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リアクション
保健室。
目覚めたハイコドを待っていたのは、友人達の覗き込む顔だった。
微睡んだまま疑問を顔に浮かべるハイコドに、雫澄は言う。
「保健室だよ。
ハイコドさん、今の状況が分かるかい?」
ゆっくり自分でもそれを確かめる様に頷いたハイコドに、雫澄は微笑みかける。
「今まで大変だったね。
でも君にはソランさんと子供が……それに僕らもいる。
一人で無理なら二人、それでも無理なら沢山の人と手を取り合って――
僕らはそうやって進んでいくべきなんだ」
真摯な言葉はもう一つ残っている。薫が手を取っていた。
「ハイコドさんも……もう二度と、見失わないで。
大切な人の傍にいて、きちんと守ってあげてなのだ」
が、誰も彼もハイコドに甘い訳ではない。
託や涼介には「バカ」だの「阿呆」だの「考えが浅い」だの「鍛え直せ」だの言いたい放題罵られ、ジーナに突きつけられたメールには、こんな文が書かれていたのである。
『君がこのメールを読むと思って、バカラクリの携帯に送っておくよ。
先ずハイコド君、君のやったことは軽率すぎます。
妻をめとり、幼子がいる状態で力を求めに行くというのは、
仕事でうだつが上がらないから転職するという阿呆と同じです。
何も安定を目指せと言っているわけではありません。
日々の安寧を護りつつ、自分の力をつけていく方法はいくらでもありますよ。
今回の君は、安易に他の人物(?)に頼ったことが敗因ですね
周りをよく見渡しなさい、
君には話せる友、高めあえる戦友がいるはずです。
彼等の力を頼るのが一番だったのではありませんか?
大人しく教導団医療部で治療に専念すること、
それが君の将来に有用なことだと思います
最近家族が増えた 緒方 章(おがた・あきら)』
完璧な正論だった。
そしてそれを読んでいる間も、衛はぶつぶつと小言のように続けている。
「ジナと一緒に用事やってたら蒼学に閉じ込められて?
これはあれだよね、じなぽんとのフラグだよねー?
とか思ってたのにコレ。
全く、犬っコロのせいで折角のムードが台無しだぜ」
ジーナの方は緒方 樹(おがた・いつき)に連絡をしているようだ。
衛曰く、用事を済ませたところで樹から電話連絡があったらしい。
『ジーナ、どうやら犬タコが蒼学に舞い戻ったようだ。
手続きが終わり次第、犬タコの身柄確保に向かってくれ、
……最悪の場合、生死は問わない。頼んだぞ!』そんな酷い内容で。
転校や引っ越し準備で忙しい彼女が、それだけ立ち回ってくれたのは感謝すべきなのだろうが、『生死は問わない』の一言は余計だった。素直に喜べない。
「樹様ー。色々片はつきましたよー♪
全てあるべき所に戻りました。
もうワタシ達が心配しなくても大丈夫だと思いますですよ!」
『そうか、良かったなジーナ……。
ああ、もし余裕があるなら蒼学の人魚にも無事に終わったことを伝えておいてはくれまいか?
後はだな……せっかく蒼学に来たんだ、この間のメイド君を、
『今度は貴様の番だ』という期待の意味を込めて、ジーナのハリセンで突っ込んでおいてはもらえんか?
マモルの投擲で適当なモノを投げつけるのでも構わないんだがな』
けらけらと笑う樹との通話を切って、ジーナは早速『メイド君』こと雫澄をハリセンで襲う。
「うわ! 何!? 何で僕が狙われてるんだ!?」
託の笑い声と、止めようと慌てる薫の声と、「保健室だから静かにしようね」と言う涼介の声が混じり合う。
悪夢の中で失くしてしまった幸せ生活が、飛び込むようにハイコドの心に戻って来た。
*
皆が帰った保健室。
静まり返ったその場所で、疲労からか、薬の影響か、それともやっと見る事が出来そうな幸せな夢に早く会いたいのだろうか――眠りに落ちたハイコドの頬を、ソランはそっと撫でていた。
「こんなにボロボロになって、――ごめんね。
今日が何の日か分かる?
……私達の結婚記念日だよ、ハコ」
ハイコドの(義手ではない)右手の薬指に、銀色の指輪がはめられた。
それは行方不明になる前のハイコドが、ソランに残していった約束の証し。
二人の結婚指輪だった。
これからどんな困難が待ち構え居ようと、こうして進んで行ける様に――。
ソランはハイコドの暖かくなった手をとって、久しぶりに感じる彼の胸の鼓動を聞きながら目を閉じた。