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ニルミナスの休日2

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ニルミナスの休日2

リアクション


湯るりなす

「だ、誰も来てないよね?」
 ミナホの休日二日目。早朝に湯るりなすの幸運の湯へと入っているリアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は超感覚で周りを警戒しながらそう言う。
「ふぁーあ……リアトリスさんは警戒しすぎですわ」
 リアトリスの背中を洗いながら船を漕ぎ眠たそうに言うのはルピナス・ガーベラ(るぴなす・がーべら)だ。男なのに男湯に他の方がいるとのんびりできないというリアトリスに付き合わされたルビナスは早朝で眠たげだ。ゆっくり寝るためにも度胸をつけて欲しいと思う。
「そ、そんなこと言っても……」
 恥ずかしいのは恥ずかしいから仕方ないとリアトリスは言う。
「うーん……でも、いい湯だね。最近肌荒れてきたから綺麗になるといいんだけど」
「すぅ……う、ううん……幸運の湯って言うんですからそう言うのは難しいんじゃないですの?」
 肌に効くのは美容関係の湯だとルビナスは言う。
「そうかな? ほんの少しだけど肌に艶が戻った気が……」
 自分の肌を触りながらリアトリスは言う。
「正直リアトリスさんの髪も肌もいつも通り綺麗だと思いますわ……」
 眠たげに率直に言うルビナス。
「そうかなぁ……」
 自分の肌をぷにぷにと触りながらリアトリスは首を傾げる。
「まぁいいかな。そろそろ出ようか。一番風呂の人が来る前に」
 幸運の湯を堪能したリアトリスはルビナスにそう言う。勘違いかもしれないが肌の艶が戻った気がするのは十分な収穫だとリアトリスは思いながら風呂場を出る。

「……え? ここ男湯だよな……?」
 そして脱衣所。普通の男性客がリアトリスを見てそう呟く。
「っ――――!」
 裸を見られたリアトリスは顔を真赤にして風呂場へと舞い戻る。
「……やっぱりリアトリスさんに度胸をつけてもらいませんと困りますわ」
 はぁとルビナスは小さくため息を付いた。


「――こうして雅羅がきまぐれで旅行に行った街は一夜にして物の怪たちに滅ぼされたのであります」
 村の広場。子どもたちを集めて話をしていた葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はそう締める。話の内容は雅羅の不幸体質が起こす災厄。……それを多大に誇張したものだ。
「ふ、この村も今日が最後の日になるかもしれないであります……」
 吹雪の言葉に子どもたちはガクガクと震える。
「こらっ、あんた何を言ってんだよ」
 そう言ってぱしんと吹雪の頭を叩くのは熾月 瑛菜(しづき・えいな)
「雅羅がくると聞いたら彼女の武勇伝を話さずにはいられなかったのであります」
「……まぁ、あの不幸体質で今まで生き残ってるのは確かに武勇伝かもしれないけど」
 そして武勇伝とは大体が誇張されてしまうものだ。そういう意味では吹雪の話は間違っていない。
「いや、じゃなくて、いたずらに子どもたち怯えさせてるんじゃないよ」
 うわーんと瑛菜に抱きつく子どもたち。
「少しやりすぎたであります」
「……まぁ、反省してるならいいけど」
 よしよしと子どもたちを宥める瑛菜を一時眺めていた吹雪は踵を返す。
「どこ行くんだい?」
「雅羅が湯るりなすに行くという話を聞いているのであります」
「…………で?」
 それがどうしたのかと瑛菜は聞く。
「隠れて見て彼女の起こす騒動を楽しもうと思うのであります」
「……ま、うん。ある意味これは雅羅の不幸体質が起こした不幸だね」
 どこまでもいじられる雅羅に同情する瑛菜だった。


「ふふふ……流石の私も村についてからここにくるまでに一日かかるとは思わなかったわ」
 村からここ『幸運の湯』につくまでの苦労を思い出し雅羅は暗い笑みを浮かべる。というよりもう笑うしか無いという感じだ。
「脱衣所から服脱いで湯に浸かるまでに一時間かかるってどういうことなのよ」
 どういうことも何もある意味いつも通りな話だ。
「まぁいいわ。サウナあるみたいだし行ってみようかしら」
 幸運の湯内にあるサウナを見つけて湯から立ち上がる雅羅。不幸体質を治すこともだが普通に温泉自体も楽しめたらと思っていた。
「ふぎっ!?」
 スコーンときれいに転ぶ雅羅。見ると足元には石鹸が転がり込んできていた。
「く……足を踏み出す前までは確かになかったのに」
 絶妙のタイミングで滑ってきたのだと雅羅は思う。

