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長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず) シン・クーリッジ(しん・くーりっじ) 柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)



「降参だ。
たしかに私はウソをついた。
キャロルがこうしてここにいる以上、もう、記憶喪失のフリをする必要もないだろう」

椅子に座ったまま長曽禰は、両手をあげて、降参のポーズをみせた。

「ローズ。てめぇ、やっぱり、オレを、みんなをだましてやがったのか」

パートナーのシン・クーリッジが長曽禰をにらみつける。

「すまないと思っているよ。
シンがはじめに面会にきた時に指摘したように、私の言動はでたらめさ。
わけのわからない鉄仮面と大太刀、おまけに口のまわりは血だらけで、そのうえ、記憶喪失。
いったい、これにどんな合理的な解釈がつけられるだろう。
こたえはつまり、そこの探偵さんにも言われたように、私にはそうする必要があったんだ」

「なんのためにそんなバカなことをしやがったんだ。人騒がせにもほどあるぜ」

「一言でいえば、彼女を助けたかった。それだけだ」

室内にいる一同の目がキャロルにむけられた。

「長曽禰さん。私のために、もうしわけありません」

キャロルが長曽禰にふかく頭をさげる。長曽禰は薄い笑みを浮かべた。

「いや、いまの状況をみるかぎり、すべては好転してるみたいだ。よかったね。
じゃ、私が説明するね。
みなさん、聞いてほしい。
なぜ、私が人喰いのフリをしなければならなかったかを」

あの日、私が動物園にいたのはたまたまだった。
医者は医者でも、だいたい獣医でもない私が動物園で仕事をさせられるのもおかしな話なんだが、どうやら、動物との接触がもとで未知のウィルスに感染したかもしれない職員がいるとかで、それで私にお呼びがかかったんだ。
感染したらしい職員の症状自体はたいしたことはないんだが、今後も考えて原因を究明したい、とか。

「ようするに、また、まんまとダマされたんだな」

シン。黙っててよ。話が進まなくなるからさ。
たしかにダマされたんだけどね。あの夜、動物園では人間相手の医者が緊急に必要になる事態が起きる可能性があったんだ。それを知っていた園の人間たちは、あらかじめ医者を呼んでおきたかった。
私が呼ばれた本当の理由はそんなところさ。
だって、まさか動物の職員のほとんどが街の裏の支配者の配下の人間たちで、そこで非合法な取引や抗争が行われるなんて、普通、想像もできないじゃないか。

「そうか? あそこは夜はヤバイ場所だってマジェじゃ有名だろ。知らないのはおまえだけだ」

シンは、うるさいなー。ああ、私は知らなかったよ。悪かったね。
それで、実際、帰ろうとしても、あれこれ話を持ちかけられて、私は夜遅くまで足止めされたんだ。
あの夜のほんとうの意味での最初の患者の手当をさせられたのは、午後10時をまわった頃だったと思う。
爆発音が響いて、動物たちが騒ぎだして。
園内で、園を運営しているアンベール男爵側と対抗勢力との抗争がはじまったんだ。
交渉は決裂、即、その場で開戦という流れだったらしい。
最初、当然ながら私は事情がよく飲みこめなかった。
園内の事務所で、銃声をきいて驚いたよ。
事務所には、次々と負傷者が運ばれてきた。
長曽禰先生。頼みます、ってお願いされて、放っておくわけにもいかず、救急処置や、できる範囲での手術をしたんだ。重傷の人やあきらかに手遅れの人もいた。
患者はどんどん運ばれてくるし。わけがわからなかったよ。
しかし、事務所にはどこから手に入れたのか各種の薬剤や器具、輸血用の血液まであった。
あれには助かったな。
確認できなかったが、別室で私以外の医師も治療していたらしいし、まったく、まるで、野戦病院だ。

「てめぇ、ほんとに大バカだな。そんなことしてねぇでさっさと逃げるか、助けを呼べばいいじゃねぇか」

できればしているさ。気持ちの余裕もなかったし、目の前には助けを求める患者がいるしで。
しかも、私だって背後から銃口で狙われながら治療をしていたんだ。
怪しいそぶりをみせたら、撃つって言われてね。
そうこうしているうちに耳にはいってくる断片的な情報から、私にも事情が飲みこめてきた。
今夜の争いは、小競り合いなどではなく、両勢力の今後を決めるような総力戦らしいこと。
大規模な争いになるのは、あらかじめ明らかだったので、一般市民が巻き添えになるマジェの街中ではなく、動物園が舞台として選ばれたことなどね。
自分にできる最大のスピードで治療を続けるうちに、私も腹が決まってきた。
こうなったら、自分の生命の心配をして怯えてもしょうがない。
医者として、目の前のできることに集中して、もし、ここで死んだら死んだ、ってね。

