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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第3回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第3回/全4回)

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第6章 残骸の島へ


 三隻の機晶船が、ヴォルロスから出航してしばし。
 ゆっくりとヴォルロスに向かってくる残骸の島を、器用にもメインマストの帆桁の上で望遠鏡を覗いていた見張りが発見・報告する。
 船は側面から、戦列がT字型になるように(といっても相手は船ではなく島なので、どちらかといえばロリポップキャンディのようだった)船首を南に向け進む。
 艦長の執務室にいたフランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)は、艦長補佐の大尉に、あれこれと指示をしていたが、その後長靴を履き替え、防水布のケープを羽織ると甲板に出た。
 そこでは、上陸を目指す契約者たちがそれぞれ最後の準備を整えていた。
「大きな危険が予想される。くれぐれも無茶はしないでほしい」
 人々を守るために行く者、成り行きで行くもの、自身のために行くもの……もちろん、彼ら全員がフランセットの指揮下にあるわけではない。ただの契約者として赴く者もいた。彼らの決意を止める権限は、正確にはない。
「こちらからも可能な限り状況を知らせるが、戦場は刻々と変わる。自身の契約者としての勘を信じて、とにかく、自身の身が危ないと少しでも感じたら、すぐに撤退して欲しい。島の強度も分からない、砲撃の衝撃で木端微塵、ということもありうる。
 では、こちらの作戦だが――」
「海中と海上の二面から侵入する作戦ね」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が海図を目の前に広げながら、フランセットに頷いてみせる。
「私は、敵を引きつけて、援護しつつ殲滅するわ」
 疑問符を浮かべるフランセットに、ルカルカは張りきった様子で、
「接岸時は無防備になるでしょ、敵の注意を逸らす為に、ハデに高熱の熱源を使って遠距離から叩いたらどう? 熱や振動や音、生物反応の全てで、此方に餌があるって知らせるの」
 具体的には、射程50キロ某のクラスター弾で大ダメージを……と言ったところで、フランセットは済まないと口を挟んだ。
「この港と船を見ての通り、機晶……に限らず、戦車を載せるだけの設備と船がない。火器は大砲だけだ。それから今手元には、いわゆる地球の近代兵器がないと思ってくれ。教導団で独自に生産しているかは知らないが……それに、勝手に備品を持ち出すわけにもいくまい?」
「そう、なら仕方ないわ。ええと、空中機雷群を予め進路上の海上海中に展開してくわ。敵の不死群が接近してきたら自動的に爆破、殲滅ってわけね」
 こっちはパートナーの役目とばかりに首を向けた方では、双眼鏡をのぞいていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が、楽しげに。
「海上や海中にも地雷原は作れるのさ」
「もう。ダリルは敵にしたら一寸怖いんです」
「しかし最大半径一メートルが五個、か。よほど上手く進路上にまかないと難しそうだが……」
 撒く場所は皆に伝えておこう、とフランセットは言う。それから君はここで何をするのかと問われて、ルカルカはふふ、と笑う。
「あ、それから、大物が出たら私が担当するわ」
「君も行くのか?」
「ええ。この船には非戦闘員も多く乗ってるし、適材適所よね」