『どんぐりころころどんぶりこおんせんころんでさぁたいへん♪』
 石鹸を親の敵のように見る雅羅の耳に届くどんぐりころころの替え歌。
『たんこぶでてきてこんにちわ まさらさんいっしょにうたいましょう』
「……何よこの歌。バカにしてんの?」
 そして雅羅のつぶやきも無視して始まるどんぐりころころ替え歌二番。
「バカにしてるの!?」
 思わず男湯に向かって叫ぶ雅羅。
『NO,NO,シアワセは、歌がもたらすヨ。雅羅さんも一緒に声、揃えて歌ってハッピーな気分になるね!』
 男湯の方からそう言うのはロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)だ。
「し、幸せ?」
 そのフレーズに反応してしまう雅羅。
『どんぐりころころどんぶりこおいけにはまってさぁたいへん』
「ど、どんぶりころころ……」
『声が小さいネ!』
「どんぶりころころ――!」
 流されて唄い出す雅羅。何故か始まる輪唱。
「……って、やっぱりバカにしてるでしょ!?」
 そう雅羅が正気に戻るのは十回ほど輪唱を終えた後だった。


『やっぱりバカにしてるでしょ!?』
「ねぇ、昶」
「俺は何も聞こえてないぞ」
「そっか。じゃあ気のせいだね」
 白銀 昶(しろがね・あきら)の言葉にうんと頷く清泉 北都(いずみ・ほくと)。二人共触らぬが吉だと本能的に理解していた。
「ちょうどいい温度だねぇ。もう少し入ったら、僕は薬湯に行くけど、昶はどうする?」
 今温めの湯に入っている北都は昶にそう聞く。
「薬湯は臭いがきついか遠慮しとく。もう少しここでゆっくり浸かってる」
「そっか。じゃまた後でね」
 そう言って北都は一旦湯を出て薬湯の方へと向かう。
「……ふぅ」
 北都を見送り昶は改めてゆっくりと湯に浸かる。
「ほんと、ちょうどいい湯だな」
 熱めが苦手な昶や北都にとって、適温といえる温さだ。各湯全てに熱めと温めの温泉が用意されているという話で、提案し作業を手伝った昶としてはそれなりに嬉しい。
「……もう少ししたらラセンのとこにいくかな」
 療養をしているというラセン。大分良くなっているという話を昶は聞いていた。あまり人がたくさん来ても疲れるだろうと遠慮していたが、そろそろ大丈夫だろうと思う。
「また、一緒に温泉入れるといいな」
 そう思い、また昶はゆっくりと湯に浸かるのだった。

「薬草のブレンド具合はちょうどいいね。ちょっと独特の臭いがするけど、逆に効いてる感じがする」
 薬湯についた北都は早速温めの方の薬湯につかり、その効能を確認する。
「これなら手伝ったかいがあったかな」
 薬湯を提案した身として北都は薬草の調合を手伝っていた。村の周辺から取れた数種類の薬草をブレンドし薬効を高めることに成功していた。
「季節ごとに取れる薬草も違うからその時はまた調合を手伝おうっと」
 そう決めてゆっくりと薬湯に浸かる北都。
「この後はひらめきの湯に行ってみようかなぁ」
 半信半疑だがもし効果があると面白いなと思いながら北都は次の湯へと思いを馳せるのだった。


