リアクション
祥子が無言で指輪から呼び出した光精が、ぼうっと薄暗い部屋に舞い上がり、レジーナの顔と、そして幾つかの事実を照らし出していた。 * その頃、庭の木陰を渡りながら見回りをしていた一匹の番犬こと狼が、くんくんと鼻を鳴らした。 風に混じるのは、ここにきて嗅ぎなれない匂いだ。 匂いの元を探るように見回し、顔を向けたそこに、殺気を感じた。 彼はぐっと後ろ足に力を込めると、地面を蹴り飛ばして屋敷の外壁を駆け昇っていった。 * 「会長、危ない!」 扉の蹴り開けられる音と同時に、舞香は前に飛び出した。メイド服のスカートが広がる――靴の踵が、屈強な男の顔面にめり込んだ。 よろけた男を、背後の男たちは避けて、扉に殺到する。 相手が誰なのか、確認するまでもなかった。彼らは手に剣を、体に鎧を、そして殺気を纏っていた。 ジルドが家を留守にするにあたって、傭兵を雇っていたのだ。その数、十人ほどだろうか。 「……数が多い……ちょっと、長く居すぎたかしらね……」 扉から先は通さないと、構える舞香の横に、機晶剣を構えたシェリルが並ぶ。 彼女たちが一戦を覚悟した時だ、廊下から窓の割れる音がしたかと思うと、一匹の狼が神速の如き速さで飛び込んで、男の背後から飛びかかった。 「うわああああっ!?」 悲鳴を上げるのもお構いなしに、狼の右前脚が、狼とも思えぬ速度で押し倒した男の顔を殴打し、飛び上がってもう一度、切りかかってきた男の顔を打った。 (……血が沸々してるぜ、ずーっと番犬で退屈してたからなぁ……) それは、白銀 昶(しろがね・あきら)だった。 傭兵たちを思いっきり威嚇して怯えさせたいところだったが、人の姿に戻ることわけにも、声を出すわけにもいかなかった。 何せバレたら、パートナーの北都含め、今後の活動にも支障が出かねない。 (……ま、できるだけやってやるぜ) 低くぐるぐると唸ると、昶は傭兵に再び飛びかかった。 そうやって、騒ぎが起きて、戦闘が激化していた時のこと――。 「ふーん、ふふふーん♪」 この時、清良川 エリス(きよらかわ・えりす)は、鼻歌を歌いながら、一生懸命掃除をしていた。 (今回最低限の人数しか居ないと言う事は、メイドの腕の見せ所! 目指せメイド長!) 目的と手段が既に入れ替わってしまっているような気がしないでもないが、みんなのさりげないサポートも考えてはいるのだ。嘘じゃない、ほら腰には掃除用にと持ってきた鍵束がじゃらじゃら鳴っている。持ち出せない鍵と、その入ってはいけない場所を照合して。 (それにしても、魔術関係のお掃除って勉強になるわぁ) 机の上に出しっぱなしにしたら。干からびてゴミ何だかわからないような草の根、葉っぱ、土。細かい器具、複雑な形の道具、割れ物は掃除し辛いことこの上ない。 一時間でやれ、と言われたら音を上げただろうが、これがメインの仕事ならもう、いくらでも掃除をしていていいわけで。 「ピッカピカやねぇ」 曇りのないガラス、天井を映す木のテーブル、それらにエリスが大変満足していると、部屋の外でガシャーンという大きな音がした。 「何事どすか」 モップと箒、バケツを両手に慌てて駆けつけると、見事にガラスが割られて廊下に散らばり、おまけに側では狼と男たちに、女生徒が加わって大騒ぎを繰り広げていた。 しばし呆として眺めていたエリスだったが、はっと弾かれたように駆け出すと、本能でモップを突き出していた。 「な、な、何してはるんどすか!!」 エリスは飛びかかろうとする狼と傭兵との間にモップを挟み込むと、睨んでくる傭兵に胸を張って対峙した。 「なんだお前は」 「『お引取りくださいませ』!」 傭兵の顔に、モップがめり込んだ。スローモーションのように、傭兵がのけぞって廊下に転倒する。 「お前、とは、何どすか! うちはメイドです!! ご主人様の不在を守るんはメイドの役目どす!! 何やこの騒ぎは、ガラス割っといて、危ないから下がってておくれやす!! 踏んでお客はん怪我しはったらメイドとして恥どすえ! おまけに……何や、壁紙に泥ついてんの、これ取るのひと苦労やわ!!」 この間、微妙に戦闘は続いていたが、皆、演技半分、半ば本気で怒っているエリスの剣幕に押されつつあった。 彼女はモップと箒の二刀流を、狭い廊下でぶん、振って、互いの爪と剣とを受け止める。 「お掃除の邪魔やわ! お客はんはお客はんらしゅう、お茶でも飲んでっておくれやす!!」 そうして、エリスはこの場をうやむやにすると、有無を言わせず彼ら彼女らを応接室までずずずーっと押し込んだ。 来客がほとんどなくて暇なお屋敷だったので、お菓子をお皿に積み上げ、ポットと一緒にどどんと並べると、 「お菓子焼いたんやったわ、どうぞおあがりやす。はいはいこれで喧嘩両成敗、よろしおすなぁ」 ――ということで、契約者たちはお茶をご馳走されていた。エリスは勿論、後始末をしに戻ったわけである。 その後、北都や他の使用人たちが集まってきた。不法侵入として通報するかという彼らに、 「不法侵入?」 ブリジットがふふん、と鼻を鳴らす。 「苗木の強奪で執事が拘束され、当主は慌てて逃亡? しかも姉のレベッカには絵画の窃盗未遂の疑いがかかってるし。 ……ねぇ、ジェラルディ家はもう終わりよ。ここで、抵抗するなら同罪って見るけど?」 執事が捕まっている今、屋敷にはまとめる人間がいなかった。彼の代わりのフットマンは頼りない……というより、寝耳に水で、あまりの事実に呆然としていた。 「……ご無礼はお詫びいたします。けれど私たちとて、証拠なくこのような行動に至ったのではないこと、ご理解いただきたいですわ。そのための証明をさせていただきます」 こうして、アナスタシアが議会に電話で事の次第を説明すると、彼らの傭兵たちが家を捜索。 後の執事の発言はもとより、ジルドの残したもの、祥子の撮影したビデオから、先日失踪したメイドをはじめとして、ジルドがヴォルロスで起こっている連続殺人に関わっていた証拠が見つかった。 フェルナンは嫌疑を晴らし――そうして、この家は議会の監視下に置かれることになった。 レジーナ……真のレベッカ・ジェラルディは今、寝室のベッドの上に横たわっている。 |
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