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無人島物語

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無人島物語

リアクション

「く、くそっ……。だが、俺はここで帰るわけにはいかねぇ」
 キロスはしぶとかった。
 イカダも手下も失ったがまだ動ける。
 あの後、泳いで島まで上陸していた。
「もう一暴れしてやる! 最後は華々しく散るのだ!」
 浜での騒ぎは一段落し、集まってきていた契約者たちも、元のキャンプに戻っている。
 陸地に上がったキロスは、リア充を探し始めた。いや、もう何でもいいから破壊していこうかと思っていた。
「うおおおおおおっっ!」
「あ〜、やっぱりこっちに来たな。あいつ、何であんなに怒ってるんだ?」
 浜辺に来ていた匿名 某(とくな・なにがし)は、問答無用で襲い掛かってこようとしているキロスを見つけて指差した。
 せっかくみんなで旅行してたら無人島に流されてしまい、救援待とうと思ったが、浜辺ではこの騒ぎだ。
 キロスはすでに暴れ始めている。皆が苦労して作ったキャンプ地を手当たり次第に破壊し始めた。
「あのままにしておいたらまた面倒なことになるんだろうなぁ……。しょうがない」
 某は、一緒にいたパートナーのフェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)に声をかける。
「いいことを思いついた。あいつ連れてこいよ」
「あの長髪野郎はどこいっても面倒な存在だから、うだうだやってないで、いっそあいつをそのまま海に沈めて第二のダイパニックにしてやったほうがいいわ」
「まあ、そう言うなって。ただ海に沈めても面白くないだろ。挑発してもいいからさ」
 某が言うと、フェイも頷いた。
「まあ、おまえがそう言うなら連れてくるけどね」
 キロスは、取り押さえようとしている浜辺のメンバーを相手に大暴れしている。
「ちょっとごめん。あの男、こっちに預けてくれないかしら?」
 フェイはその騒ぎの輪の中へと入っていった。
「ねえ、キロス」
「ぐおおおおおおお! 死ねええええええええ!」
 キロスは破れかぶれの狂犬みたいになっていた。とにかく目に付くもの、近くにあるものは全て攻撃するつもりだ。話など通じない。
「ちょっと、キロス! 話を聞きなさい」
「オラオラ! 死ね氏ね死ね!」
「えいやっ」
 ぐにゃり!
 あろうことか、フェイの脚がキロスの股間を思い切り蹴り上げていた。いやな感触とともに、キロスはその場に硬直して白目を剥く。
「あ、あが……あがが……っ」
 キロスは股間を押さえて呻いていた。見ていたみんなも、うわぁ……、という表情になる。相当痛そうだった。
「木の実割りする前に、大切な木の実を割っちゃったかしら」
「て、てめぇ……。ぶっ殺すぞ……!」
「海でカニ食べ過ぎて脳みそがカニ味噌になってるのはよくわかったから、ちょっとこっちへ来なさい。私たちが遊んであげるから」
「何しに来たんだ、てめぇ」
「チキンなキロスくんは、怖かったら手下のモンスターもつれてきていいのよ?」
「手下はもういねえし、そんな気はねえぜ」
「あらそう。じゃあ、【一般契約者相手に不戦敗した竜騎士(失笑)】の称号をつけてあげるわ。所詮貴様はその程度だったという事か……ハッ!」
「な、なんだと?」
「ねえねえ、【一般契約者相手に不戦敗した竜騎士(失笑)】のキロス? 一人でバカやっちゃってるけど、今どんな気持ち? ねぇねぇ、【一般契約者相手に不戦敗した竜騎士(失笑)】のキロス、どんな気持ち?」
 キロスの顔を覗きこむフェイの可愛い笑顔が、とても腹立つ。
「うぐぐ……、そうまで言われちゃ、行くしかねえな。話くらいはきいてやるぜ。……フェイてめぇ、覚えてろよ。後でピーピー泣かしてやるぜ」
「それは楽しみだわ〜。ピーピー……」
 そんなことをいいながら、フェイはキロスの耳を引っ張って某の元へと帰ってきた。
「痛てて、放せこのヤロウ!」