「あ、雅羅本当に来てたんだ」
 ぶくぶくと幸運の湯に沈んでいる雅羅を見つけてセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)はそう声をかける。
「なに? セレンたちも私もからかいにきたの?」
 いつもに比べて人災が多いと感じながら雅羅は疑心の眼でセレンと一緒に入ってきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を見る。
「何言ってるの?……それより雅羅は相変わらず胸大きいわね」
「……どうも」
 すっかりいじけてるのか反応薄い雅羅。
「隣失礼するわよ」
 それに臆した様子もなく雅羅の横に入るセレン。
「……セレンはなんでこの湯に?」
 いつもと変わらない様子のセレンに少し警戒を解いたのか雅羅はそう聞く。
「よくぞ聞いてくれました。ここって、幸運の湯じゃない? そんな名前なんだから宝くじの一等があたるんじゃないかなって」
「そんな簡単に当たるなら皆この湯に殺到するわよ」
 セレンの楽観的な発言に苦笑するセレアナ。
(でも、本当に当たったら面白いわね)
 笑う門には福来るという言葉がある。自由に生きるセレンはその言葉を体現したような女性である。もし本当に幸運の湯に効果があるならそれと相まって本当に当たるかもしれないとセレアナは思っていた。
(……自分のためだけでなく当たったら一部は村に寄付するとかも言ってるし、本当に当たるといいんだけど)
「雅羅もこの湯にたくさん浸かってたら宝くじ当たるかもね」
 自分が当たったわけでもないが、当たることを前提でそう言うセレン。
「……それはそれで怖いわ」
 自分の場合だとそれが新たな不幸の始まりになるとしか思えない雅羅。
「もし雅羅が宝くじ当たったら一緒に遊びに行きましょう」
 自分はその不幸体質を怖がったりしないとさりげなく伝えて励ますセレン。
「……ありがと」
 ぶくぶくと雅羅は恥ずかしそうに幸運の湯に沈んでいくのだった。

――その頃村長の部屋――

「前村長! 毒蜂の群大群が村の西部にきています!」
 村長代理を務める前村長のもとにそんな知らせが来る。
「ただちに現場の村民の避難を。ニルミナス防衛団に火炎放射器で対応に当たるように」
 前村長の指示に了解ですと出て行く村人。
「……刺された人のための薬も用意しておきますか」
 いきなり村へ舞い込んだ不幸に前村長ははぁとため息を付いた。


「思ったよりは大きな騒ぎが起きてないな」
 外の騒ぎを知らない黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は幸運の湯の外でそう言う。
(……しっかし、黒羽に雅羅の監視依頼がきたときはどうしようかと思ったけどどうにかなるものだな)
 始まりは子どもが誰かからか雅羅の怖い話を聞いたところからだった。怖がった子どもはその話を親にし、そこから便利屋である『黒羽』に雅羅を監視するように依頼が着ていた。
「村が吹き飛ぶのは嫌だししっかり雅羅を監視しなけりゃな。……流石に温泉はいってる今はルヴィたちに頼むしかないけど」
 問題は雅羅の周りで起こるだろうと身構えていた竜斗はやっぱり外の騒ぎに気づかない。
「しかし温泉かぁ……またユリナと一緒にに入るのもいいかもな」
 正真正銘結婚したのだから問題ないと竜斗は思う。思うが実際に入ってどうなるかはしらない。
「竜斗さんとふ、二人っきりで温泉、ですか?」
 バシャと勝ってきた飲み物を落とす黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)。竜斗の妻だ。竜斗のためにと飲み物を買ってきたユリナはちょうど竜斗の温泉を一緒に入りたいという話を聞いていた。
「ユ、ユリナ?」
「い、いいですよね。二人っきりって。結婚したんですし」
 しどろもどろな様子で一生懸命に言うユリナ。
「ユリナ? 落ち着け? 確かに俺も入りたいとは思うが、そんなに慌てなくても――!」

 はたしてそれは雅羅に関わったことによる不運だったのか、あるいは偶然舞い降りた幸運だったのか。竜斗にはよく分からなかった。


「あれ〜? 竜斗お兄ちゃんから返事がないよ?」
 幸運の湯の脱衣所から雅羅を監視しているリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)は定期連絡がつながらないことに首を傾げる。
「……ん、すぐ外にいるのは確かみたいだから大丈夫」
 ロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)は外から聞こえてくる竜斗の声からそう言う。
「そっか。なら大丈夫だね。……もぐむぐ」
 安心したのか竜斗からもらった温泉まんじゅうを頬張るリゼルヴィア。美味しそうに食べるリゼルヴィアの姿は傍から見ても幸せそうだ。
「……美味しい?」
「ん。おいしいよ」
 そのリゼルヴィアを抱っこしながらロザリエッタはそう聞く。ここで監視を始めてからずっとロザリエッタはリゼルヴィアを抱っこしていた。その様子は傍からは無表情だが、彼女をよく知っている人から見れば幸せそうな様子だ。
「……食べたらまた監視。……村、守る」
「うん。……なんだか探偵さんになったみたいで楽しいな」
 お腹が膨れたリゼルヴィアがロザリエッタに体を預けてそう言う。
「……うん。ワタシも楽しい」
 預けてきたリゼルヴィアの体を深く抱っこしてロザリエッタはそう言う。無表情ながらリゼルヴィアに大きく癒されているロザリエッタだった。


