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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

リアクション

3/蹂躙

「いけない! あれじゃあ……っ!」

 雅羅が、同じ顔をした相手に叩き潰される様をリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)も目にしていた。
 あのままでは、やられる。既に彼女に意識はない。
 いや、彼女だけではない──闘技場内の、トーナメント参加者たちはそれぞれ大なり小なり、消耗をしている。
 数は敵と同じにせよ。実力だけでなく体力でも劣る状態では、各個撃破されていくだけ。
 助けなくては。ひとりやられればまたもうひとり、別の人間の負担が増える。

 だから、体力的な消耗のない、客席にいた自分のような立場のやつが向かわなくてはならないのに。

「ちっ」

 だが、そうやすやすとは向かわせてもらえない、らしい。
 目の前に、立ちはだかる者がいるかぎり。
 自分と同じ姿かたちのそいつを、越えていかなければならない。
「……やりにくいったら、ないわね」
 まったく、同じ『自分』を相手にしなくてはいけないのだ。
 普段自分の意識していない癖や、気付かぬ隙。それらすべてを知っている相手。思考回路を把握している者を、敵に回す。
 一癖ある自身の性格を熟知しているだけに、身構えざるを得ない。
 相手が一体、どう出るか。自分がそれにどう対処するのがベストなのか──あるいは、先に動くべきなのか。
 まんじりともせず、無表情の『自分』をリカインは睨む。微動だにせぬままに、思考だけは様々に駆け巡っていく。

「ったく」

 厄介なこと、この上ない。
 それに、こんなときにかぎって、「あいつ」がいない。
 ……パートナーであるところのギフト、シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)}は、一体どこへ行ったのだろう?



 たしかに、大勢で言えば、「本物」たちは明らかに「偽物」たちに押されている。
 状況は──不利、この上ない。

 だが。

「ハァーッハッハッハァ!! そーかそーか、こーの美人のねーさんは俺かァ! よくできてるじゃねーか、偽モノォ!!」
 互角にやり合えている者たちも、けっして少なからず、いる。
「……は? どこ? きれーなお姉さんなんてどっかいる?」
 クローと剣撃が交差しあう。互角の体術を、双方さばきあう。
 力にて上回るはずの自身を相手に、朝霧 垂(あさぎり・しづり)紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は一歩も引かずに渡り合う。
「はァ? 目、節穴なんじゃねーのか。俺の目の前にいんだろーがよ」
「ハイハイ、ソウデスネー」
 笑いさえ交えながら、この状況をふたりは満喫している。
 紙一重で、「自分」からの攻撃を避け。時には押され、押し返し。
 その中での、この会話だ。
「そーかそーか、よーくわかった。おーし紫月。こいつら片付けて帰ったら、速攻ぶん殴る」
「ああうん、よく見たら確かに綺麗かもね? だといいな? うん綺麗なんじゃないかな? それよりほら、この方々どっちもやる気まんまんぽいしこのままそっちは綺麗なお姉さんに任せてもいいかな?」
 さすがに涼しい顔で、とは言わないが。

「オッケー! んじゃ、そっちのはロリコン忍者に任せた!」
「おう、任せ……って誰がロリコンだっ!?」
「お前」

 唯斗は、封斬糸を解放する。それは、あちらも同じこと。考えることは一緒ってか。隠した口許に、苦笑が思わず出てしまう。
「ま、お互い考えることはわかってそーだし……お前らみたいなのが相手なら、手加減する必要、ないよなァ!?」
 クローと刃が、再び鍔迫り合いをする。
 両者が弾きあい、分かたれて──構えるカローニアンに投げつけられる物体。
「おいおい、割れると勿体ないぞ?」
 ぎこちなく、予想外の攻撃に動きを止める鉱物兵器。
 一方唯斗のつっこみに動じることもなく、その隙に乗じ垂は距離を一気に詰める。投げつけた酒瓶は、しっかりと回収をして。
「生真面目すぎるんだよっ!! 俺の偽物っつーには!!」
 しかし敵もさるもの、必殺のタイミングだったクローによる斬撃を防いで。
 それでも、垂は押していく。

 押しながら、考えていく。
 打つべき次の、一手を。



 首から吊りあげられた雅羅は、ピクリとも動かない。
 完全に意識を失ったか、息絶えたか。それは傍目からはわからない。

「彼女は……返してもらうわよっ!!」

 だが、だからといって放ってなどおけない。
 飛行の軌跡を描きながら、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は雅羅を、彼女の偽物から奪還する。そしてばらまく、広範囲攻撃で追撃をかわす。

「邪魔、しないでよっ!!」
 更に上空からの、自らを模した相手の奇襲には武器を振り上げ、応じる。
 腕の中の少女は、弱々しくはあるものの呼吸はしている。どうやら、気を失っただけらしい。ダメージこそ、けっして軽いものではないが──……。
「このままじゃあ……!」
 やられているのは、もはや雅羅だけではない。
 自身そっくりの、自身を越えた相手に多くの者たちが蹂躙され続けている。
 このままでは、いけない。
 質で負ける以上は、数で勝る必要があるというのに、それすら徐々に削られていく。