「やあ、キロス。待ってたぞ」
 不敵な笑みを浮かべた某が出迎える。
「なんのつもりだ、コラ! 俺はそれほど暇じゃねえんだぞ。さっさと用件を言いやがれ」
「三回勝負だ」
 某が間髪いれずに言った。
「先に二勝した方が勝ち。簡単だろ?」
「だから、そういう遊びならやらねえって言ってるだろ! 拳で決着つけようぜ!」
「見てたぞ、キロス。フェイにあれだけやられて悔しくねえのか? お前が二勝したら、フェイに土下座でも逆立ちでもピーピー泣かすでもなんでもやらせりゃいいさ」
「勝手に決めんな。ふざけろ、くたばれ!」
 フェイが文句を言うが、某は構わず続ける。
「その代わり、俺たちが二勝したらキロスは救援が来るまで大人しく浜辺で正座してろ。わかったな?」
「なるほど、そいつはいいな」
 キロスはフェイを睨みつけながら言った。
「フェイ、ナマコ踊りだ! 俺が二勝したら、てめぇには、この海にいるナマコを両手に持って踊ってもらうからな!」
「な……、何を言って……っ!」
「この浜辺でナマコ持ってウッホウッホ……! 気持ち悪さと屈辱に歪むフェイの顔が見物だぜぇ……! は〜っはっは!」
「キロス、いい加減に!」
「まあまあ」
 二人のやり取りをはらはらしながら見ていた結崎 綾耶(ゆうざき・あや)が止めに入った。
「ようするに、こっちが二勝すればいいんですよフェイさん。……ここでキロスさんを取り逃がしてもいいんですか?」
「くっ……」
 クソが勝手に決めやがって、とフェイは某を睨みつけた。
 某は視線を逸らせつつ言う。
「まず、第一の勝負は木の実割りだ」
「なんだそれ?」
 キロスが首を捻ると、ちょうど向こうから大谷地 康之(おおやち・やすゆき)がやってきた。
「待たせたな。ちょうどいい大きさの気の実を捜していたんだ」
 康之は、二つの大きな木の実をキロスに見せる。
「ルールは単純だ。目隠しをして20m先の木の実を割った方が勝ち。スイカ割りと同じ要領だ」
「棒がないぞ?」
 キロスが言うと、康之は答える。
「壊し方は任せる! 素手でも蹴りでも何でもありだ」
「いいだろう。目隠しはどこにある?」
「これだ」
 康之は蔦を使って自作した目隠しを取り出す。彼はそれを自分の顔に巻きつけながら言った。
「第一の勝負は、俺が相手だ。さあ、始めようぜ、木の実割り」
「くくく……、楽勝だ」
 キロスも自分の目を隠すと、すぐさま木の実めがけてダッシュしようとする。
 それを某が止めた。
「ちょっと待て、キロス。フェイを背負っていけ」
「なんだと?」
「ハンデだ。それくらいいいだろ」
「そちらでルール決めておいて、さらにハンデかよ。ふざけんな」
 キロスが言うと、フェイも賛同してくる。
「そうよ、キロス。この名無し野郎にもっと言ってやって。そんな馬鹿な真似はする必要ないわ」
「フェイ、キロスの味方するのか?」
 某は目を丸くする。
「味方じゃないわよ。木の実割りで背負われろ? おまえの木の実も割ってやろうか?」
「フェイさん、キロスさんが勝ったらナマコ踊りですよ……」
 綾耶が言うと、フェイははっと我に返って。
「やっぱりその程度の男だったようね、キロス。ゴネて自分を有利にしようなんて、【一般契約者相手にゴネ勝ちした竜騎士(爆笑)】の称号をつけてあげるわ。お似合いね。次はどんなゴネかたをしてくれるの?」
 フェイが鼻で笑うと、キロスはぐぐ……と呻いて。
「乗れ」
 と屈みこむ。
「……変なところ触らないでよ」
 フェイは神妙な表情になって、キロスの背中に身を寄せる。
「間に合ってんだよ」
 キロスはそう答えると、フェイをおんぶして立ち上がった。
「……フェイてめぇ、実は苦労してんだな?」
 キロスはしんみりと言った。その口調にフェイは、え? と虚を突かれる。
「その身長で、香菜とほぼ同じ体重かよ? もっとメシ食え、バカ」
「なっ……、キロスにそんなこと言われる覚えはないわよ! 死ねカス!」
 ちょっと赤くなってフェイは言い返す。ん? と首をかしげた。香菜の体重を知ってるってことは……?