「うーん……なんだか外が騒がしい気がするけど……気のせいかな」
 村に活気が出てきたしそのせいだろうとネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)は思う。湯るりなすのロビー。そこでネージュは飲み物を湯上りの人に渡したりしていた。
「コーヒー牛乳とかフルーツ牛乳はウエルカムホームで販売されているのと同じものがあるけど、それ以外の選択肢もあったほうが嬉しいよね」
 そう思ってネージュはロビーでドリンクの試飲をしてもらっていた。許可をもらってここにドリンクスタンドを開設して提供できないかと。
 自分の経営する店から材料を用意して作った飲み物はどれも本格的だ。ハーブとリーフ、ハーブシロップを用意して、ニルミナスの鉱泉水で割ったジュースや自家製のハーブヨーグルト。アイスハーブティーなど、湯上りにあったらよさそうなものを試飲してもらっていく。
(いつか、このドリンクスタンドが湯るりなすの名物になるといいなぁ……って、まずは許可を貰わないと何も始まらないけどね)
 そう思ってまた気合を入れて試飲してもらっていくネージュ。

 三日後。仕事に復帰したミナホからドリンクスタンドを出す許可はすぐに出た。


「……あんた、いつから湯に浸かってんの?」
 幸運の湯。口まで浸かっている雅羅を見つけて瑛菜はそう聞く。
「……わからないわ」
「……分かった質問変える。……いつまで浸かってる気?」
「閉館するまで」
 冗談言ってる様子はない雅羅に瑛菜はため息をつく。
「隣いい?」
「どうぞ」
 ゆっくりと雅羅の隣に浸かる瑛菜。特に会話するわけでなく二人は幸運の湯に浸かり続ける。
「あ、瑛菜部長に雅羅さん。来てたんだ」
 そこにちょうどやってきたのは赤城 花音(あかぎ・かのん)だ。最近忙しかった疲れを取ろうと温泉へと着た花音は知り合いの姿に嬉しそうにする。
 その調子で雑談をする花音と瑛菜時々雅羅。しかしふとした拍子で会話が止まってしまう。

「ねぇ、瑛菜部長、雅羅さん。ちょっと相談乗ってくれないかな? ボクの恋に関することなんだけど……」
「ぶふっ!?」
 花音の言葉にむせる瑛菜。
「? 瑛菜部長?」
「い、いや、なんでもないんだけど……相談はいくらでも受けるからまた別の機会に二人きりでしない?」
「わざわざ時間を取ってもらうなんて悪いよ。それに雅羅さんにも相談乗ってもらいたいし」
 シリアスな雰囲気になんだか嫌な予感がする瑛菜。
「ふーん……それで悩んでいることってなんなのかしら?」
 さっきまで黙っていたのに急に乗り気になって花音の相談に乗る雅羅。いじられ続けていたため頼りにされたことが嬉しいらしい。
「リュート兄に告白されたんだけど……まだ、その答えを見つけられないんだよね」
 早速相談を始める花音。こうなったらどうしようもないと瑛菜も真剣に花音の相談に耳を傾ける。
「多分、ボクが恋愛・結婚の相手に唯一求める事は……『オラにちょっとの元気を分けてくれ』的な感じだと思うんだよね」
 その点でリュートはどうなのかなと花音は言う。
「生涯を共にする相手としては……申し分ないと思う。ボクの音楽活動にも、欠かせない人だしね。だからボクはリュート兄を好きなんだと思う。ただ、異性としての想いなのかは……わからないんだよね」
 そこでふぅと花音は息を吐く。
「雅羅さんや瑛菜部長はリュート兄のことをどう見てる? もしかしたらボクの知らない面があるかもしれないし教えて欲しいんだ」
 カノンの質問に雅羅と瑛菜は率直答えていくのだった。

