びカランカランっと音を立ててドアをくぐり、エースは外に出る。
強い日差しなどないはずの地下空間だったが、あちこちで喧嘩が起きているからか。いつもよりも暑い気がした。
「さてと、情報を集めないと」
エースはどこへ行こうかと周囲を見回し、ぽつんと佇む街路樹へと駆け寄る。
「ごめん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
そして優しく話しかける。彼には植物の声が聞こえるのだ。街の植物たちは、枯れにとって大事な友人だった。
話を聞いている途中、エースは樹の根元に何かが落ちていることに気づく。
球体に輪っかのついた生き物、のおもちゃのようだ。
エースの店、にゃあカフェにも何回か来たことのある彼の姿を思い出す。彼は猫たちのお気に入りで、いつも遊んでくれている。
「今頃、頑張ってるのかな」
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