「キロス、香菜に何かしたの?」
「何もしてねえよ!」
 キロスは強く言い返した。
 その間待っていた康之とキロスを同列に並べて、某は「じゃあ、スタート」と言った。
「うぉりゃあああああああっっ!」
 キロスは、背中のフェイを物ともせず猛然とダッシュした。
「ちょ、ちょっと! 激しく揺れ動かさないでよ! 落ちちゃうじゃない!」
「しっかり捕まってろ!」
 キロスは一瞬で間合いを詰め、跳んだ。
 完全に粉砕する威力で、拳を叩きつける。
「ここかっ!」
 ドガッ!
 彼の拳は、的確にヒットしていた。
 近くで見物していた誰かの頭に! キロスはすでに、木の実を飛び越していたのだ。
「キロス! やりやがったな、この野郎!」
 相手は殴り返してくる。
「上等じゃねえか! ぶっ殺してやるぜ!」
 キロスは目隠しを外すと、相手に殴りかかっていく。
「ちょ、ちょっと、バカなにやってんのよ!?」
 背中にしがみ付きながらフェイが悲鳴を上げる。
「……」
 ゴスッ! バキッ!
 その間に、康之が木の実を割っていた。
「やめなさいってば! 死ねゴミムシ!」
 まだ喧嘩を続けるキロスに、フェイは腕を彼の首に回して締め上げた。
「ぐ、ぐは……っ、やめろわかった、から……腕を放せ……」
 キロスはフェイの腕をポンポンと二度ほど叩く。
「あ、あのごめんなさい……。ちょっとした行き違いで……」
 キロスの背中から降りたフェイは、相手に謝る。相手はよくわからなそうだったが、ぶつぶつ文句いいながら去って行った。
「ふん、ざまあ見ろ! あのやろう、ちょっと涙目になってやがんの、バーーカ!」
「バカはおまえよ、このチンカスが。早くも無様に一敗しておいて、どうしてそんなに誇らしげに胸張っていられるの?」
 フェイは、気を取り直して冷ややかに突っ込む。
「くくく……、ちょっと本気を出しすぎてしまったらしいぜ」
 キロスは動じずに、某に向き直る。
「少しはやるようだな。こうじゃなきゃ面白くねぇ! 次は何だ!?」
「『ウィルソン』だ」
 某は、すでに用意していた白い物体を取り出す。
 それは、康之が大きの木の実を白く塗って、その上から人の顔みたいな模様を描いたものだった。『ウィルソン』と名づけたらしい。
 まるで生きているみたいだ。不気味すぎる。
「こいつをトスし合う。割ってしまった方が負けだ。割った者は、『ウィルソン』! と叫ぶこと」
「楽勝だな」
「……じゃあ、さっそく始めるぜ」
 実のところ、この時点で某の内心は決まっていた。
 木の実割りは、キロスの暴走で勝手に勝ってしまった。このまま二連勝するのも面白くない。なにしろ、三戦目は……。
「あっ、やっちまった!」
 某は、何度かトスし合った後、ミスったフリをして『ウィルソン』を落とし割っていた。足元に気持ち悪い液体が広がっていった。
「う、ウィルソン!? ウィルソ〜ン!」
 某は叫んだ。
「それはいいのですけど、負けたら【ウィルソンを無残に殺した】の称号を与えるんじゃなかったでしたっけ?」
 綾耶の突っ込みに、某はしまった! という表情になった。第三戦目のことが頭にあってすっかり忘れていたのだ。
 某に称号を与えよう。
「三戦目は、パートナーサーチ。お互いのパートナーを先に見つけたほうが勝ちだ」
 気を取り直した某は、キロスに言った。
「な、何だと!? 出来るかそんなもの」
 某の意図を察したキロスは明らかにたじろいだ。
「じゃあ、私は隠れてきますね」