「さぁて、準備オッケー! 行ってくるよ」
 島のアンデッドの攪乱のため、出発しようとする海兵隊に混じって、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が機晶水上バイクにまたがって、腕を振り上げる。
 レキの後ろにはミア・マハ(みあ・まは)が乗り込んでいる。
 彼女たちは他の海兵隊と共に、魔法の羽音を立てて浮かぶ。
 危険な任務ばかり押し付けて済まないな、というフランセットに、レキは気にしないでよというように胸を叩いた。
「百合園生として、この地の平和を守る義務があるもん。勿論、取引先だからってことだけじゃなく、目の前の事を何とかしたいからね。
 危険なのは、契約者が少ないから仕方ないよ。目的はあくまで時間稼ぎ、ボクも接近しすぎないようにするよ――大漁だといいんだけど、なんてね!」
 グリップを握りしめると、行っくよー、と掛け声をかけ、レキとミアは、海まで滑り降りた。
 着水と同時に水飛沫が上がる。それをあえてそのまま、波を立てたまま、二人はバイクを円を描くように滑らせた。
 トビウオの羽のように水が水上バイクの後を付いてくる。
 前方に見える島、というより霧と暗雲を目標に進む。
「……あれだ!」
 残骸の島というだけあって、壊れた木材に海藻やらフジツボやらが張り付き、ちょっとした悪臭が漂ってきそうだった。
 レキはその足場の悪そうな島の上に、白い骨――スケルトンを見つけると、片手に挟んだ水龍の手裏剣を投げて気を引いた。
 そうそう当たらないが、仕方ない。こちらもあちらも移動中の上、視界は最悪だ。霧と曇天、そして降り出した雨が彼女の視界をともすれば奪ってしまいそうだった。
(接近し過ぎるのは危険だね)
 しかも、相手の的になるわけにはいかない。まぁ、別に自分が敵を大量に倒す必要なんてないのだ。
 スケルトンが先日のように杖の先から電撃を放ってくるのを器用に蛇行して避け、距離を避け、注目を集める。
「うわー、何となく大魚に食われる小魚になった気分だよ! まあ、ボクが餌って事には変わりないけどね」
 敵をたっぷり、船の残骸の一か所引きつけて――いっきに、引く。HCに向けて叫ぶ。
「距離オッケー!」
 ――砲撃。
「よっし!」
 背に爆風を感じながら振り向き、一気に残骸と化したアンデッドと船の破片を見ながら、レキは気合を入れる。
 片手でグリップを握って、再び手裏剣を放つ。そのレキにロープで体を繋ぎながら、ミアは両手で詠唱を続けていた“悪霊退散”を解き放つ。アンデッドたちが光に包まれた。
「死んでも復活されるからな。元が水死した者の魂であれば、成仏させれば利用される事もなかろう――うむレキ、ちょっと東に行ってくれ。
 無茶はするでないぞ、このスピードで海に投げ出されても困るからな」
 レキだけでなく、海兵隊員たちは徐々に荒れだす波間を走りながら、海面に撃たれる電撃を、魔法の羽を作動させると、上下左右に避け続ける。


 そんな機晶水上バイクの部隊を下に見て、一匹の聖邪龍ケイオスブレードドラゴンが飛んでいた。
 その背に乗っているのは遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)の二人だ。
「……ねぇ羽純くん、あそこ! 人が落ちてる!」
 “アルティメットフォーム”で変身した歌菜の指が、暗い海面を示した。
 一台の機晶水上バイクが転覆して白い腹を海面に見せていた。慌ててドラゴンを急降下させて拾い上げようとした時、一筋の電撃が島から迸った。
 が、それは歌菜の展開しておいた結界が浮かび上がり、表面で弾ける。
「……大丈夫か?」
 海兵隊員の男を片手を引き上げて背中に乗せた羽純が改めると、腕に焼け焦げた跡があったが、命に別条はない。落水した衝撃で気を失っているだけのようだ。
「生きてて良かった……」
 ほっと歌菜が胸を撫で下ろすと、
「……歌菜、前だ!」
 羽純の警告に前を向くと、水面、つまり残骸の島の“陸地”に近づいたために、アンデッドたちがドラゴンに向かって一気に魔術と矢を射かけようとしているところだった。
 だが、ドラゴンは大きく顎を開けると、逆にアンデッドにブレスを吐きかけた。
 相手が怯む隙を見て、歌菜は大きく息を吸い込み、歌声の“ハーモニックレイン”を浴びせ――ようとしたが。ドラゴンの翼のはためきと雨は彼女の歌声を吸い込み、かき消してしまう。
「……一旦上空に待避するよ、――お願いしますっ!」
 代わりに彼女は籠手型HC弐式・N『歌菜専用』に向かって声をかける。同時に羽純がドラゴンを一気に上空に飛ばすと、眼下に大砲の弾が撃ち込まれた。
 煙が引くのを確認して、再び高度を下げて、水上バイクの動きを確認する。
 ドラゴンの背から見ると彼らはなんとも小さく頼りなく見えた。動きは危なげなかったが、もし一度でも敵の攻撃を喰らえば、ひとたまりもないだろう。
「行くよ羽純くん、みんなを守ろう!」
 自身にかけた二重の結界を盾に――自身を盾にしようとする歌菜に、羽純は心配を感じないでもなかったが、彼女の行くところにはどこにでも付いていくつもりだった。


