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無人島物語

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無人島物語

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 ヴァイシャリーの北東、パラミタ内海に面する小さな港は、ちょっとした騒ぎになっていた。普段、事件など起こりそうのない牧歌的な町なのだ。
『ダイパニック号』沈没で、救助された一般人たちは、巡視艇に救出された後、この町に滞在していた。
 病院や一軒しかないホテルも一杯で、入りきらない人たちは町長の家で休んでいる。
 事件を取材する記者たちも殺到し、町の住人たちも困惑しているようだった。
 そこへ、さらに空賊団の船が降りてきたものだから、住人たちは逃げ惑った。
「私たちが、町を襲撃に来た悪い空賊団だとでも思っているのかしら? ちょっと失礼よね」
 降り立ったリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、遠巻きに恐る恐るこちらを見ている民衆たちに苦笑した。こんな田舎町だ。リネンたちの噂は届いていないのかもしれない。
 リネンは、タシガン空峡の空賊王で『天空騎士』と畏れられる義賊だ。人を困らせることをするはずがなかった。
「ここにリナ・グレイがいるのか?」
 パートナーのフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が、今だ騒然としている町並みを眺め回しながら聞く。
「そうらしいわ。救助された後は、この町の病院に収容されているそうよ。特に大きな怪我はなかったみたいだけど、心理的な傷も含めて一度治療を受けるのが一般的でしょ」
 リネンは、さっそく病院に向かう。フェイミィから話を聞いた後、リナの居場所はすでに調べてあったのだ。
 フェイミィは、事故に遭ったリナがカナンの出身と知り、リネンに拝み倒して空賊団の力を狩りここまですっ飛んできたのだ。異邦の地の不安を少しでも除ければ、との彼女の心遣いだった。
 やってきたのが、ヘリワードの中型飛空艇を中核とした支援部隊だったものだから、町の住人が驚いたのだろう。
「ここね」
 リナのいる病室にはすんなり辿り着いた。リネンは病室の扉を開ける。医師などに特に何も言われていないので容態は悪くないのだろう。
「どちらさまですか?」
 リナは、ベッドに腰掛けて窓の外を眺めていたところだった。寝ていなくてもいいくらいなのは結構なことだ。
 ぱっと見、十代後半で物静かなお嬢様といった風貌の少女だった。リネンたちと比べるのは気の毒だが、まあ美人だろう。特に胸は絶対比較してはいけない。
「フェイミィ・オルトリンデ。今はシャンバラで空賊してるが、カナンの人間でね」
 フェイミィはカナン式の礼を示し話しかける。リナは、まぁ……と驚いた表情になった。
「私は、リネン。驚かせてごめんなさい。フェイミィからカナンの人が事故にあったって聞いて飛んできたの」
 リネンが落ち着いた声で言う。病室にいるが、程なく退院できるだろうと見て取った。
「そうだったのですか。わざわざ遠方からありがとうございます。あなた方のお噂は常々うかがっております」
 初対面だが、リナは町の人たちとは違いリネンたちのことは聞いたことくらいはあるようだった。
「話は聞いた。大丈夫だったか? 怖くないか? 何かできる事があったらいってくれ。同胞として全力で助ける」
「お心遣いありがとうございます。おかげさまで、私はごらんの通り怪我もなく大丈夫です」
 ただ……、とリナは目を伏せた。
「私たちを助けてくださった契約者の方々は、結局救助艇には乗れずあのまま残ることに……」
「まあ、ひとまず無事で何よりだわ。大丈夫よ。連中なら、それくらいで死ぬほどやわじゃないわよ。今頃、どこかの無人島あたりで、のんびり楽しんでいるところじゃないかしら」
 リネンは、リナの様子をじっと見つめながら答える。
 全然笑わない感じの子ね、とリネンは思った。受け答えはしっかりしているのだが、沈痛で陰鬱な雰囲気。
「とにかく、何か困ったことがあったら、遠慮せずに私たちに相談してね?」
「ありがとう」
 リナは言った。
 また来るから、とリネンはリナと別れ病室を出た。
「ちょっと待てよ、リネン。どうして帰っちまうんだ? まだ、リナと何も話してないだろ?」
 病院の外で、フェイミィが不満げに言う。
「リナにはね、婚約者がいるの」
 リネンは、言った。 
 彼女は、ここへ来るまでにリナについてネットやニュースで情報収集をしていた。それなりの身辺情報はわかっていた。
「婚約者がお見舞いに来ていないなんて、おかしいと思わない? 私だったら……、フリューネが事故で病院に担ぎ込まれたら、例え無傷でも全速力でお見舞いに行くわよ。そして、落ち着くまで付き添うわ」
「まあ確かに」
 フェイミィは頷く。
「何かあるわ」
 リネンは病室内の違和感を思い出していた。
 カナンのお嬢様で、船まで持っているのに、何なのだろうあの簡素さは。お嬢様だから、病院も豪華である必要はないのだが、普通交友関係も広くお見舞いの品もたくさん届いているのではないだろうか。
「おかえり。リナの様子はどうだった?」
 空賊船で待っていた、パートナーのヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)が出迎えてくれる。
 彼女は、指揮担当なのでリナの病室には行かずずっと空賊船で待機していた。万一にでも、町に停泊中に敵に襲撃されないとは限らない。義賊である彼女らを逆恨みしている悪党どもはたくさんいるのだ。いつでも反撃できる態勢にないとお話にならない。
「案外、本当に保険金詐欺だったりしてね」
 話を聞いたヘリワードは言う。
 あまりにも常套句すぎて無いだろうと思っていたが、無視できない情報も入ってきていた。
「保険会社が調査に動き出してるわ。沈没した『ダイパニック号』のサルベージも行うそうよ」
 ヘリワードの言葉に、フェイミィが驚く。
「ちょっと待て! まさか、リナがその船舶保険金詐欺の犯人だと言いたいのか?」
 せっかく味方になってあげようと思ったのに……とフェイミィは落ち込んだ。同郷だしちょっと美人だったし……。
「まだ、そうと決まったわけじゃないわ」
 ヘリワードはリネンを見た。リネンも察したように頷く。
「私たちは、これから一足先にカナンへ行ってみるわ。悪いけど、フェイミィはこの町に残ってリナを見ていてあげてほしいの。そして彼女が実家へ帰るときは付き添ってあげて」
「カナンへ? せっかくこの町へ来たのにどうして?」
「その、リナの婚約者に、一度会ってみたくなったのよ」
 リネンは言う。
 カナン出身のリナがカナンの男と婚約している。まあ当たり前といえば当たり前だ。結婚したら、そのまま地元に住むつもりだったのだろう。
 やはり、当地に行って見ないと詳細はわからない。ネットやニュースよりも現場で見て調べたほうがいい。
「ちょっと面白くなってきたじゃない」
 リネンは、町にフェイミィと必要なメンバーだけ残し、空賊団をカナンへ向かわせる。
 粗暴で凶悪な悪の空賊団どもとの戦いもいいが、たまには、こんなトラベルミステリーも悪くないかもしれない。