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無人島物語

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無人島物語

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 少し行ったところで、真理子は足を止めた。
 洞窟の角で二人の男がじっと待っていたのだ。
「……ごめん。かえってヘソを曲げちゃったわ」
「いや、俺たちも少しからかいすぎたかな、と思っていたところだ」
 他のメンバーよりも一足先にこの島に辿り着いていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、やれやれと溜息をついた。
 隣のカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)も、ちょっと気まずそうな様子だ。
「ペットフードをやろうとしたら、あんなに怒り出すとは思わなかったぜ。もちろん、親愛の情を込めた冗談なのによ」
「彼だって知ってるわよ。照れくさかったからでしょ」
 ゲルバッキーのいるほうに視線をやりながら、真理子は苦笑する。
 実のところ、このお話が始まる前にすでに一悶着あったのだ。
 ダリルとカルキノスは、遭難組ではない。事故のニュースを聞くなり、船を仕立てて嵐の中この島までやってきたのだ。
 一緒に来ていたはずのルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、この島に着くなり桜井 静香(さくらい・しずか)から改めて重要な相談があるとの報告を受けて大急ぎで戻っていった。彼女には後ほどご登場願おう。
 島に上陸したダリルとカルキノスは、台風を避けて岩場の陰で雨宿りをしていた真理子たちをあっさりと見つけ出した。そこまではよかった。
 ダリルは【ゲルバッキーの息子】だった。ゲルバッキーは、先日の婚活卯月祭でダリルとの交流を深め、息子と呼ぶようになった。
 きっと、お互い意識しあっていて気負っていたのだろう。
「俺はそこの犬の味の方に興味が有るがよ」、などとカルキノスが軽口を叩いた。もちろん、馬鹿にするつもりは毛頭なかった。なれた間柄ならむしろ親しさの証だ。
 ぎこちない様子だったゲルバッキーに高級ペットフードをやろうとしたら、<僕を馬鹿にするな!>などと激しく怒り出し、洞窟の中へ入ってこなくなったのだ。
 ダリルは、「ここで待ってる」とゲルバッキーに言った。
 そして現在に至るというわけだ。
「子供か、あの犬は?」
 真理子はこめかみに指を当てて呆れ果てた口調で言った。
「本当に申し訳ない。あんな調子でいつも父がお世話になっているようだな」
 ダリルは、真理子に礼を言う。
「お礼を言われたら私が困るわ。私もね、……あの犬に癒されてるところがあるし。ああ見えて可愛いのよ、彼」
 真理子はにんまりと笑う。ゲルバッキーをいじりまくっているのは、お互い馴染んできているからかもしれない。
「本当に、このまま行っていいんですの? ちょっと意地張りすぎて、来づらくなってるだけだと思いますわ」
 イングリッドが心配そうに言う。
「ゲルバッキー! ご飯よー!」
 真理子が叫んだ。
「ますます意固地になって来ないだろ、それ」
 カルキノスが突っ込む。
 彼は、仕方ないか。と決心したようだった。
 最後の手段だ。これだけは使おうかどうしようか、本当に迷っていたところだ。
 もし成功したら、ゲルバッキーはドッグフードの件よりプライドを傷つけられ立ち直れなくなるだろう。
 カルキノスは『獣寄せの口笛』のスキルを使った。口笛の届く範囲の獣は呼び寄せられる。
 しばらく待った。
 スキルの効果で小動物が近寄ってきた。だが、それだけのようだ。
 ダリルは言う。
「カルキノス、あまり父を馬鹿にするな。そんな効果が通じるはずが」 
<ハッハッハッ……>
 ゲルバッキーは、いつの間にやら彼の足元で舌を出しながら行儀よくお座りしていた。
<……あ>
 ゲルバッキーは我に返ってめちゃくちゃ気まずそうな表情になる。じっと見つめているダリルや真理子の顔を見て誤魔化すように陽気に尻尾を振った。完全に犬になりきってやり過ごそうとしているのは目に見えていた。
「ち、父よ……」
 普段クールで冷静なダリルが珍しく声を震わせた。どうしてこのスキルに反応しているんだ? と内心ガックリしているのがわかった。
<う、うむ。よく来たな息子よ。待っておったぞ>
 ゲルバッキーは精一杯の虚勢を張った。待っていたのはダリルのほうだった。
「もうどこにも行かないでくれるな?」
<あ、ああ。約束しよう息子よ……>
 ダリルの問いに、ゲルバッキーは目を逸らせて答えた。照れているようだ。
「あなたねー、こんないい息子さんをあんまり困らせちゃだめよ」
 メッ! と真理子が強く言うと、ゲルバッキーはお手をした。降伏したらしい。
<とにかく、これで仲間は揃ったわけだ。冒険に出発しよう>
「『獣寄せの口笛』に呼び寄せられておいて、どうしてドヤ顔で仕切っているの?」
 真理子は言うが、とりあえずホッとしたようだ。ダリルとカルキノスに向き直る。
「うちの愚犬ともども、改めてよろしくね、お二人さん」
<愚犬というな>
 だが、ゲルバッキーの口調にもう怒ったり気分を害した様子はなかった。
「ああ、こちらこそよろしく」 
 ダリルたちは微笑みながら頷く。