 綾耶は、駆けていく。密林の中に隠れるつもりらしかった。
 それを視線だけで追って、某は言った。
「俺は、綾耶を見つけ出して連れてくる。キロス、おまえは香菜を見つけ出して連れてくる。早かった方が勝ちだ」
「ちょっと待て、それは」
「もちろん、俺が有利なのはわかってる」
 某は、キロスに口を挟ませずに続ける。
「見ての通り、綾耶は今から隠れるところなんだからな。追いかけたらすぐい追いつくだろうし、見つけやすいだろう。だから、俺はキロスが香菜を探し始めて少ししてから捜索スタートでいい。その頃には綾耶の行方もわからなくなってるだろう」
 某が大幅に譲歩するには理由があった。
 キロスに、真剣に香菜を探して欲しかったからだ。
 もちろん、某が勝たなきゃフェイがナマコ踊りするハメになる。だがそうだとしても、彼はキロスに香菜のことを真剣に思ってほしかったのだ。
「ぐぐ……」
 キロスは、まんまと某の計画に乗ってしまっていたことを知った。一勝一敗。浜で正座か、ナマコ踊りか……。
「……棄権だ」
 少し考えて、キロスは言った。
「別の勝負を考えろ。それならやってもいい」
「逃げるのか、うじむし野郎」
 フェイが言った。
「おまえには、【一般契約者相手にみっともなく逃げ出した竜騎士(死ね)】の称号を与えるわ。それが、おまえにはお似合いよ」
「なんとでも呼んでくれ」
 キロスは冷たい目でフェイを見つめ返しながら醒めた口調で答えた。
「俺は香菜を探さない。次の勝負がないなら、失礼するぜ」
 キロスは、とりつくしまもないほどかたくなに言った。誰も寄せ付けない雰囲気を全身に纏いながら、某たちの傍から離れ、歩き出す。
 もう、某たちの声も届かないようだった。
「……!!」
 そのキロスが驚いたように足を止めた。
 彼の正面に、いつの間にやら香菜が腕を組んで立っていた。キロスをじっと見つめている。
「か、香菜……」
 キロスが目を見張っている間に、香菜は無言でキロスのすぐ傍まで来て立ち止まった。
 ぱん! と香菜はキロスの頬を張る。
「なにしがや……」
「……」
 香菜の目に見つめ返されて、キロスは黙った。
「心配したんだからね。みんなにもたくさん迷惑かけて。ごめんなさい、は?」
 香菜はキロスを見つめながら言う。
「……ふんっ!」
 キロスは、そっぽ向いた。
「ごめんなさい、は?」
 香菜はもう一度同じ口調で繰り返す。
「……帰るぞ」
 キロスは、そのまま香菜の横を通って、香菜がやってきた方向へと足を向ける。
「みなさん、キロスが大変ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
 みなが固唾を呑んで見守っていた中、香菜は全員に向けて頭を下げる。
「……え、じゃ、じゃあ、私はナマコ踊り……?」
 我に返ったフェイがちょっと焦った目で香菜を見つめる。
「キロスが何を言ったか知りませんけど、無視していいと思いますよ。人の話も聞けないような男みたいですから」
 香菜はもう一度某たちに頭を下げると、キロスの去って行った方へ追いかけていった。
「なんか、完全に負けちまったみたいだな」
 某がその様子を眺めながら言った。
「ふん……。死ねフンコロガシ」
 フェイはキロスの去っていった方にベー、と舌を出すと、身を翻した。
 全身には、まだキロスにおんぶされていた時の感触が残っていて……。
「次はどんな称号をあげようか……」
 キロスとはまた合えるだろう。楽しみだった。