「長曽禰さん。ほんとうにご迷惑をおかけして」

キャロルのせいではないと思うよ。正直、私はいつだって運のいいほうじゃないんだ。
あの夜を無傷でのりこえられたのは、私にしたら奇跡みたいなもんさ。
何時間すぎたのか、時計をみるとすでに日付がかわってずいぶんすぎていた。
患者が運ばれてくるペースはいっこうに変わらなかったけど。
そうこうするうちに、動物園側のトップが、つまりアンベール男爵が殺されてしまったらしいって知らせが届いたんだ。
事務所にいた人たちは、みんな急に覇気をなくしてしまって、患者さんも容態が悪化してしまう人がでて。
私は、ふいいに事務所内のあかりが消えたような感じがしたよ。
実際には、電灯はずっとついたままだったのにね。
これじゃ、まずいと思った。
私もふくめて事務所にいる全員が皆殺しにされる、ビジョンが心によぎったんだ。

たとえ、男爵さんが亡くなられたとしても、私たちはまだ生きているじゃないですか。
あきらめるのは、早すぎますよ。
ほら、胸をはって元気をだして。
もうすぐ朝がきます。

悪い予感を振り払うように、私は精一杯の笑顔で、ひたすらに希望を口にした。
みんな助かります。
私が助けます。
うわごとのみたいにつぶやき続けたんだ。
そして、男爵の訃報のあとも抗争は続いた。
何時だったか、ようやく空が明るくなりかけた時、休みなしの治療に疲れ果てた私のもとに吉報がもたらされた。
終わりのみえない激戦の中、有利な戦況にもかかわらず、突如、相手側のリーダーが逃走し動物園を離れた。
もともとリーダーのカリスマ性のもとに、流れ者のワルたちを集めただけの烏合の衆だった敵勢力は、戦意を失い総崩れをはじめた、というニュースだ。
私にとっては正直、勝ち負けよりも、生きたまま、ここをでられる可能性がみえてきたのが、うれしかった。
無意識のうちに涙を流していたよ。
キャロルが事務所に連れてこられたのは、その頃だった。

「この話が事実だとしてだ。ローズ、てめぇはつくづく悪運の強いやつだな。

結局、死んでねぇし、ケガもしてねぇじゃねぇか」

自分でも不思議に思うよ。
さて、長くなってしまった私の話もついに最終段だ。
キャロルが事務所にきた時、それまで一晩中ずっと治療をさせられてた私に彼らは、この子を殺してくれ、と頼んだ。
私は耳を疑った。単純にそれは私ではなく、きみらの仕事だろ、と思った。
彼女は、アンベール男爵サイドの大幹部の娘で今夜は亡き父親のかわりに交渉に参加にしきていたんだそうだ。
父が、これまでやってきたことの責任は自分がとると言ってね。
動物園の職員たちの意見は、今夜、彼女が生きのびてしまったら、これからずっと彼女は対抗組織に狙われ続ける。彼女が生きてゆくためには、1度、ここで死ぬ必要がある、というものだった。
本当に命を奪わなくてもいい。
とにかく、彼女はここで死んだと世間が思い込むようにできないか。
なんなら一度、化死状態にして、モルグから、彼女の死体を盗みだし、どこかで蘇生させるでもいい。
彼女をモデルにして、そっくりの死体をつくってくれてもいい。
私は頭を抱えたよ。
一晩、抗争に付き合わされて、感覚がマヒしてしまっていたのか、彼らの言い分自体はわからないでもなかった。
かまわないから、ここで私を本当に殺してくださいと主張する、彼女を放ってはおけない気持ちだった。

「それで動物にでも、彼女が食べられたことにしたら、どうだろう、と考えたわけだね。それなら、糞があれば、証拠はいらない。糞の中に彼女の衣服や装飾品をまぜておけばOKさ。
動物園には、実際にそういう用途に使われる動物、超獣も飼育されてるみたいだしね」

キャロルをここへ連れてきてくれたきみ、柚木貴瀬くん、だね。正解だよ。
彼女の死体は動物に食べられたことにして、後日、糞から証拠が発見される。
さらに、実際、事件当夜に人間を食べたという異常者があらわれて、状況を混乱させる。
というわけで、私は記憶喪失の人喰いの役を演じさせてもらったんだ。
誰がニセ者を演じてるのか、すでに亡くなっているはずのアンベール男爵の館で、探偵のみんなの力で、まぎれもない真実があきらかにされるのを願ってね。

「お疲れさま。長曽禰先生。
俺は思うんだけど、こうなると真実の館での物語を終わらせるためには、キャロルに館へいってもらう必要があるんじゃないかな。きっと、待ってる人もいるよね。
俺はまだ動物園でしたいことがあるし、先生は茅野瀬さんの診察をしなくちゃならない。
誰かあっちでキャロルを守ってくれる人、いないかな。
先生、心あたりはないかい」