 その頃、旗艦の最下甲板、船尾にある一室では、連れ帰られた、或いは自力で帰還した負傷者の手当てが行われていた。
「はいはい、大丈夫、んな深刻な顔するなよ、ちょっと骨折れてるだけだから」
 二枚目半といった印象の船医が、負傷者にとってはいささか物騒なことを言いながら、添え木をして包帯を巻いていた。
「……あ、悪いけどそっちのピンセット取ってくれる?」
「はいです」
 たまたま部屋に顔を出したヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が快く手伝うと、船医はにこにこしながら、
「いやあ、可愛い子が来てくれてうれしいよ」
「何かお手伝いすることありませんか〜?」
「君みたいな小さな女の子には、ちょっとキツイかもなぁ……手術とかはね。……ああ、でも契約者なんだったよね? 見かけによらないな、勿論悪い意味じゃなくてね」
「島に行くみんなは強いから、ボクはみんなのお手伝いをする事にしたんです」
 それから泳げないんです、とヴぁーなーはちょっと恥ずかしそうに言った。
「だから何でもお手伝いするんですよ。手当てもいっぱいします!」
 ヴァーナーの声掛けと同時に、魔法で現れたナースが、診察を待つ怪我人たちを取り囲んだかと思うと、あっという間に治療してしまう。
「これは驚いたな、助かるよ」
「さっき、特製海軍カレーを作ったですよ。そろそろご飯食べに来てくださいって伝えてくださいって、言われたですよ」
 ヴァーナーのその言葉に、船医はちょっとうんざりした顔をした。
「またあいつか。あいつ、偉そうじゃなかった? 杓子定規なのは嫌われるんだよなー、そう思わない? この前もちょっと予算オーバーだからってベーコンの油ケチりやがって……」
 と、ぼやいた時だった。
 黒髪の青年――主計長がぬっと扉から姿を現す。
「うわ、出たよ」
「……あんたが健康に生活できるのは何でだと思ってんですか。新しいシーツだの新鮮な食事だのいちいち仕入れてるからですよ。
 昔の栄養事情が酷かったのは知ってるでしょう? 湿気たビスケットを詰めた袋に(ピー)がわくから、腐った魚を上に乗せて(ピー)を移して、(ピー)がいなくなるまで繰り返す……。長期航海じゃ新鮮な野菜なんて食べられないないんですよ、そうなったらどうなります?」
「医者にそれ聞くか? 壊血病だろ? えー……目が窪んで、歯が抜けて筋肉痛になって、古傷が開いてだな、それから……って、ちいさい女の子の前で言わせんな」
 そんなやり取りを見ながら、ヴァーナーはご飯行ってきてください、と言った。
「美味しいお魚さんのカレーですよ。ここはボクが預かるのです」
 ヴァーナーの魔法は――というより、医療系の魔法は、大抵の怪我も病気も直してしまう。
「分かった、食べたらすぐ戻ってくる。……みんな、5分くらいここと、このお嬢さんの事頼むな」
 と、船医助手たちに告げると、部屋を出て行った。
 ヴァーナーははい、見せてください、と次々に魔法で治療していった。頼む、というのは酷い怪我人が出た時、彼女がショックを受けないためだったろう。