「!?」

 どうする。もっと、皆で連携をとらなくては。どうすれば、それができる。自分ひとりがそうしようと試みて立ち回っても、なにも変わらない。
 どうすれば、いい。そう思い飛び続ける彼女の眼前に、立ちふさがる影ひとつ。
 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)──いや、違う。相棒たる彼女の、コピー品。カローニアンだ。
 後方には自分の、前方にはパートナーの偽物が、挟み撃ちを仕掛けてきているかたちになる。
 こちらは手負いの雅羅を抱えている。迎え撃つべきか、離脱を優先すべきなのか。

「リネン! こいつらはオレに任せろ! 行け!」

 判断までのタイムラグ。その間に、迫りくる影とリネンとの間に割り込んでくるのは──そう。フェイミィだ。こちらは無論、本物。
「大丈夫? まがいものとはいえ、あなたと私、二対一よ!?」
「かまうな! なんか手を打ちたいんだろ? それをやれ!」



 本物のリネンは小さく頷いて、その場を離れていった。
 それでいい。あいつには色々と考えて、動いてもらわないと。
 あちらは──偽物たちは並び立ち、フェイミィを叩き潰すことに決めたらしい。

 ……見れば見るほど、そっくりだ。リネンに、そしていつも鏡の中で見る自分自身に。
 強さもきっと、同等以上。腕が鳴るというものだ。……少なくとも、そのときはそう思っていた。

「っ?」

 だが、その顔を見た瞬間、意識は鈍ってしまっていた。

「──やめろ」
 本人ではないと、頭ではわかっているのに。
「やめろって、言ってる!」
 リネンの偽物が。リネンがこちらに、寂しげな。悲しそうな表情を向けているのを、見てしまった。
 やめて、戦わないで。唇がそう動いているのを、読んでしまった。
 相手には感情などない、ただこちらに対し効果的だからそうさいただけにすぎないはずなのに。
 その効力はあまりに──てきめんすぎた。

「ぐ……っ!?」

 気を取られた一瞬に、偽物の自分自身が動く。
 能力を模しているのだから当たり前だが、速い。間一髪避けるも、右肩にひと筋、紅く傷が走る。
「くそっ」
 自分同士が、武器をぶつけあう。リネンの模造品は、手を出してこない。
 集中しきれないぶん、こちらばかりが押されていく。
 ……ああ、もう!

「リネンにカッコつけた手前ってもんが、あるだろうがっ!!」

 力任せの一撃で、距離を取る。
 隠し玉を、躊躇なく解き放つ。愛馬を。ペガサス──ナハトグランツを、召喚する。
 こいつで一気にケリをつける。その意図の元。
「さあ、行くぞ……っ!?」
 そう。隠し玉だからこそ、これはコピーをされていないと踏んだ。
 だからの奥の手。事実、その考えは間違ってはいなかった。正しいものでは、あったのだ。
 だが。現れたペガサスと連携をとることを、フェイミィは許されなかった。

「リネンっ!? やめろ、オイ!?」

 そこまでは動く様子を見せなかったパートナーの模造品が、瞬時間合いを詰めて斬りかかってくる。
 悲しげなその、表情のまま。見せつけられるその様相に、フェイミィの刃は鈍る。一対一だというのに、押されがちになる。
 やめろ。そんな顔で見るな。斬ったりなんて、できなくなるだろう。
 焦りと嫌悪感とに、意識が上書きをされていく自分を認識するフェイミィ。
 当然の如くに、もう一方。自身の紛い物への注意は疎かなものとなる。その間じゅう、「そいつ」はじっと、ペガサスの姿を光なき双眸に映し続ける。
 ひたすらに。ただ、すべてを知らんとするように。観察をしている。

 ペガサスはそう、隠されていたもの。フェイミィ自身が、事ここに至るまで、使用を自ら控えていた。つまり、鉱物兵器の側にデータはない。すなわち、再現は不可能。
 データがないなら、できない。それが鉱物兵器の持つ特性。

「!? ……なにを、してる……っ!?」
 目がある。耳がある。感覚を、持っている。
 なにより、データを集める力をその身体に宿している兵器だ。
「く!? 邪魔すんな、リネン! ……の偽物っ!!」
 だから。
 データがないのなら、蒐集ができる。
 再現できないほど足りないデータならば、補充をすればいい。
「なっ……!?」
 カローニアンが、その右手を掲げる。フェイミィがつい先刻、そうしたように、だ。
 その指先に現れる、渦のような歪み。
 まさか、と思った。その、まさかがフェイミィの眼前に、顕現する。

「ペガ……サス……だと……?」

 生み出した存在同様に、色素を失ったそれはしかし、姿かたちはまったくフェイミィのそれと同じもの。
 まずい、と思った時にはもう遅かった。

「!」

 こちらのペガサスに指示をする暇もなく。
 彼女は、衝撃に包まれた。──色のないペガサスの突進を、直撃として防ぎようもなくその身に受けた。