「『オラにちょっとの元気を分けてくれ』的な感じですか……盲点でしたね」
 花音たちの話の話題だった男、リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)は日本酒を傾けながらそう呟く。幸運の湯の男湯側。花音たちの話を聞いていたリュートは花音の言っていることを吟味する。
「二人してテンションが下がった時など……確かに問題ですね。出来る限り花音の要望に答えられるよう頑張ります」
 誰に言うでもなく自分にそう宣言するリュート。
「僕も発展途上、花音も発展途上、二人の関係はもっと発展途上です」
 だからとリュートは思う。
「きっと、二人の関係は幸せなものになります」
 完成など全然していないのだ。ならどんな形にでもなれるとリュートはうちに秘めた強い想いを発露する。
 普段は優男なイメージを受けるリュート。だがその内に秘める花音への想いはたしかに強いものがあった。

――その頃村長の部屋――

「前村長! 村の南部から不発機晶爆弾が発見されました!」
 村長代理を務める前村長のもとにそんな知らせが来る。
「ただちに現場の村民の避難を。ニルミナス防衛団に爆弾用の冷却スプレーで応急措置に当たるように」
「冷却スプレーじゃ無理だと思います。直系五メートルあるんで」
「……爆発したら村吹き飛びますね」
「はい」
 前村長も村人もそこで無言。
「……とりあえず誰も近づかないように」
「了解です」
 そう言って出て行く村人。
「なんなんですか? 本当に」
 当然前村長の言葉に答える声はなかった。


 立入禁止になった村南部。そこをふらふらと歩く姿があった。
「ミリアさーん? 瑠璃ちゃーん? 翠ちゃーん? どこですかー?」
 そう声を上げるのはアンナ・プレンティス(あんな・ぷれんてぃす)。彼女は一言で言うなら迷子だ。どれくらい迷子かというと『迷子』と書いて『アンナ』と呼んでもいいかなと思うくらい立派に迷子していた。
「? これなにかしら?」
 ふらふらと歩いていながら最短距離で不発機晶爆弾にたどり着くアンナ。迷子属性だけでなく立派な巻き込まれ属性も持っているらしい。
「うーん?」
 それがなんなのか分からないアンナはペタペタと不発弾を触る。
「? スイッチ?」
 爆弾に着いたスイッチに見つけたアンナ。当然起爆装置だ。
「……嫌な予感がするし、よく分からないもののスイッチ押すのはダメよね」
 巻き込まれ属性のわりには常識のあるアンナだった。
「アンナさん! ……ふぅ……やっと、見つけた」
 そろーっと爆弾の傍を離れるアンナにミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が声をかける。
「ここ、機晶爆弾があるとかで立入禁止らしいですよ」
 銃型HC弐式・Nで迷子のアンナを追跡していたミリアはアンナの反応が立入禁止区域にあるのを見た時は卒倒しそうだった。
「……もしかして、あれ、機晶爆弾だったの?」
 あんな大きな爆弾もあるんだとアンナ。
「とにかく今はここを離れましょう? 爆発に巻き込まれたら流石に死んじゃうわ」
 そう言うミリア。
「それはいいのだけどミリアさん。どうして私を縛るの?」
 影に潜むものに縛り付けられてミリアに引きづられていくアンナ。
「……流石にこの状況で迷子になってもらわれるとどうしようもないというか……」
 爆弾がいつ爆発するかわからない状態で探しまわるのは勘弁だとミリアは思う。
「……あんまり心配させないでね? アンナさん」
 本当に心配したのだとミリアは言う。だからこそ村人の制止も聞かず立ち入り禁止区域にアンナを迎えに来た。
「……はい。今度からはどこかに行くときはいつも縛り付けてください」
「あ、それ採用するわ」
「…………冗談よ?」
「わかってるわよ」
 そう言い合って迷子と保護者は笑いあった。







『くすくす……大きな機晶爆弾ね。……むかつくわ』
 不発弾の前で深くフードをかぶった人影はそう言って力を振りかざす。
『私、機晶技術って嫌いなのよね』
 その言葉を最後に声の影はその場を離れる。

 数分後。前村長が現場に来た時、その場に不発弾の姿は存在しなかった。